凍る少年

今日は秋の大収穫祭。ローズ広場に村中の人々が集まってワイワイガヤガヤ盛り上がっています。 みんなそれぞれの家から野菜や食材を持ち寄って、広場のまんなかにおかれた鍋にほうりこみます。鍋の中はぐつぐつぐつぐつ、よく煮えたシチューからおいしそうな匂いが広場一面にただよいます。魚を抱えてきたマナさんが、普段と相変わらぬ饒舌ぶりで養鶏場のリリアの卵を褒めちぎっていますが、その賛辞を紙に書き取ることがもし可能であるとするならば、それはきっと百科事典よりはるかに厚くなるのは間違いないでしょう。野菜の袋をもったジェフの隣では、サーシャが娘のカレンに鍋に変なものを入れないように、ということを再三繰り返しています。亭主のジェフは細君のお小言が終わるまでその場を動けないと、いった表情で肩をすくめてたたずんでいます。大きな鍋にかけられたはしごをのぼって食材の煮え具合を確認しているダッドは、もう少し香辛料をいれたほうがいいということを娘のランに口説いていましたが、ランはそれはいつものことと聞き流し、宿屋に胡椒をとりにいく使い走りを拒んでいました。鍋の後ろで控えめにたたずんでいる神父のカーターは、教会の裏庭でとれたマツタケをちょうどスープに入れたばかり、満足げな含み笑いを浮かべた彼のその柔和な顔つきは、そこにいる全員に慈悲の雨を降らせているようでした。祭りの胴元トーマス村長は、両足をふんばって鍋の横にでんと構え、大口をあけて「さあどうぞ」とか「いやいや今日は本当に」などと無遠慮な笑顔で叫び散らしていました。


祭りの喧騒から一歩引いて広場の片隅にたたずむクレアとカイ。夏の終わりには遠くの国に行ってしまうカイとこのお祭りを迎えたい… それはクレアの唯一の願いでした。黒い肌の青年はやさしく彼女の背中に手を回し、幸福でいっぱいになっている少女を涼しい眼で見守っています。

クレアの手には乾いた土のついたニンジンが握られていました。今朝、このお祭りのためにとってきたものです。カイはしばらくクレアとニンジンを見比べながら黙っていましたが、不意につと手を伸ばして、彼女の華奢な指にかぶせました。
「ダッドさんが降りたら入れに行くわ」頭を振ってクレアは無邪気に笑います。「このニンジンは私たちの牧場からみんなへのプレゼントよ」
大きくうなずいてカイも白い歯を見せました。無言のうちにも、カレがクレアに賛同したのはよくわかります。
「祭りが終わったらさ、海に行かない?」
そっと彼は付け足しました。そうするのがもったいないぐらいに細い声でクレアの耳に優しい言葉をつぎ込みます。ぽっと頬の一点を赤らめながら、クレアは青年の言葉に大きくうなずきました。


温かくておいしいシチューで体を温め、二人はミネラルビーチに向かいます。夏の間だけ営業しているカイの海の家を横切って、桟橋に腰掛け、紅に染まる西の空を見つめます。赤いカーテンの上にはコバルト色の夜空が広がって、一番星がキラキラと宝石のように輝いています。

秋の涼しい空気が、仲睦まじいカップルの間を吹き抜けます。カイとクレアはぴったりと体を寄せ合って、ひとつの赤いマフラーをお互いの首に巻きつけ、暖を取ります。恒久の時間が自分たちを支配しているようでした。

「今年の収穫祭は本当にすばらしかった」
そうカイは言ってクレアの額にそっと口付けしました。
「昔、遠い昔、イギリスからアメリカに渡ったピューリタンは」クレアが教会のあのほのぼの神父の口真似を始めるとカイは噴出しました。「インディアンに開拓方法から作物の育て方を習ったのです。…そうして初めての収穫を迎えたとき、その喜びを祝して開かれたパーティが収穫祭なのよ」

無邪気で穢れのないクレアの口から出る優しい言葉がカイの心を暖めます。紅のカーテンはもう西の空にほとんど消えかかって、澄んだ冷たい海風が日焼けした青年の体を吹き抜けます。今いったい何時だろう? もうすぐ真っ暗な夜がやってきて、この長い長い海岸線を冷えた闇で覆ってしまうのではないか。クレアの指にそっと自分の指を絡め、カイは頬を紅潮させます。

「僕も、遠くの国からここに越してきて、君からいろんなことを学んだんだよ、ハニー。だから今宵はいろいろ感謝させておくれ。収穫祭にインディアンは招かれなかったのかな?」

いいえ、まさか! そう思いながらクレアは黙ってカイの温かい胸に頭をうずめます。たるんだマフラーがふわりと彼女の肩にかかります。彼女を腕に抱いて、永遠の時間を独り占めするがごとくカイは目をつぶります。

―でも本当は、僕が君に感謝する収穫祭が夏にあったらもっとよかったのに。素足の君がこの砂浜をかけていくのを、僕はいつまでも見守っていてあげたいんだ。そうしたらきっと僕はこんなにも寒い思いをしないで…―

いや―カイは首を振ります。僕がピューリタンで君がインディアンなら、きっと僕らが今宵ここにいるのは偶然じゃなくて。むしろ収穫祭が夏に開かれたら、僕らはこんなにも充実した気持ちでこの桟橋に腰掛けるなんてことはないんじゃないか。


マフラーをあごの下まで上げて、カイは目を閉じクレアを抱きしめました。
「僕はちっとも…寒くないよ」

サンクスギビングこと収穫祭のお話。収穫祭ではいつも、にんじんを持って行ってます。あんな大きななべににんじんいっぽん♪いっぽんでーもにんじん♪がはたしてどんな力になるやら。。クレアさんはずっと、カイと収穫祭(夏外で町民参加型のお祭り)を祝いたいと願っているといいな♪と思います。


inserted by FC2 system