ウマのヨカン

ふー、さてさて、今日はかぼちゃ祭り。村の子どもたちにお菓子をプレゼントするお祭り。とはいえブルーベル村にお菓子をもらいにくる子どもはシェリルちゃんぐらいしかいなくって。残ったクッキーを愛馬のシナモンにふるまいながらサトはふと考えます。山一つ隔てた向こう側のこのはな村にはこの文化はない―このはな村のほうが子ども人口がブルーベルより若干1人多いはずなんだけど! 

もしこの文化がこのはな村にあったらとりわけ…子どもたちと仲良くなりたいザウリさんなんか目の色変えてお菓子を作るだろうな、あまりの気合いに調理道具がいくつか壊れて、リコリスから雷を食らって。そして肝心の子どもたちはと言えばお菓子なんぞに目もくれずザウリの容貌に肝をつぶして逃げて行く…なんて! ああ、可哀想なザウリさん! チヒロくんとナナさんのお菓子はきっと人気になるだろう、あの2人からお菓子をもらえたら、リュイもマオも幸せだろうな。

じゃあ、あの馬好きのキリクは…。だめだめ、彼の作るお菓子は唯一馬用クッキーだけ、小麦に燕麦と糠のカス、すりおろしたにんじんを加えて軽く焼いただけのお菓子だもの、子どもたちの口に合うはずがないわ。だけどもちろんキリクが困ることはないわ、だって彼には手作りの馬用のクッキーをプレゼントできる相手がいる、そう本人いわく美人のハヤテ。もうおばあちゃんだけど、キリクにとってはいつまでも仔馬で最愛の愛馬のハヤテばぁちゃんがいるんだから!

サトはくすっと笑います。そう考えるとシーちゃんはお得ね、このクッキーは馬用のクッキーじゃないのよ? わかって食べてるのかな? フルルルと芦毛の愛馬は鼻を鳴らします。


さて、その日の午後は大雨になりました。雨脚は夜になるにつれてどんどん強くなる一方。吹きすさぶ風に動物小屋がガタガタ大きな音を立てて震えます。サトは急に不安になりました。こんな夜には怖い怪物が出て、動物小屋をのしてしまうんじゃないかしら。遠い国では今日と同じかぼちゃ祭りの夜は死者の魂が集う夜と考えられているらしいし。

ところが牛も羊もアルパカも、ちなみに10羽の鶏たちも、外の異様な嵐なんぞはちっとも怖くないみたい、ガタガタ震える小屋のなかであっけらかんと餌をついばんだり、うたた寝したり。…でもシナモンは違いました。彼だけは落ち着きなく地面をひっ掻いたり首を振ったり、どうも何かが気にかかっている。
「シーちゃんはやっぱり、何かを感じるのね、うん、きっとそうだわ!」
そこでサトは愛馬に鞍と手綱をとりつけ、動物小屋の戸締りを確認すると、駆けだしました。


山道を一目散に登っていきます。疾駆するシナモンの蹄の音。打ち付ける強い雨に、荒れ狂う風の唸り声。いろいろな音が恐ろしいぐらいに響きます。こんな悪天のなか馬を飛ばすなんて、どこのきちがいの発想でしょうか、でもサトもシナモンも夢中でした。もんもんと立ち込める霧は、恐ろしい森の魔王の灰色の服の裾のよう。風に揺れる枝は、魔王が優しく手を振って行き交う者を地獄の喜びに勧誘しようとしているみたい。さわさわ音を立てる木々の葉がいまにも、魔王の言葉となって耳に響きそうです。今宵は死せる魂の集う夜―そんな嵐の夜に無鉄砲にも鬱蒼とした山の中なんかに入るから…恐ろしい幻覚が次から次へと襲い掛かって来ます。

でもサトもシナモンも一心不乱でした。一縷の不安が強く強く人馬を惹きつけます。山頂まで駆け上がって、そして一気に下れば2人の目指すこのはな村はすぐそこ! 魔王なんかにつかまってたまるものですか! 

ほどなくして、嵐に交じってガツガツと走ってくる蹄の音が聞こえシナモンはびくりと体を震わしました。耳をピンと立てて足音の主を探ろうとします。嵐は一層強く吹き付け、天を絶えず稲光が走ります。ざわざわ、ガツガツ…! 足音はどんどん近付いてきます、それが後ろから来るのか、右なのか左なのか、それとも前なのか。空間も時間も、音も匂いも、すっかり闇に包まれて分かりません。そのときになって初めて、サトとシナモンは言いようのない恐怖を感じ、とうとうその場にぴったり硬直してしまって…。と、それと同時に眼前に鬼火のような光が浮かび上がります。そして次の瞬間、それが自分たちと同じように猪突猛進、反対側から山を登ってきたキリクとハヤテばぁの顔を照らし出すと、二組の人馬はあっけにとられたように目を大きく見開いて、そして大きな声で笑い出しました。

「まったいったいなんでお前たちはそこに!」
「キリクとハヤテこそ!」

2人はなだらかな山の頂上にいました。キリクが持っていたランタンで道を照らし、慎重にこのはな村まで下山して竹馬の友の馬房にそれぞれの愛馬をつなぎます。
「シーちゃんが…雨が降りだしたころから落ち着かなくなって、私も、この嵐の中…キリクとハヤテのことが気になって…」
キリクが貸してくれた大きなタオルでシナモンの体をゴシゴシしながらサトはまだ若干震えた声で言います。
「オレも。食事処でそれとなくお前の村にゃ今夜は妖怪変化がうようよするって聞いたもんで、そこに来てこの嵐と来ちゃ、オレとハヤテとて心配で心配で…」
うーん、若干そのウワサには誤謬があるけれど。そう思いながらサトは改めてキリクとハヤテの心根に感謝しました。若くない愛馬を駆って嵐の中、私たちを気遣って山越えをしようなんて…キリクの想い、そしてキリクとハヤテの強い信頼関係。嬉しいやら、うらやましいやら…。

「サトさあ、オレ、ずっと気になっていたんだ。お前、なんでこっちに住もうとしないんだ? こっちに越してくれたら、オレもハヤテもこんな嵐の夜すぐお前のところに駆けつけられるのに」
キリクのその言葉にびくっと肩を震わします。キリクともハヤテとももうすっかり仲良し、大胆なキリクのことだからいつかサトにあっさりと「こっちの村に引っ越さないか?」なんて誘いをかけるかもしれない、そのいつかが来てしまった、サトは言葉を詰まらせます。というのもそれはサトがここのところずっと自問自答してきた問いかけでもあったのです。もしこのはな村に住んでいたら、今日のような嵐の夜にはすぐにも頼もしいキリクのもとに、そして足腰の悪いハヤテのもとに、駆けつけることができるでしょう。それなのに…。

なにかつかむことのできない大きな力がサトをブルーベルに押しとどめているのです。それが一体何なのか。考えても考えても適切な言葉が見つかりません。でも…もし今夜、自分たちがこのはな村の住人だったら、嵐の夜にキリクとハヤテを想う霊感にとりつかれただろうか。

「離れているとね、一層想いが強くなるように思うんだ。近くにいると…お互いが分かりすぎちゃう、だから余計に心配する必要もないし、すぐに会えるからって安心感も生まれちゃうかもしれない。でも…。遠く離れ離れならその分、キリクは何してるかなって、ハヤテは元気かなって、考えたり心配したり、そして山を一つ越えてここに駆けつけたとき、やっぱりキリクがニコニコって迎えてくれる、その笑顔を見たとき、ああ嬉しいって心からそう思えるような気がする」

言いながら、サトは妖魔にとりつかれたかのようにキリクの大きな胸の中に身を投げます。強がりを言いながら、目からぽろぽろと涙がこぼれます。心の声を聞いたら、いま自分が喋っているような綺麗事なんて一切聞こえないでしょう。キリクとの距離を少しでも縮めたい。もし自分のすぐ近くにキリクがいる…そんな日が毎日続いたらどんなにか幸せだろう! 泣き崩れるサトを優しく腕の中に抱き返し、力自慢の馬丁は目を細めて笑います。チラっと真っ白の前歯がのぞきます。

「驚いたな、お前のことだからてっきり羊のアデーレが心配で、とか鶏のカルバドスをそのままにはできない! って言うかと思ったよ」
冗談交じりに言うと、キリクはそっと目を閉じます。さてと。これで、今宵の俺たちの姿を見れるのはハヤテとシーちゃんだけ…! まったく妖怪変化め、上出来なシチュエーションを作ってくれやがって!
「オレだって…サトが山一つ越えて会いに来てくれるの、いつも楽しみに待ってんだぜ。でも正直、妬いてるところもあったね、上手くは言えないけど、きっとサトにとっては馬バカなオレなんかより羊のアデーレとか、メンドリのカルバドスの方が大切なんだろうなって。それはそれでお前らしいし、同じ動物を扱う者としてオレはお前にアデーレたちをおろそかにしてもらいたくはない、…でも。今お前の口から、アデーレより先にオレとハヤテの名前が聞けて、オレ、すっげー嬉しい」

…だから。目を開けて馬たちを証人に誓います。
「嵐がやんでお日さまが昇ったら、ずっと前から馬頭観音さまにお供えしてあるあの青い羽根を、サトに渡そうと思う。妖魔よ、どうかそんな大胆なことができる力を、この馬同然に臆病なオレにさずけてください」

サトの涙をぬぐってあげて、すっかり泣き疲れ眠ってしまった彼女をそっと抱きあげると、キリクは馬たちにお休みを言って床の間に消えてゆきました。

ふたご村ハローウィン創作。かぼちゃ祭りとハローウィンを合せてみたようなお話です。キリクがサトに「どうしてこの花村に越してこないのか」たずねるお話はずっと前から書いてみたくて。ゲームでは立派に遠距離恋愛はぐくみました。感謝祭のむなしさたるやないです(苦笑)


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