愚者の贈り物

馬の膝丈ぐらいにふんわりと雪の積もった山道。せかるる思いに心躍らせ愛馬シナモンを励ましながら、おとぎ話にでてきそうなお菓子の国のような山道をずんずん登っていきます。雪のように白い芦毛のポニー、シナモンの背中にはサトが秋の終わりごろからせっせと用意していたプレゼントの包みが紅白2つ。うっかりどこかで落っことして雪に埋もれてしまわないよう、鞍のわきにしっかりとくくりつけられています。若くて丈夫で寒いのも雪ん子も大好きなシナモンは、一面の銀世界に絶頂のハイテンション。昨夜降り積もったばかりのまっ白な雪をかきわけかけわけ、蒸気機関車のように鼻息を吹き上げながら、まるで雪の妖精と戯れるかのよう。楽しげに、得意げに足をあげ、なだらかな坂道を駈け上がっていきます。

愛馬の背中で弾むように揺れるプレゼントの袋をみながらサトはくすくす笑いだします。去年は彼にアルパカのセーターを編んであげた。ところが。彼がプレゼントを開けたとたん、サトがどうあがいても敵いっこない恋敵がトコトコ何食わぬ顔で参上。次の瞬間、苦労して編んだセーターの片腕がいとも簡単にひきちぎられてしまった。

―ああそうだ、彼女はとんだやきもちやきだった。幼馴染の彼氏を私からとらないで! とでもいいたげ、彼女はセーターを銜え、してやったりのしたり顔で目をらんらんと輝かせて笑っていた。

もちろん、それはニンゲンの勝手な思い込みで、彼女は年がいもなくじゃれついてきただけなのでしょうが、彼女の存在をすっかり忘れていたのは彼の恋人失格! そんなわけで…。本年は彼女にもプレゼントを用意しました、彼と同じぐらい、いや彼とはニュアンスが違うけれども彼と同じぐらい、あなたのことも大好きで大切に思っているよ、と彼女に伝え、彼を愛することを許してもらうために…!

シナモンの首がかくんと下を向き、下り坂に入ります。愛馬が坂道を猛スピードで駈けおり、勢いづくあまり、ふもとでつまづいて転ばないよう重心を少し後ろにずらして手綱を引き、やる気満々のポニーをなだめます。それは同時に自分の心にもブレーキをかけるようなものであったようで―。

サトはとたん、あることを思い出しました。この贈り物を編み始めてからしばらくして、このはな村の掲示板に見慣れないおつかいメモが貼られた。依頼人はナナさん。冬の頭に新しい服を作ってもらったばかりだけど、また獣毛が欲しくなってしまったの、大至急用意してくれないかしら? というもの。

急なうえにこちらも毛糸が入り用なところ、大切な女友達のお願いを無下にもできません、サトは自分がつかおうと思っていた羊とサフォークの毛をそっくり彼女にお届けしました。ナナはいつものお上品な微笑みとはまた少し違う、ほっとしたような、かつ童心に帰った乙女のような無邪気な笑いを浮かべて「ありがとう、これで間に合うわ」と喜んでくれました。彼女のその純情な口ぶりにふとなぜか思い当る節があり…。

―本当ならあまり詮索を入れてはいけないのでしょうが自分のプレゼント資本のおすそ分け、一体なにに使うつもりか聞いても泉の女神さまはお怒りにならないだろう、そんな意地悪な気持ちに駆られ、サトはナナに尋ねました。
「この時期『間に合う』って言うと、ナナ、ひょっとして?」
サトからの思いがけない質問にナナは一瞬どぎまぎして首を振り、うーん、でも中らずと雖も遠からずね、と目を細めました。
「キリクくんからお依頼があって。急に馬着が欲しくなった、ナナ、編めるかなって。…。でもサトの言葉ではっとしたわ、黙って馬着なんて編んでるのおじいちゃんに見つかったら、確かにありもしない脈、探られちゃうわね。おじいちゃんにもしっかり、お依頼品よって言っておかなくちゃ」

胸に手を当てて仕方のなさそうに眉を顰めるナナの笑顔に、ああ、なんだ、そういうことか…そのときはただそう思ったけれど。

ブルーベル村に帰ってあれこれ思い出してみるに彼女の言葉は気になることばかり。キリクが急に馬着? 新しい馬でも入厩したのかしら、それともハヤテのかな? それとも最強の馬を見つけたというお父さんから大至急欲しいって連絡が来たのかな? ちょっと待って、「中らずと雖も遠からず」ですって? それってやっぱりクリスマスプレゼントか、そうでなければお歳暮、もうちょっと締め切りを伸ばしたってお年賀ってところじゃないかしら!

―ひとたびある方向へ向かって走り出した妄想は、もうどんなになだめて体重をかけて、両足で挟んで手綱を引いても止まりません。―ナナったら絶対なにか隠してる。そうよ、そう、あのときの何かを言いたげな一瞬の沈黙。あれがすべてを物語っているわ。彼女、キリクから何かを口止めされてるに決まってる!


手綱を引かれたはずの心がドキドキとまた弾み始めます。ナナに材料を渡してからもキリクとは何度も顔を合わせました。合わせるどころかいつものように休みの日にはふたりでデートに出かけたりも。しかしキリクはいつもと全く変わらぬよう、にこにこと穏やかに笑いながらハヤテのことやら他の馬のことやら得意になって語って聞かせるので、サトも彼がナナに依頼したとかいう馬着のことなぞすっかり忘れて馬の話に意気投合し、日が傾いて「それじゃあまた明日!」と手を振って別れるとすぐその「馬着」について聞きそびれたことを思い出し…。

そんな間抜けを繰り返すうちにとうとう年が明けてしまったのです。今日という今日こそ、彼にその馬着のことを聞いてやらなくちゃ、かくいう私にも彼にずっと秘密にしてきたサプライズがあるのだから!

雪をかき分けるシナモンの太くて短い頑丈な足が小さな砂利を蹴り上げます。―このはな村にほど近い、山の中腹寄りを流れる川に架けられた石橋を通り過ぎた、大切なお年賀の贈り物袋をぎゅっと片手で握り締め、もう片手で手綱をしぼって、必死で愛馬と自分をなだめながら、どこまでも透き通った冷たい空気の中を、あの人の面影めがけてサトは飛ぶように突き進んでゆきました。



彼はいつものように馬小屋で愛馬の蹄の裏掘りをしていました。勝手の分かっているハヤテは新年早々いい年こいて聞き分けのない子供のよう、しっかりと足を踏ん張ってキリクに叱られてはぺろっと舌を出して尻尾を振っています。ようやく蹄の手入れが終わりふと顔をあげ、そこにサトとシナモンの姿を認めると、キリクは、おいおい、と肩をすくめて笑いました。

「来てたならひと声かけてくれよ!」
長身の彼らしい、深くて地を這うようなバス・バリトン。どこかぶっきらぼうでひょうきんな響きを持ちながら、馬の胸のように肉厚で温かく、上から見下ろし包み込んでくれるような安心感のある美声。ハヤテの肩を押して回れ右させると、若き馬丁はサトたちのところに歩いてきました。
「恥ずかしいとこ見せちゃったな…時々ああやって駄々っ子するんだ」
「全然! シナモンもおんなじ感じだから。意地っ張りスイッチ入っちゃうと、左前足なんててこでもあげてくれなくて」

馬を水辺に連れて行くことはできても…なんてことわざがありますが、こうと決めたらガンとして言うことを聞かなくなるお馬の謎の心理はむしろニンゲンが見習いたくなるほど志操堅固なもので…。キリクもサトも、お互い「分かる、分かる!」と指さし合ってケラケラ笑い、それが馬を愛する2人の年明けのあいさつとなりました。

「あのね、今年もビックリがあるの。去年、ちょっと痛い目浴びちゃったから…今年はちゃんとハヤテにも用意してきました!」
「ああ…セーター喰われちまったの…あれ、ホント、すまなかった…!」

ええ、そうですとも、サトのどうがんばっても敵いっこない恋敵とは言うまでもない、キリクの幼馴染で美人のハヤテちゃんのことです。馬がやきもちを焼いたり、嫉妬心から傷ついてしまうことはサトもよく知っていましたが、まさかそれが馬同士だけでなく人間にまで及ぶとは…! でもそれだけキリクを愛し、キリクから信頼されているハヤテだからこそ、サトもキリクも笑って彼女のやきもちを許してあげられるのでしょう。

「私こそ! ハヤテのことすっかり忘れてたんだもの、馬頭観音さまに怒られて当然!」
「へへ、そういってもらえるとオレもハヤテも嬉しいぜ」
…な? と、キリクは背後からすり寄ってきたハヤテの首に手を回します。その間にサトはシナモンの背中から赤と白の袋をそれぞれおろしてキリクに手渡します。

「おお、マフラー! これもサトの手編みなんだよな、すげぇ! にんじんの柄入りだ」
「まー、そんな褒めたもんじゃないよ。棒針で編むときって糸の握り方、手綱と一緒だし」
「なんだそれ、面白れぇ!」
「それに今年はちょっと急な出費があって材料が足りなくなっちゃって。本当はハヤテのほう、ブランケットにしたかったんだけど」
「いいよ、いいよ! これなら腹帯にも使えそうだし!」
「…おお、なるほど、その手がありました! キリクってなんでも馬具に見立てられるんだね!」
「職業病だろうな、いまのは正真正銘の思い付きだけど…よしよし、分かった、とりあえず首に巻いてやるから!」

旧年生まれた羊とサフォークの毛をブルーベルではやりの紅茶色に染めて紡ぎ、ゴム編みで編んだ伸縮性抜群のふわふわのマフラーを冬毛でぼさぼさの首に巻いてもらうと、ハヤテは嬉しそうに前足で地面をひっかきました。

ついでキリクもサトからの手編みのプレゼントを首に通して「こりゃ、あったかい」と顔面からお花が飛び散るぐらいに笑っています。異例の馬と人間のマフラーペアルックに、作ったサトもなにかをくすぐられ笑いがこみ上げて来ます。

そういえばつい最近分かったことで、馬もニンゲンとほぼ同じように物の形を認識しているんだとか、ハヤテもマフラーがどんなものなのか、ちゃんと分かってるのかもしれない―腹帯にされようものならキリクにもそれを腰巻にするようおねだりするかも!


そのうちにハヤテが何かを思い出したようにキリクのマフラーの裾を噛んでぐいぐい彼を促し始めました。うん、分かってる、そう言いたげにキリクは愛馬の首を叩くとサトのほうに向きなおります。

「サト、ちょっとここで待っててくれるか? …オレからもプレゼントがあるんだ」

足早に1人と1匹の脇をすり抜け馬小屋を飛び出して行くキリク。彼の口からぽろっとこぼれ出た「プレゼント」の言葉にサトはなぜかどきりとします。そして得体の知れない「もしかすると」という思いがフルギャロップで自分のうちに沸き上がってくるのを感じます。

しかしそれは決して嫌な予感だとか、胸糞の悪い許しがたい感情だとかではなく、「そうであってほしい」というどこかおこがましい願望であり、それでいて無邪気な少女がクリスマスの朝、まくらもとを確かめようとそっと目を開けるような焦燥感に包まれた、罪のない淡い期待でもあるのでした。



キリクが大きな袋を抱えて戻ってきます。

「オレ、お前みたいにさらっと言えないけど…これ、お前たちに。よかったら使って」

それはサトが抱えたら倒れてしまいそうなぐらいに大きな包みで。おまけに粗野なキリクには絶対求めてはいけなさそうな、淡い桃色に梅柄に赤いリボンのお雛様のように可愛らしい趣味の包み紙で。とりあえず開けようにも下に置かないとリボンがほどけない、でも下に置いたら置いたで、きれいな外装が汚れてしまいそうで…。

「な、なにこれ、キリク! ちょ、馬房の床になんて置けないよ! お店の中で開けていい?」
「ダメだ! ここで開けてほしいからわざわざ取りに行ったんだろ!」
「え、私に〈乙女のトキメキ〉のアリアを唄わせるためじゃなかったの?」
「そっ、そんなミハイルみたいなこと、この馬バカが思いつくわけないだろ!」

―麦わら色の頬が一気に赤く染まって頭から蒸気が吹き上がりそうなキリク―。

「いいから早くしろ、そのまま渋ってると見るに見かねてハヤテが老馬心からがぶーっと一発おみまいしかねんぞ!」
(おいおい、乙女心より馬心ですかい…。でもその馬バカ精神が、ミハイルにはないキリクの最高の魅力なんだけどね!)

そのとたん、本当にハヤテが上唇をめくり前歯を剥き出しにしたのでサトは仰天、ぽんと包みをボロの上に落としてしまいました。今年もまたまた彼女に怒られてしまった、ああもう…すべてひっくるめて馬頭観音さまごめんなさいぃ! 手を合わせ、赤のリボンをするするほどくサト。


ふわっ…と横でおとなしくことの顛末を見守っていたシナモンが飛び上がります。

桃色の大きな大きな包み紙から姿を見せたのは、綺麗なメリヤスで編みこまれた目の覚めるマロウブルーの温かな馬着。その縁は新雪のように白くてもこもこした毛糸がかぎ針でひと目ひと目丁寧に綺麗にかがられています。生地の隅っこには「しなもん」の雅な金の刺繍。胸の前はマジックテープではなく、毛糸を編んで作った紐をくるみボタンで留めてしめるようになっており、尻尾の下をくぐる輪っかの部分もサフォークの上質なやわらかさで出来た編み紐になっていました。

「馬着…」

ああ、やっぱり! わがままなお願いが叶ってしまった、サトの目には涙まで浮かんできます。懸命に思案してこの贈り物を思いつき調達してくれたキリクの心意気、恐らくは「サトとシナモンへのプレゼントだから」ということをナナに口止めし、そんなキリクの不器用ながらも健気な思いを大切に守り抜いてくれたナナの親心、なによりも、この馬着が竹馬の友の新しい馬のものでも、ハヤテのものでも、はたまたお父さんの最強の馬のものでもなく、シナモンへのお年賀なのだということが、サトを気が狂うぐらい幸せにしてくれました。

そしてその狂喜にサトは、いかにもナナの趣味らしい上品な外装があろうことか馬糞で汚れてしまったことも、この馬着が実は自分がキリクとハヤテに贈ったマフラーと同じ材料で出来ていることも、この馬着の秘密を早くも自分は握ってしまっていたのだということも、もはやすべてがどうでもよくなってしまいました。

早く、早く、とせがむシナモンに早速服をかぶせてあげます。胸のボタンをはめて、尻尾を輪っかに通して、最後にお腹の下を帯び紐で結ってドレスアップ完了。シンプルなデザインながら、芦毛のシナモンが着こなすにはぴったりの配色で、雪のように白いシナモンがさらにクールに、凛々しく見えます。

「ぴったり! すごい! オーダーメイドで作ってもらったみたい!」
「実際オーダーメイドだ、この村の仕立て屋さんに作ってもらったんだ」
「…って!」
「…お前、このオレが編み物出来ると思っていたらそれまた相当なお門違いってヤツだぞ。それにお前の馬のことよく知ってる人に頼まなくちゃ、オレだって安心できっこないだろ!」
「そうじゃなくて!」

なんだ、と真剣を装いながら焦り顔になるキリクにサトははたと気が付きました―そうか、キリクはナナが私に材料の調達頼んでいるなんてゆめゆめ思っていなくて…。

この程度で黙ってあとは彼に考えさせようか、それともあっさりすべてを白状して謝ろうか、サトはまたくすくす笑いだしてしまいました。横では一張羅の晴れ着を着たシナモンがブルルっ! と鼻を鳴らしています。

キリクがこのプレゼントをとりに行っている間、確かに私は胸のなかで〈乙女のトキメキ〉のアリアを唄っていた、他でもないその仕立て屋さんがキリクの想いを程よく黙っていてくれたから。私たちのお正月に彼女はちょっとしたエッセンスを落としてくれていたんだ、だからやっぱり、私だけがそれを楽しむのは不公平だと思う…。

「その仕立て屋さんに材料を届けたの、私だったの。ごめん、だから、キリクのマフラーとシナモンの馬着…デドコロは一緒で」

先にハヤテに駄々をこねられ裏掘をてこずっている現場を抑えられた以上にバツの悪い思いに駆られ、言葉を失っているキリクを見上げると、サトはぱあぁっと散花スマイルを浮かべました。

「私ってとんだおバカさんね、ナナからキリクが馬着を欲しがってることまで聞きだしちゃった。でもナナは賢明だった、それがどのお馬さんの馬着かまでは教えてくれなかったの。…それで私、どの馬の馬着だろうってずっと考えてた、ハヤテかな、キリクのお父さんが見つけた最強の馬かな、竹馬の友の新入りのお馬さんかな…毎日ドキドキしてた、で、さっきキリクがこれとりに行ったとき、私、もしかしてって思ったの…。そしたらホントにその通りだった! ありがとう、キリク、ホントにありがとう! こんな年明け、生まれて初めて!」


聞き分けのない若駒のごとく、ぴょーんと愛する青年の首っ玉目がけて跳ね上がり、粗野で実直で、けれども馬のように胸が広くて優しい大男の唇に、サトは小さな音を立ててお礼をします。その大胆なじゃじゃ馬のフレーメンを、キリクの愛馬はもう全くおとがめなしといわんばかり、にんまり出っ歯を剥き出しながら涼しげな瞳で見守るのでした。

クリスマスめがけて書いていたものの出遅れ→お正月のキリクとサトです。別に年明け早々朝っぱらからお神酒あけてファイアーン!でもなく、ただただひたすら平凡にお馬さんバカのお2人。キリクが「馬ってヤキモチやくんだ、知ってるか?」なセリフを吐いたとき「知ってる、知ってる!思わせぶりたっぷりににんじんやりんご見せながら素通りすると傷つくとかいうあれね!」と思ったらまさかのハヤテがサトに嫉妬してる…という意味だった驚愕の事実。馬バカに見せてさりげなく深いの止めて下さい…兄貴。。キリクのバス・バリトンはアントン・シャリンガーのそれを想定です←
ちなみにワタクシ(のサト)は根っからウマニンゲンで、おなじウマニンゲンのキリクとは♪自然に結ばれ燃える夫婦となりました♪ばう〜♪下りなもので、キリクの「結局は馬」の話の落としどころがイマイチ理解できていない残念さんです(笑)


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