妖精の妙薬

ハローウィンの朝。なにか気がかりな夢から目を覚ましたピートはドアを開けたとたん小麦色の髪の青年と鉢合わせになりました。うわー、こんな日にやっかいな親友が遊びにおいでなすったぞ、頭の中では構えつつも、追い返すわけにはどうしたっていかないので、にんまり笑います。

「その歳でお菓子をせびりに来るってどうかい、リック」
「むろん」リックはハハっと笑います。「お菓子はいらないよ。でもこの夜のために素晴らしい妙薬を作り出したんだ、で君と君の奥さんに話があってね」
リックから話を聞くとピートも奥さんのマリーも目を丸くしました。今宵はハローウィン、いたずら妖精のリックが村中の独身男性にとんでもない魔法をかけるというのです。そしてなんと、根っからおどけ者のピートはおろか、村長の娘で村一番の淑女と謳われるおしとやかでまじめなマリーでさえも「ええ」と控えめな笑いを浮かべてリックの悪さに加勢する意向を表明しました。ありがとう! リックが嬉しそうに笑います。健闘を祈るよ、ピートとマリーは大切な親友の手を両手で強く握りしめリックを鼓舞激励しました。

リアカーに丸底の赤いツボを積んでリックは村の各家を訪問してまわります。 リックの「手口」はいつでもいっしょ:
―旦那、これは愛の妙薬ですぜ。ゆっくりゆらしながらふたを開けて、おっとでも香りを逃がさないように気をつけながら、ひとくちふたくち。これで意中の人はあなたのもの! いまならタダでさしあげますよ―
リックの甘い脅し文句に村の独身男性たちは半信半疑で薬を受け取り言われたとおりひとくちふたくち。なるほど妙に甘くて酸っぱくて素敵な味! そしてなんだか気持ちがうっとりとしてきます。これなら大胆に好きな娘に告白ができそう。ラッラッラーと陽気に歌いながら男どもは家から外に出ていきました。


花屋でお花に水やりをしていたポプリは突然、果樹園の下働きの青年に言い寄られびっくりしてしまいました。その青年を追いかけてきたカレンは横からグリーン牧場の茶髪の青年に熱々と愛を語られています。出来立てのお菓子を手にしたケーキ屋のシェフはグリーン牧場のランのもとに向かい、残されたエリィのもとに鷹を連れた風来坊がなぐさめにやってくる始末。カイも、グレイも、ジェフも、クリフも…その度胸を本当の彼女に注げばいいのに! 村中の既婚者は呆れ顔で男たちの姿を見ています。

―そう、そこにはリックのとんでもないいたずらが仕込まれていたのです。
青年たちにばらまかれた、愛のエキスの入ったツボ。そこにはそれぞれ彼らの意中の娘とは別の少女のポートレートが貼ってありました、そして…その妙薬を飲んだものは錯乱状態になって、自分の持っているツボに貼られた写真の乙女にぞっこん惚れてしまう…というわけ。その錯乱状態が醒めたとき必ずや、彼らは彼らの本当の彼女に死に物狂いで弁解をするはず。そして彼女たちもまた必死に謝るボーイフレンドの姿に彼氏の熱心さを、真摯さを感じ取るはずだ! というのです。さすがはふられた歴のある男、ピートは感心してみせました。

「あら、でもそれじゃあハリスがあまりにかわいそうですわ。ピート、私の貞節は信じてくれますね。私、ほんの一時だけ、娘時代に戻りたくなってしまいましたの」

仕方がないね、君は! ピートはリックとマリー両方に呆れたように笑いかけると、深くマリーを信じて疑わないと誓って妻の外出を許しました。そんなわけで、マリーは薬の力で恍惚としているハリスに言い寄られ、昔の友達とたわいもないおしゃべりをしています。

ハローウィンの三日月が天高く上るころ、リックとピートはリアカーに丸底の青いツボを積んで村に繰り出しました。思った通り、村の中は大変な状態! 夢見る恋人たちにそれぞれ乙女たちが群がったり群がられたりしててんわやんわの大騒動。これはどんなお化けのいたずらかと大人たちも顔を見合わせ肩をすくめています。リックとピートはそんな村人のなかに割って入りリアカーを止めると一礼しました。

「これは失敬、すべてワタクシめのいたずらであります。このハローウィンの夜、村の青年諸君に愛の妙薬を振る舞い、男女の関係を引っ掻き回しては喜んでいるいたずら妖精のパック、…いやリック。しかしご安心あれ、この薬が嘘偽りを洗い流し…青年諸君に真実のみを見せましょう!」
リックの薬で浮ついていた恋人の心はすっかり洗い清められました。一体なにがあったやら、目をしばたたかせながら、肩をすくめ首を振って…ふと顔をあげればそこには各々の彼女の険悪な表情! さあ男たちは大慌て。なにをしでかしたのか思い出せないけれども、でもどうやら僕らは悪い夢を見ていただけなのだ、僕らの気持ちは君のためだけにあるのだよ!

リックの思惑通り、それぞれ懸命に弁解を開始しました。さてとあとは仲直りを待つのみ。リックはにっこり笑い、最後のツボをもって図書館に向かいました。

「素敵な思い出になりましたわ」
ピートと腕を組んでマリーは家に帰る道すがらはにかみました。
「やっぱりハリスは今も私のことを想ってくれているよう、その気持ちは今でも私を嬉しくさせます…でもね、あなた。それよりも何千倍も美しく素敵なことを私はあなたからたくさん教わりました。あの方が薬の力を借りようと借りまいと、やはりあの方は私のお友達でしかございませんの」
「その言葉に安心したよ、マリー。それにしても君はなんとも大胆なことを言い出すもんだ、なんとも上品な魔女だなぁ、感激したよ!」
ふふっとマリーは微笑みます。さあ、家に帰ってボルドーワインを開けましょうね、今日は特別な日ですから!

翌朝。妖精のいたずらの報酬がたっぷりピートの家に届きました。4組の結婚式のお知らせに度肝を抜かれ、牧場長はリックの家の玄関に駄菓子の袋をうず高くつみあげると、にんまり笑って見せました。

ハローウィンの大仰ないたずらのお話(のはずです;)賢い恋人たちは甘いキャッチセールスに騙されぬよう、騙されたら騙されたで自ら美声を張り上げて責任を(強制終了)ともあれ、リックさんは不思議な発明をしながらもさりげなく町の人の幸せも願っているといいなと思いますです。


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