魔法のクッキー

光のどけき秋の昼下がり―。ステンドグラスから注ぐ虹色の輝きが床の上でいたずらものの妖精のようにゆらゆらと踊っています。何時間でも飽きることなく見ていられそうな光の造形にカーターがアモレットのダンスを思い浮かべては愛の頬笑みをたたえていると来客がありました。

南方の大牧場の経営者、ピートでした。遠くからここに越して牧場を継いで久しく、牧場の仕事もすっかり板に付いたという風。まぶしく笑う顔は小麦色に焼けています。
「やあ、カーターさん。今日はかぼちゃ祭りの日ですよね! ってことで、よかったらお菓子、一緒に作りませんか?」
カーターの作るお菓子が子どもたちに人気なのは結構有名。きっとピートもメイやユウから神父のそんな意外な才能を聞きつけたのでしょう。
「あれ、クリフもいる、クリフもどうだい、一緒に」

快活な牧場長に誘われ神父とクリフはそろって台所に立ちます。今年もおいしいかぼちゃがとれたので、とピートは張り切っています。お菓子作りには欠かせないミルクもバターも玉子も、全部牧場自家製。これはおいしいものができそうですね、カーターもクリフも腕を奮います。固いかぼちゃを慎重に切って鍋で茹でます。
「そういえばピートさんもクリフさんも、この町の出身ではありませんね。お2人が昔暮らしていた町にはかぼちゃ祭りのようなお祝いはありましたか?」
カーターがバターと砂糖を混ぜ合わせながらいいます。ピートとクリフは一瞬顔を見合わせてそういえば…と言いたげに口をゆるめます。

「僕の町では毎年10月31日に子どもたちがお化けの恰好をして、お菓子ちょうだい、くれないといたずらするよ! っていいながら家々をまわるお祭りがありましたよ」
ピートが玉子を割ります。

「僕のところは4月の30日に似たようなお祭りがありました。大きな山の頂上に魔女たちが集まって箒で山にたまった雪を掃きだしダンスをするお祭りでね、春の到来を告げる大切なお祝いなんです。それで、女の子たちはみんな魔女に扮装するんです…ホテルや旅館の女将までね!」
僕の妹や母さんも…そう言いかけてクリフはううんと頭を振ると、つとめて明るく頬笑みます。
「僕の町では魔女と人間はお友達のようなものなのです。それできっと、母さんも妹も魔女の知り合いがたくさんできて彼女たちに守ってもらっている、ぼくはやっと最近、そう思えるようになってきました」
かぼちゃを鍋から取り出し、クリフはそれをミルクと混ぜています。
「そういうカーターさんもこの町の人ではありませんよね、カーターさんこそ、前に暮らしていた町にかぼちゃ祭りのお祝いはありましたか?」

若者2人の関心の矛先が思いがけず自らに向けられカーターは思わずしゃもじを落としそうになりました。
「私が前に住んでいたところにはとくにそのようなお祭りはありませんでした―しいて言うと、夏に一度死者の魂が現世に戻ってくると言う時期がありましてね、そのときにはやっぱり砂糖菓子をお供えして先祖の霊をお迎えしたものです」
といっても、彼らと私とは宗派が違うものですから私が直接そのようなことをしたというわけではありませんが…。カーターは目を細めたまま続けます。彼の手元では砂糖とバターが練りあがり、玉子とかぼちゃのフィリングが加えられています。

ピートもクリフもふと顔を見合せます、いったいカーターさんはどこで生まれてどういうきっかけで神父になったのだろうか。可哀想に、神父が神のみを愛するということを知らないメイちゃんは、大きくなったらカーターさんのお嫁さんになる! とか言っているというのに! とはいえ、偉大なる神に仕えるカーターさんにそんなことを、こともあろうにかぼちゃ祭りのお菓子を作りながら軽々しく聞きだすわけにもいきません。

「ああ、でも、私の生まれ故郷でひとつ大切にされていたお祭りがありましたね、聖ヨハネの命名日のお祭りなのですが、その日になるとみんな、籠にリボンをつけてパン、お菓子や腸詰を入れて野原に繰り出、踊りをみたり歌合戦を聞いたりして楽しんだものです。そのときに踊り子の娘さんがくれたお菓子の味がどうしても忘れられなくてね―故郷を離れてから私は自分でもお菓子を作るようになりました」
出来上がった生地をお化けやかぼちゃのモチーフにくりぬきながらカーターはなつかしそうに頬笑みを浮かべて続けます。
「神さまの言葉と一緒で、お菓子には人を幸せにする不思議な力が宿っているように思います。それとも、あのお祭りの雰囲気が私にそんな気持ちを起こさせたのかもしれません…いや、あの娘さんがひょっとして魔女っ子だったのかも。いずれにせよ私はお祭りの雰囲気も、魔法でおいしいお菓子を生み出すこともできません。…ですがこの町の子どもたちが私のお菓子から少しでも幸せをかじりとってくれたら、なんて思いながらこうして…」

かぼちゃのクッキーが焼きあがります。香ばしい匂いにピートもクリフも味見の名目でカーターさんのクッキーに手を伸ばします。なるほど、カーターさんのお菓子には…カーターさんの子どもたちの幸せを思う心根に加えて、生まれ故郷とお祭りの娘さんへの恋慕…なーんて魔法がかけられていたんだ、メイちゃんのライバルは増える一方!


無邪気な神父、若き牧場長に魔女と仲良しの栗色の髪の青年は魔法のクッキーをリボン付きの籠に入れ、意気揚々。すっかり童心にかえってかごを抱え、町の子どもたちのところへ繰り出すのでした。

いつか「クリムト」を「クリフと」とうち間違ってしまい、これはクリフくんに飢えているのかも!と思って…教会のメンツ+ピートでハローウィンのクッキーを焼くお話。ハローウィン、ワルプルギスの夜、お盆、ヨハネ祭などなど地霊、妖精、お化けの絡む各地のお祭りを登場させました♪カーターさんのお菓子、私も食べてみたいものです。


inserted by FC2 system