道はお馬がわかってる!

「サト、ちょっと遠乗りに行かないか?」

そう彼が言ってきた時には正直驚いた。だって彼、キリクの愛馬ハヤテはもう20の齢を重ねたおばあちゃんだもん。足腰も悪くてそう遠くまで走ることができないはずなのに…。
「私とシナモンはいいけど…でもハヤテちゃんは大丈夫なの?」
そう言うと思ったよ、キリクは困ったように笑って美人の愛馬の首に手を回す。ハヤテの右目は白く淀んでいる、白内障なのだ。それなのに彼女は愛するご主人さまの腕のなかで嬉しそうに目を輝かせている。

「馬って言うのは元来動きまわってなくちゃいけないんだ、足が弱くても馬房の中にずっと閉じ込めて過保護にしておくと却って体に悪い。それより適度に運動させてあげたほうが薬になるんだ」
そっか! 私はそれ以上何も考えないで大きくうなずく。シナモンも嬉しそうに足踏みしてる。


白い馬体と茶色い馬体を併せて私たちは山の中を駆けてゆく。馬に乗っているとなだらかな起伏もちょっとしたジェットコースター。ハヤテと調子をあわせながら私はそんなちょっとしたスリルを楽しむ。横ではキリクもハヤテを励ましながら笑っている。私たち2人のジョッキーの頬を、涼しい風が軽くなでつけていく…。


しばらく駆けているうちに突然の大雨。馬たちを大きな木の下に寄せて、優しく首とお尻を愛撫して労うと、私たちは顔を見合わせる。風にくすぐられた頬が淡く紅潮している。肩で息をしながらキリクはそっとハヤテから下りた。

「…サトしか誘えないって思ったんだ」照れ隠しか私に背を向けて彼はしんみりと呟く。「ハヤテは、さっきお前も心配してくれたように足腰が悪い…だけど、ときどきこうやって走らせてあげないと弱った足にさらに負荷がかかってしまう」
隻眼の愛馬に語りかけるようにキリクは微笑んで私のほうに向き直る。
「ハヤテはずっとずっと仲間が欲しいって、俺にねだっててな。だけど、ハヤテの体を思いやってくれる人馬と俺たちは遠乗りしたかった。それでサトとシナモンならきっとハヤテをいたわってくれる、いやサトとシナモンのほかに俺たちの走り仲間はいないって、そう思って」
にーっと嫌みったらしく笑ったキリクの顔は愛馬に対する情愛と私たちに対する信頼で満ち満ちていて。そんな2人がうらやましいのと、そんな2人から頼られたのがこそばゆくって。私もくすっと笑って、うんうんとうなずく。ハヤテもシナモンとお互いに鼻をこすりつけあって、まるで「会話」でもしてるみたい。おばあちゃんのハヤテ、若者盛りのシナモンからたっぷり若さのエネルギーをわけてもらってるのかしら?


少しするうちに雨がやんだ。通り雨だったみたい、ゆるくなった地面はハヤテの弱い足にはクッションの代わりになるだろう、キリクは遠乗りにはおあつらえ、と笑っていた。
「もうちょっと行こうか。つきあってくれるよな」
「もちろん!」


さっきよりさらにスピードをあげて私たちは山の中を駆けて行く。すっかり若返ったハヤテの体にはじっとりと汗がにじんで、それがつやつやと金色に光り輝く。彼女の右わきにぴったりと体を併せて白銀のシナモンは彼女の右目の代わりをしてるみたい。雨露をまとってキラキラと輝く緑の大地をすべる金銀の光線は、柔らかい虹のアーチをくぐってひたすらに駆けて行く。…でも私たちはそれをとめることなんてできやしない、だって。


―私たちの道は馬たちにしかわからないんだから!

キリクとハヤテ、サトとシナモンがいっしょに遠乗りに行くお話がふっと思い浮かび。うまは足腰弱くなってからも適度に運動させないとかえって体に負担になってしまうそうです。サトとシナモンは高齢のハヤテばぁの体も気遣って併せ馬してくれそうで♪


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