馬は馬連れ

ああ、また今年もまた作ってしまった…オーブンの中からおいしそうに焼き上がったチョコレートケーキを取り出しながらラズベリーは重苦しいため息を吐きます。今年はまして上手に焼けてしまった、きっと料理大会でピエール先生に女神さまを降らせるに違いないというぐらいに…。

―でもあかん、あっちの村にはそもそもこの文化はないんや…―

そう思って毎年のように、無用の長物のケーキを、あたかもそのためだけに用意したようにお父ちゃんにプレゼントして。一年間お疲れさまって言ってあげて、2人でケーキを食べて…。いままではそれでよかった、それにお父ちゃんの一年の労をねぎらうのにこんなにすばらしいプレゼントはほかにない…でも。去年の冬、お父ちゃんにチョコレートをあげたら、父ちゃんは嬉しそうな悲しそうな複雑な顔をして…。

―あかん、お父ちゃんにもあげれへん。これ以上お父ちゃんを困らすわけにはいかん―

でも…お父ちゃんにあげないのなら、このケーキは…。このケーキをあげたい人は他にもいるけど、その名を口にしたらやっぱりお父ちゃんは困惑するに決まってる! 各馬場をぐるぐるまわるみたいな堂々巡り。お前は一体何をやりたいんや、自分で自分にそう問いただしたいぐらい。だれか別の馬がやってきて、ウチらを上手く誘導してくれへんやろか…。

―ああ、そうや。あの芦毛馬なら助けてくれるかも―


ブラバント牧場に向かいます。つい今年の春に、芦毛の愛馬シナモンとこの村に越してきたばかりのサトが切り盛りするブラバント牧場。サトはラズベリーの大切な乗馬仲間であり、話し相手でもありました。

「去年な、父ちゃんにケーキあげたら、お前ももう大人なんやから感謝祭にケーキをあげれるボーイフレンド持ろうたらどうだい、って言われてしもうて」
「あらら、あのグラニーさんがそんなこというんだ!」
「うっ、ウチの父ちゃんをバカにしちゃあかんで、ああ見えて結構ガンコなとこあんねん。…まあええ、問題はそこじゃないんや」

感謝祭にケーキをあげたいボーイフレンド。ラズベリーが敵意に満ちた憧れで慕っている相手は、となり村の長髪の青年、そう竹馬の友のキリク。でも、おとなりのこのはな村には感謝祭の文化はありません。でもそこはこっちブルーベルの文化だから、とキリクに紹介してケーキを渡せたとしても、意中の相手が彼であることをなかなかグラニーに言いだせない、そういってラズベリーは目に涙までためているのです。

「私は、キリクにケーキ、あげたらいいと思うな。彼のことだもん、物珍しがって喜んでくれると思う。それになんで、相手がキリクじゃグラニーさんに言い出しにくいの?」
「だって、このはな村にウチが嫁いだら誰がシェ・グラニーを継ぐねん?」
そっか、それは確かにやっかいね…そう思いながらサトはなんとかラズベリーを励まそうと頭をひねります。ラズベリーの想いをなんとかグラニーさんに伝えないと。きっと優しくて頭の柔らかいグラニーさんのことだもの、娘の意志を尊重しながら、シェ・グラニーの後継ぎについても名案をひねり出してくれるはず。
「あっ、じゃあ、こうしよっか!」

ごにょごにょと作戦を耳打ちし、ダメもとでやってみよう! と指切りげんまんしてサトは家に引き返します。そしてラズベリーがこのはな村に向かったのを見届けると、ちょうど三時のおやつに焼き上がったショコラに青く染めた鶏の羽を刺してシェ・グラニーに向かいます。


「グラニーさんっ! 今日は感謝祭ですよね! この青い羽根と一緒に、サトちゃんの特別ショコラを受け取ってください! …でもトマトは入ってませんよ」
突然の告白! グラニーはまん丸の目をさらに丸くして絶句します。
「ちょ、ちょっと待ってサトちゃん」
「あらだって、これでグラニーさんは、奥さんと同時にもう一人の子どもまで持ったも同然じゃない?」
「…そ、そうだね、ハハ、それは愉快だ! …って待った、君は君らしくもない冗談でこのオレをからかうつもりかい!?」

ケーキをカウンターに置いてサトは表情を硬くします。そしてラズベリーの想いを伝えます。もしキリクへの恋を赦してくれないなら、ホントに私、シェ・グラニーの女主人になってこの牧場を継ぐんだから!


ようやくの思いでキリクに感謝祭の文化を理解、納得させケーキを渡してきたラズベリーが恐る恐る牧場に近寄ると、牧草地の柵に得意満面のサトが腰かけていました。

「作戦成功、グラニーさんったら一発でおとなしくなったよっ。今晩ゆっくり話を聞かせておくれって、でもラズベリーの気持ちを否定するつもりは毛頭ないよって」
「サト…!」
ありがとな、ありがとなッ! 複雑な想いの絡み合った涙がラズベリーの目からほとばしります。ううん、お礼なんか! 大切な友だちをぎゅっと抱きしめサトも目に涙を浮かべます。

―ホントは私もキリクのことが好き。そして冗談じゃなくってグラニーさんの養子になりたいぐらい、グラニーさんのことも大好き。―でも馬は馬連れ、世は情け。ここは潔く、黙ってすべてをラズベリーにゆずるわ。そのほうがきっと、万事うまく運ぶから。

「また、私でよかったらいつでも相談に乗るわ。ちょうど、遠くに出掛けたいときに馬に乗るみたいに、ね!」
にっこり笑ってラズベリーの涙をハンカチでぬぐってあげると、サトは鶏と牛たちを小屋に戻すため大急ぎで、ブラバント牧場へ走っていきました。

ふたご村から感謝祭のおはなし。しかし…。グラニーもキリクもそれぞれ別の理由でこのお祭りの対象になりそうにないし、さあどうしよう!?…と考えこのようなことに。。ブルーベル村はどうしてあんなにヨーロッパ的なのにドイツ人を思わせる、ごっつくて眉間にしわの寄った恋愛対象がいないのか不満でやるかたなしです(苦笑)


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