ヴァーンフリート

酒場へ向かう途中。ピートはふと空を見あげました。澄み切った空にはまんまるのお月様。やわらかな月明かりが優しく自分を包み込みます。今は秋から冬へ…季節の変わり目。漆黒の闇に散りばめられた星星の美しいことといったら!
「僕の牧場を持っていたじいさんも、あのうちの一つなんだろうな…」
童心に返ったようにつぶやいて、若き牧場長は走り出しました。


酒場に入るとすぐに、奥のカウンターに丸メガネの栗色の髪の青年がいるのを見つけピートはおや、と思いました。
―リックだ、でもなぜ?―
不思議に思うのも当然かもしれません。発明家のその青年は普段から道具屋を兼ねた自宅にこもりがちで、外へでてくることはほとんどありません。加えてアルコールが苦手ときていますから、まさか酒場で彼と会おうなぞ一体誰が想像できるでしょう?
「となりいいかな、リック?」

ピートが声をかけると、リックは恭しく頭を下げました。ふと彼の前に置かれたグラスへ目をやれば、その中に注がれた紫色の液体はほとんど減っていません。ああ、やはり。彼は飲むことを目的にここへ来たのではないのだな。デュークに山ぶどう酒を注文すると、ピートはリックの顔色をのぞきこみます。なにか悩みごとでもあるのか、そう尋ねるとリックは口元をちょっとゆがめ自嘲的な笑みを浮かべました。

「ああ…」彼はうなずいて、グラスに手をかけ続けます。「最近発明が全くはかどらなくて。まあ、一種のスランプと言ってしまえばそれまでなんですがね。どうもこう長く続くとまったくこれが辛いもので」
そう言って彼は少しだけ、ワインを口に含ませました。もうかれこれ二年以上の仲ですがリックは一向に改まった口調を変えようとはしません。でもそれはリックの真面目で律義な性格を物語っているかのようでした。それとも単に彼は人付き合いが苦手なだけかもしれない。どちらにせよ、ピートはそんなリックのかしこまった物言いを気にかけはしませんでした、そればかりかその優しく紡がれた言葉一つ一つから、おとなしい栗色の髪の青年のつかみきれない人となりのよささえ感じとってしまうほどでした。

それにしても。リックの発明ときたらろくなものがありませんから、ピートはなんと励ましてあげればよいやら全く分かりませんでした。下手におだててまた変なものをつくる気を起こさせてしまえば、その発明品の実験台として被害にあうのは自分か自分の牧場ですし、そうは言っても仲良しの友だちが落ち込んでいるのを見て見ぬ振りなんて、どうしたって出来っこありません。

「モノつくりという点では、君のいいたいことはよくわかるよ」
突然真横で声がして、ピートとリックは顔をあげました。ケーキ屋の店長、ジェフでした。店にいるときは正装で蝶ネクタイをしめ、かしこまっている彼も、酒場では幾分身なりをくずして、屈託なくくつろいでいます。
「ケーキをつくるとき、どうしたら町の人に気に入ってもらえる味にできるか、僕もいろいろ考えてみるのだけれどね。でもそうそううまくいかないね。やあ、おいしいなっていってもらえるように一晩でも二晩でも悩んで、でも結局いつもと同じ味になってさ」
すっかりほろ酔い気分のジェフは、いつも以上にゆったりとした口調で言葉をつむぎだします。

「だけど君の店は年末のスタンプラリーもあるし、お客さんはたくさんくるのではないですか? その点、僕はどうしたって君の店にはかないませんよ」
リックが多少をジェフを侮蔑するような口調で言い返すと、リックに負けず劣らず律儀なケーキ屋の店長は首をふりました。
「年末のスタンプラリーなんてあってもなくてもいいんだ。確かにそれを目当てにケーキを買いに来るお客さんもいるかもしれない、でもいつかね、スタンプラリーはやめてしまいたいと思っている。本当のところそれがなくても店を繁盛させる力が欲しい。でも残念だけど正直言って、今はまだ、そんな力はないんだ」
丁重なジェフの姿にピートもうなずき山ぶどう酒をあおりました。

「考えてみれば、僕のところもそうだ。どうやったら町の皆が喜ぶ野菜を出荷できるか、今まで何度悩んだことか。それだけじゃぁない。悪天候で畑がメチャクチャになってしまったときは挫折しかけた、何度も何度もね。…でもそんな僕を人生七転び八起きだって励ましてくれたのは、リック、君じゃないか?」
ケーキ屋と牧場長の言葉にリックは早くも降参と肩をすくめてしまいました。メガネの下の青い瞳が光ります。暫く無言のまま彼はグラスを見つめていましたが、やがて二人のほうに顔を向け、恥ずかしそうに笑って声を落としました。
「人生、転ぶことだって何度もある。そのことを十二分に知っていると思っていたはずなのに。…どうやら完全に忘れてしまっていたようです」

無理もないですよ、ジェフがリックをなぐさめるように朗らかに笑います。ジェフの優しい言葉に突如リックは自分が救われたような気持ちになり心もち体を縮めました。せっかくいいアイディアが浮かんだのに、制作中に失敗して何の役にも立たなくなってしまった道具たち、せっかくいいアイディアが浮かんで、これは前代未聞の大発明だと確信したのに誰にも受け入れてもらえなかった道具たち。日の目を見ずにお蔵入りした道具たちと、それに携わった日々が走馬灯のようによみがえります。ふと顔を上げ、そこにジェフの慈悲深い微笑みを認めて…。すっと心が軽くなった気がします。同時にあの可哀相な道具たちもまた、ある種の救済を得たような、そんな感覚に捕り憑かれます。

「僕が思いますにね」持ち直した声でリックは続けます。「僕らの人生なんてのは砂粒と一緒なんです。ちょうど、砂時計の中をすり抜ける、砂粒」
―人生はたった一瞬でしかない、そう、本当にちっぽけな、目に見えるか見えないぐらいの、砂粒の、たった一粒―
「そう考えると僕の今の悩みなんて…」
「まてよ、リック」今度はピートの番です。「人生は星星の瞬きでもあるじゃないか。歴史と言う膨大な宇宙に一瞬のきらめきを与える、星星の、その輝きなんだ」
ハハハ、とリックはいつも彼がそうするように笑い声をあげました。
「これはまいったな、君のほうが一枚上手だった」
「すると君はまさに流れ星ってところだね、ピートくん。…いや勘違いしないでおくれ。君のところの牧場主さんが天に召されて牧場が荒れてしまったとき、僕たち村の人はずいぶん落ち込んだものだ。そこへ君があらわれた、それも突然。そして牧場を復活させてもらいたい、っていう村人の願いをかなえてくれたからね」
ケーキ屋の主人の言葉は、今度はピートまで元気づけました。隣ではリックが、またやられたな、と言いながら笑っています。


酒場で偶然話ができたのも何かの縁だろうと言いながら、リック、ピートそしてジェフはそろって外に出ます。相変わらず空は快晴。宝石箱をひっくりかえした星空が頭上に広がり、満月の光は街灯のない真っ暗な村を優しく温かく照らします。煌々とした月の光に酔いのせいか心もちバラ色に染まったリックの頬が照らし出されます。口元をゆがめ、道具屋の青年はにっこりと笑いました。

「今夜はありがとう、ずいぶんと気が楽になりましたよ。本当、ジェフの言うとおり、僕たちつくるものは違っても結論は同じなんですね。同じ、モノつくりなんですよね…」

星空を見あげてリックは自己陶酔するように大きくうなずきます。ピートもジェフも、彼に習います。

「それではそろそろ解散といきましょうか、明日もまたよろしくおねがいしますね」
栗色の髪の青年はふと顔を下げ、二人に一礼すると、町の南方、自分の家に向かって走り出しました。

牧物2のリック処女作です。ミネ仲のリックも好きですが、2のリックはもっともっと意味不明なところが大好きですv花の芽村のみんなはそれぞれの仕事に誇りと勇気を持っている、だから村はのどかでそのうえ活気があるんだと思いますです。


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