恋人たちの日曜学校
登場人物
ポプリ…リックの妹で、カイの恋人
マリー…図書館司書、グレイの恋人
カイ…海の男
グレイ…鍛冶屋の徒弟
リック…ポプリの兄、養鶏場の長男
カーター…神父さま、自称「杜選(こじつけ)大神父」
クレア…熟練牧場主
場所
ミネラルタウン(にわとりりあ、クレアの牧場、ミネラルビーチ、海の家)
第1幕
第1場
幕。養鶏場。鶏の柵の中。リック、ポプリが大喧嘩をしている。
リック:
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いやいやいや、ぜーったいダメだ! 天に誓って兄さんはそんなこと信じないぞ!
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ポプリ:
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でもでもでも、ほーっんとだもん! 地面に誓ってポプリの言う通りだもん!
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リック:
| 海をクワで耕すようなもんだ、空気を網で捕獲しようとするようなもんだ、そうでなけりゃ、鶏に飛べとでも言うようなもんだ、ヤツの恋心を信じるなんて! ヤツの恋心なんてもんは、お花畑をひらひら舞うちょうちょのようなもんだ。ちょうちょ、ちょうちょ、菜の花にとまれ、菜の花が飽いたら桜にとまれ、桜の花の、花から花へ、とまれよ遊べ、遊べよとまれってなもんで。いまはポプリという名の花にとまってるかもしれないけど、それに飽きたらすぐさま、別の桜に飛んでっちまうんだよ!
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ポプリ:
| お兄ちゃんのバカ! 恋のちょうちょなんて、フェニックスといっしょよ。神話やお芝居のなかにしかいなくって、実際に見たことがある人なんてどこにもいないわ!
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リック:
| そんならあのカイの野郎こそ、そのフェニックスなんだ!
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ポプリ:
| じゃあポプリは一体誰と結婚すればいいのよッ!
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リック:
| (猫なで声で)ポプリ、可愛い妹よ、どうか兄さんの気持ちを分かっておくれ。あんなどこの馬の骨とも分からぬ風来坊に、心配性で疑り深いこの僕がだ、この世で一番大切な鶏を、さあ、どうぞ、あとはよろしくお願いします、あなた様のお好きなように! なんて心軽く任せるなんて到底無理な注文だ。店の鶏を売買するのとは全くワケが違うんだよ。
(独白)この兄の懸命な気持ちをなんとかあの世間知らずの妹に分からせてやらなくては!
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ポプリ:
| (申し訳なさそうに)リック、頼もしいお兄ちゃん、どうか妹の気持ちを分かってちょうだい。お兄ちゃんが愚かなポプリの恋の行く末を心配してくれている気持ちはよくわかるの、相手があのカイでなくたって、きっとそうすんなりとは、お兄ちゃんはポプリの恋を許しちゃくれないでしょ? 優しいお兄ちゃん、パパの代わりにいままでずっと、ポプリの手を引いてポプリを導いてくれた頼れるお兄ちゃん。でもいまやポプリにはお兄ちゃんとはまた別の大切な良人が必要なの。オンドリは―そのままでも立派な大人になれる。でもメンドリは、オンドリがいてくれて初めて一人前、だから良人となる人には感謝なさい、オンドリの誇りとお前の名誉、どっちも決して傷つけてはならないよ、なんていつか酒屋で熱唱していたのは、他でもない、リック、お兄ちゃんじゃない。
(独白)ああ、カイの誇りとポプリの名誉を蔑んで、ポプリをポプリのオンドリから遠ざけようとするのは、他でもないリックお兄ちゃん! 父は娘の恋敵っていうけれど、家じゃ兄ちゃんがパパ代わり。なんて手ごわい恋敵なの…! もしもポプリがお姉ちゃんで、立場も地位も上だったら、無礼なリックのほっぺたをぴしゃりと一発、ひっぱたいてやりたい! …だけどそれはできない話だわ。ニワトリは穏便を好むもの、争う代わりに、ああ、どうか、カイがどれだけポプリを愛しているか、お兄ちゃんに見せつけてやりたい。…だけどそのためにはどうしたらいいの? お兄ちゃんはカイと面と向かって話すことすら拒んでいる、カイがどれだけ真意をこめてポプリとの愛を肯定しても、この堅物兄ちゃんはきっとそれを信じようとすらしないわ!
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カーター、牡猫のように抜き足差し足忍び足入場。
カーター:
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おやおや。鶏の柵の中で口論をしておりますのはリックさんにポプリさん、今日もお元気な様子、ケッコウケッコウ。しかしたとい養鶏場の兄妹とて朝っぱらからそう騒ぎ立ててはご近所に迷惑ですな、騒ぎの種はなんなのです? せっかくですから神に仕える私の身、ちょっくら利用なすってはいかがでしょう?
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リック:
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そうさ、つまり、僕の可愛いポプリがあの不束なカイについてゆこうとするものだから!
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ポプリ:
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そうよ、つまり、私の堅物お兄ちゃんがポプリとカイの恋を認めてくれないから!
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リック
ポプリ:
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だからこうして言い争っているんです!
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カーター:
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(独白)こいつはとんだニワトリの戯言、カラスの私がついばみましたわい。ありとあらゆる策略を練って、ニワトリたちの世話を焼いてさしあげよう、老いたるカラスの悦びよ、若鳥の喧騒ほどひっかきまわすに値する快楽は他にありますまい。
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カーター:
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(得意顔で)それならば私もざっと見当がつく話です。今となっては神に仕える身、だが以前は一人の女性を愛しもしたものです。そこで人生の先輩として忠告しておきますが、リックはカイの心をそう軽視なさらないこと、そしてポプリはカイの心をそう過信しすぎないこと。男たるもの、真の恋心に目覚めるまではあっちへふらり、こっちへふらりとまるで羽根でも生えているかのように浮遊するもんです。そこで。カイが本当にちょうちょのごとく、蜜だけのために花を愛するのかどうか、敢えて彼のわきに桜を植えて様子を見てみることにいたしましょう。
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マリー入場。
カーター:
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(さらに勢いづいて)おっと今度はあすこから、カルガモ一羽やってくる。ははぁ、さてもどうやら鍛冶屋にて、デートの約束おありと見える。これまた見事なタイミング。黒い衣装の闇ガラス。こんなもおいしい機会なんぞはみすみす逃しはしませんぞ。
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カーター:
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(3人にむかって)さて、さて、役者もそろってきた。ワタクシ杜選大神父、これより恋の講義を始めようかという所存。だがひとつ、この講義には皆様のご参加が必要不可欠。いまは果実より葉の多い、飾り気一つ見当たらぬ、淋しき私の講義さえ、皆様の温かい心配りに、真剣な演技、そして真心こもった協力肥やしに、まったく稔り豊かな大木となりましょう。
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リック:
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カーターさんの知恵袋にかかっては、僕の心も折れそうだ。ここは用心しておかなくては!
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ポプリ:
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カイとの恋を認めてもらえるのなら、ポプリの心も羽根が生えたよう。こじつけでもなんでもかまいわしないわ!
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マリー:
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これはまたなんたる偶然でしょう、私の心は急かるるばかり。どんな素敵なお話が私を待っているかしら?
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カーター:
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若者の喧騒ほど老賢者を喜ばすものはない、ありとあらゆる策略を練って、このお芝居を見事に成功させてご覧ぜよう!
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4者4様の感情に抱かれつつ、全員退場。フェードアウト。
第2場
フェードイン。クレアの牧場。クレア入場。畑を耕している。
クレア:
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牧場生活って慣れてみるとつまんないものよね。(鍬を振りおろして)朝から晩まで汗水流してみんなのために野菜と家畜を育てても、私が楽しむのは野菜の色とミルクの香りだけ? 別にそれが不満じゃないけれど、私だってお腹いっぱい自分が作った野菜を食べたいもん。家のミルクはどんな味がするのかしら? 羊毛に顔をうずめてもふもふしたっていいじゃない? 玉子も全部、百目焼きにしてお皿に盛りつけたいわ。はあぁあ、人のために尽くすってすばらしいことに違いはないけど、そのぶん自分への見返りはちょっぴりなんて、世の中ホント上手に出来ておりますこと!
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カーター、舞台袖に姿を見せる。
カーター:
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(独白)不気味で不敵なクレアさんは闇夜を撹乱するフクロウと言ったところ、彼女を敵にまわしてはさすがの私と言えど分が悪い。彼女に手の内を読まれ作戦を台無しにされてはなりませんな。
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カーター:
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(入場)クレアさん、ごきげんよう、ちょいと用がありましてね。
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クレア:
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私は神父に用なんかないわ!
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カーター:
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お戯れはさておき、最近いやに隣のニワトリたちがうるさくはありませんか? …それにはこれこれこんなわけがありまして、私の貧しい知恵袋が必要とされているのです。それで、あなたの知恵をお借りできたらと思うのです。私の計画と、これからこの街に起こる珍事件を、どうか邪魔しないと約束していただけますか? そのかわり、これがうまくいけば、あなたにきっと神の祝福がございましょう。
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クレア:
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あら! そんなのお安い御用よ。
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カーター:
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あなたさえ味方につければ万事安泰、それならカイのところへ言付けをよろしくお願いします。それがすみましたら、私の遠い友達を紹介します。
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カーター、クレア退場。フェードアウト。
第3場
フェードイン。ミネラルビーチと海の家。舞台半分を砂浜、もう半分を海の家という風な区切り方をする。海の家には椅子が数脚。下手に台所。壁にリックが隠れている。カイが椅子に腰かけ、あれこれ考えている。クレア、パイナップルを抱え、絶頂のハイテンションで入場。
クレア:
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やっほーい、カーイ! ふたつ合わせてやっカーイ! 今日もパイナップルが採れたの! 受け取ってちょうだーい!
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カイ:
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(はっとして顔を上げ)…ああ、クレアか。ゴメン、ちょっと今、考え事してて。
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クレア:
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(パイナップルを台所に放り投げて)その顔、ポプリちゃんがみたら喜ぶわよ! だってあんたが考えていたのはポプリちゃんのことでしょ! ふふ、パイナップルより優先とは―上出来、上出来、すぐにでも彼女に教えてあげたいところなんだけど、実はねぇ〜。
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カイ:
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なにかあったのか? まさか、またあの兄貴が…。
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クレア:
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ううん、違うの違うの。あのね、今日、私の家のポストにお手紙が届いて。サマーヴァケーションの広告だったのよ、あの、憧れの喜びの島になんと一泊二日、半額チケット5名様! で、私は身内が死んでも両親が別れても牧場をそのままにはできないから、チケット、ほかの女の子たちにゆずってあげたの。そしたら、ポプリちゃんも、エリィもマリーもカレンもランも大喜びして、みんなで喜びの島に遊びに行っちゃったの!
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カイ:
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喜びの島かァ…って、ちょっと待てよ! 俺は一言も聞いてないぞ!
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クレア:
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しょうがないじゃない、船の時間が決まってたんだから。ここからずっと遠くの船乗り場からみんなもう出発しちゃったわ。でも、カイによろしくねって、島に着いたら手紙書くわ、絵ハガキも送るわ、だから明日また、ポプリを可愛がってねって、あの子は目に涙まで浮かべて訴えていたわ。
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カイ:
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(両手に顔をうずめて)まったくもう、女の子ってホント、行動だけは早いときてる! こっちは一日だって、手持無沙汰に苦しんだ挙句、地獄をみるのが関の山ってとこだ。
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クレア、こっそり近くの壁に隠れていたリックに肩をすくめて見せる。いやいや、まだわからんぞとリックは警戒のまなざし。グレイ入場。
グレイ:
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よぅ、カイ! ふたつ合わせてヨウカイ! …確かにあまりの暑さに溶けちまいそうだもんな。そして(時計をチラリと見て)妖怪話するにはまだちと早すぎるな、だがホラー話よりも身の毛のよだつ話だ。聞いてくれよ、マリーのヤツ、急に旅行に行くとか言い出して。
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カイ:
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(うんざりして首を振る)聞いたよ、実はポプリもだ。
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グレイ:
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(呆れた様子で椅子に腰かけ)いくら一泊二日で半額ったって、今日突然だぞ、それもオレとのデートまですっぽかして! 彼女たちの「決断の早さ」は男たちを驚かせるこった。
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カイ:
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まったく。それじゃいったいなんなんだ、通販のカタログ相手に首飾りひとつ決めるのには4時間29分ぐらい大騒ぎするあれは! どうしてその精神をもっと生かすべきところに生かしてくれないのか。まったく俺は理解に苦しむよ。けどポプリはそんなこと、とんじゃかないってワケだな…!
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クレア:
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まあ、大の男がたったそれだけでぐちぐち言って! 男なら気前よく待ってなさいよ。女の気まぐれひとつやふたつ赦してあげるだけの余裕がなくっちゃ、立派な旦那になんかなれなくってよ!
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カーター、ポプリ、マリー砂浜に入場。ポプリは桃色の髪を三つ編みに結いあげ額にひと巻きさせている。小麦色のセーターに袖と裾の長い薄桃のワンピース、ベルベットの丈に合わないマントを羽織っている。マリーは三つ編みの髪をほどき、朱色の花柄の帯を額に巻いている。同じく花柄の淡い赤のカットソーに、前に赤の帯を垂らした山岳民族風の巻きスカートといういでたち。ギリシア風の編みサンダルを履いている。眼鏡は外している。カーター、2人を砂浜に寝かせ、海の家に入る。
カーター:
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(すっかり取り乱した風を装って)おーい、おおい! 誰か、誰かいますか? おや、カイにグレイにクレアさん! 神よ、よかった、ちょっと砂浜に…船が難破したみたいで。
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カーター、カイ、グレイ、クレア砂浜に出る。波打ち際に扮装したポプリとマリーが倒れている。
カーター:
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(2人をかわるがわる覗き込み)いやはや、これは! なんと! 一体! 何故! どうして! 私の遠い国の友だちの…賢者さまにナナさんではありませんか!
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カーター:
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(2人をたたき起し、小声で)ホラ、話を合わせなさい!
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マリー:
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(男たちに気づかれないよう声色を変えて)これは、これは、カーターさん。
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ポプリ:
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(同じく声色を変えて)ここで会えるとは奇遇じゃった。
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カイ:
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奇遇はいいけど…お嬢さんたち、遠くから来たんだろ、なんでまたよりによってそこにねっ転がってんだ? 背中でもこんがりこーんと焼くつもりかい? それとも美の化身のストーカーでもする気かい?(独白)いまごろポプリという名の美の化身は喜びの島で無邪気に戯れているところだろうな。
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マリー:
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あら違うの…、昨日、家に旅行会社からお手紙が届いて…カーターさんの住むミネラルタウンに遊びに行けると知って…だけど途中で船が難破して私たち、ここに流れ着いたみたいなの。
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ポプリ:
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じゃが…どうやら無事、みねらるたうんにこれたようじゃの、よかったよかった! ほれ、若いの、そんなとこにボケーっと突っ立ってないで、わしを案内するのじゃ。
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グレイ:
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(いやいやながら)やれやれ、またよりによって、ずいぶんと大それたものが流れ着いたな。
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カイ:
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(独白)(憤る感情を抑えようと)ただでさえポプリがいなくなって悶々としているのに! なんにまして見ず知らずの女の子たちがこの町にやって来なくちゃいけないんだ。サマーヴァケーションの広告会社が歴史的財政難か何かに陥って、破れかぶれのキャンペーンでもおっ始めたのか? それともこれもあの意地悪な兄貴が仕掛けたワナかも知らん、だとしたらいっそう、ポプリがいないうちはどんな誘惑があろうとも、俺はそれに屈するものか。そうでなければ、あのリックの野郎は、物陰でほくそ笑むに決まってらぁ。
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カイ:
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おい、グレイ、宿屋に連れてってやれよ、ダッドの定食そこでうんと、思う存分食わせてやりゃあ、彼女たちも疲れがとれて、観光、赤蝦夷風説考、なんでもかんでもできるようになるだろう。
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グレイ:
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ほほぉ、今日はいやに頑なだな、カイ。
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ポプリ:
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(独白)でもその頑なはポプリを勇気づけるわ。
お主、そこに店があるじゃないかの、そこで休ませてくれたまえ。
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マリー:
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(独白)グレイが本気になると大変だわ。
そうね…ここは海風が心地よいし。
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カイ:
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お嬢さん方、あそこじゃ軽食しか…!
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クレア:
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さあさあさあ、何を憤っているのか知らないけど、お客さまよ! 海の家の特別メニューを食べさせてあげなくっちゃ!
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一同、海の家に入る。
第4場
海の家。カイ、気もそぞろにスパゲッティを炒めている。クレア、料理を作るのを手伝ってパイナップルをゆでている。グレイはつまらなそうに海を見ている。カーターはカーターで椅子に腰かけふにふにと不気味に微笑んでおり、壁の裏には虎視眈眈のリック。
ポプリ:
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(グレイに歩み寄って腰を振る)いじわるじゃのぉ、わしとて人と話をするのは得意でないが、もう少しこの町のこと教えてくれてもよかろうに。
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グレイ:
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お前さんも朴念仁ならほっといてくれよ。オレだって考え事で頭がいっぱいなんだ。
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マリー:
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(カイの手元を覗き込み)まあ、面白い料理ね。私も…料理好きなの、よかったらお手伝いしますわ。
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カイ:
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(フライパンでフライ返しをたたいて)さあ、さあ、君はお客さん。厨房に入ってくるんじゃないよ!
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ポプリ:
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(独白)さてもなかなかうまく言うわ、カイ。
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マリー:
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(独白)グレイも、いつもとまるで態度が違う。
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リック:
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(独白)まだまだやつの本心はわからないぞ。美は人をはにかみ屋にするっていうからな。突っぱねているうちは気がある証拠だ。
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カーター:
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(独白)こいつはさすがの私でも、ちょっくら苦労を強いられそう…。しかし、だがし、ひがし村山市、砂上の楼閣を沈下させるのに大した骨折り必要なし。
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クレア:
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(独白)カーターさんの考えることなんて私にはお見通しなんだから。これでも神に仕える男を愛する女よ。普通のなんでもない男の子に、女の愛し方を仕込むのなんか一切れのケーキだわ。
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カイ:
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(わけのわからぬ料理を振舞い)さあ、さあ、食べた、食べた!
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ポプリ:
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(独白)このぐちゃぐちゃはポプリを勇気づける。
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マリー:
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(独白)すっかり動揺しているよう。ポプリちゃんには絶対こんなことしないわ。
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カイ:
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(独白)自分が何をしたいのかよくわからない。
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グレイ:
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(独白)カイも頑固になるとああも気が狂うものかな。
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リック:
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(独白)すっかり理性を失っている、これはどうやら気がある証拠。
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クレア:
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それにしても、今日はカイもグレイも虫の居所が悪いって感じね。
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カーター:
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そうですね、もう少し、彼女たちに優しくしてもよいでしょうに。
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カイ:
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余計なお世話ですよ、カーター神父。俺たちにはもう、羽根を渡す寸前の娘っ子がいるんです。
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グレイ:
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ま、カイの場合、超えなくちゃならん障害はでっかいけど。
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カイ:
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(テーブルを殴りつける)言うな、グレイ!
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カーター:
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(独白)彼のその大胆な行為は、かえってナナさんの好奇心を誘ってしまう。ごらん、あんなにもしとやかなナデシコが、まあ、素敵な殿方! などと言って、ぱっと頬を赤らめている。
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マリー:
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親切なだけでなく、態度もうんと毅然としてらっしゃるのね、なんて頼もしいお方でしょう!
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カーター:
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(独白)かたやあの口数の少ない賢者さまと来ましたら、同じく無愛想なグレイに好意を抱いているよう。類は友を呼ぶのでしょうな、似た者同士、惹かれあうのも当然と言ったところ!
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ポプリ:
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お主も強情じゃのう! たんと気に入ったわい。お主、特別にわしの趣味につきあわせてやってよいぞ。
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カーター:
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(最高の頬笑みを浮かべて)賢者さまは錬金術をたしなんでおいでで、グレイさんともきっと気が合うでしょう。
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グレイ:
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よよよ、余計なお世話だ!
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ポプリ:
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ほほぉ、お主もその道に興味がおありで?
(独白)グレイが錬金術に反応したわ!
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クレア:
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グレイはね、鍛冶屋の徒弟さんなのよ!
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ポプリ:
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なんじゃ、それを早く言ってくれたらよかろうに! それじゃあ、お主も賢者の石を…。
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グレイ:
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ほっておいてくれ!
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グレイ、いきり立って海の家を出て行く。退場。カイ、顔をひきつらせ、なるたけ優しい声でナナを振り払おうとする。
カイ:
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悪いな、だけど俺もちょっと、これから食材を集めに行くんだ。これでお別れにしよう、ミネラルタウンはほかにも見て回るところがたくさんあるから。ゆっくり楽しんでくれたまえ。
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マリー:
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あら…。
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カイ退場。物陰からリックが出てくる。
ポプリ:
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ほーらごらん、お兄ちゃん。あのカイが、他の女の子になびくと思う?
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リック:
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まてよ、早急だな。ヤツは表面だけポプリへの愛を貫こうと必死なだけだ! 僕が最も心配した通りじゃないか。
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マリー: |
まったく、グレイったら。あとで張り倒してやんなくちゃ!
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カーター: |
しかしまあ、なかなかと優秀な殿方ですなぁ、あなたがたのボーイフレンドは!
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クレア: |
でも私の彼氏ほどでなくってよ。神さま相手に苦心しているクレアちゃんの指南が、人間相手に失敗するなんてことまずないんだから。だけどなによりまず役者がしっかりしてないといけないわね。
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リックを残して一同退場。フェードアウト。
第5場
フェードイン。海の家にカイとグレイがいる。リック、壁に隠れて様子をうかがっている。
カイ: |
(うんざりして)それにしてもよくもこのタイミングで大胆な女性が迷い込んできたもんだな。
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グレイ: |
上手くやってやれよ、カイ。この機会を逆に利用するのさ、リックに、俺はホントにポプリだけを愛してるって伝え
るためにな。
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カイ: |
(ぽんと両手で両膝を打って)うん、それはいい言葉だ。おかげで勇気がわいてきた、リックに俺の本心を伝えるためにはこうするほかないのだろう。それならばもっと、気丈であるべきだ。
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突然ドタバタとマリー、ポプリ入場。キノコを持っている。カーター、クレアが2人を追いかけて走ってくる。
カーター: |
およしなさい、およしなさいって、そんな…!
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マリー: |
止めないで頂戴、私、どうやらあの方に惚れてしまったみたいなの! それなのにあの方が私に冷たくなさるというのであれば、私いっそ…。
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ポプリ: |
わしもせっかく同胞が見つかったというに、ああも冷たくされたんじゃ、やっておれんわい!
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カイ: |
どうした!
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グレイ: |
今度は何事だ!
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クレア: |
カーター神父、この子たちを止めて!
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カーター: |
ドクタダケです! 山でドクタダケを見つけて、食べようって言うんです…!
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カイ: |
ドクタダケって…!
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クレア: |
ドクターだけは食べても平気だけど、普通の人が食べたら…。
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カーター: |
ものの数分で死んでしまう!
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マリー: |
あなたが振り向いてくれないというなら!
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ポプリ: |
死んだほうがましじゃ!
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あたふたする男たちを前に、2人の少女はキノコ(実はなんでもないマツタケ)を食べ、その場に倒れこむ。
グレイ: |
それ、相当ヤバいんじゃ…。
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カーター: |
猛毒です。ほらもう、舌も痺れて話せなくなってきた。
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カイ: |
俺たちはどうすれば…。
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カーター: |
(奮然と仁王立ちする)死を償うには愛しかありません。彼女たちを優しく抱いてあげなさい。そうしてベッドに寝かせるのです。その間に私たちは、ドクターさんのところにいって解毒剤をもらってきますから。
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グレイ: |
って、おい!
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カイ: |
ちょ、ちょっと待てよ!
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クレア: |
お願い! 抱いてあげてちょうだい、大事に至ったらあんたたちのせいになるわ。
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クレア、カーター退場。
カイ: |
…グレイ、どうする?
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グレイ: |
どうするもこうするも万事休するも…いくらなんでも死にかけた女の子たちを放っておくわけにゃあいかん…。
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カイはマリーを、グレイはポプリをそっと抱き起す。
カイ: |
ほらしっかりしろ。
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グレイ: |
バカな真似するんじゃないぞ。
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カイ: |
ダメだ、気持ちがくじけそうだ。
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グレイ: |
まるで絵の中の少女のようだ、この顔立ちはオレを無力にする。
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カイ: |
こちらの美人はまるで良妻賢母顔負けだ、理性的な顔立ちが俺をダメにする。
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ポプリ: |
(薄眼を開けて)だんだんその気になってきた。
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マリー: |
(勢いづいて)ここでもうひと押ししてやりましょう。
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カーター、クレア入場。解毒剤のビンを持っている。
カーター: |
(ビンに貼ってあるラベルを読み上げる)さてもこいつが―ゲルマン生まれのナポリでハマった鎮静剤。ハンガリーの驚くべき器用さとオランダの風車がかわいい湿り気を3対7の比率でパッキンしてイングランドの伝統的霧を噴入した世界でもまれな固形の水薬。火器取扱注意。服用の際にはそっとふたを開けロウソクの火を…。
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カイ: |
もう分かったから早くそれをよこしてくれ!
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カイ、グレイ、ビンをひったくりふたをあける。独特の薫をまきちらしながら水煙か噴煙のようなものが噴出される。少女たち、びっくりして飛び起きる。
マリー: |
今のは神か幻か。
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ポプリ: |
アテナかそれともミューズの愛か。
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マリー: |
はしごの上には少女が2人。
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ポプリ: |
枝の向こうの2つの星が、我を楽園へといざなう。
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マリー: |
(カイと目をあわし)あなたのこの上ない愛によって私たちは助かりました。
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ポプリ: |
(グレイと目をあわし)どう感謝してよいものか。
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マリー: |
私の可愛い子馬ちゃん…。
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ポプリ: |
神さま、天使さま!
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マリー: |
どうか、喜びの気持ちに2万4千回のキッスを!
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グレイ: |
どこからそんな発想がわくんだ!
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カイ: |
羽根を用意している男に求めすぎだぞ!
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カーター: |
2人とも落ち着いて、キノコの毒がまだ残っているのです!
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マリー: |
子馬ちゃん!
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ポプリ:
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神さま!
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マリー: |
子馬!
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ポプリ: |
大天使ミカエル殿!
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カイ: |
ええーい! 俺を怒らすとだなーっ!
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グレイ: |
だんだん態度がリックに似てきたぞ。
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カイが椅子をつかんでふりまわし、海の家の中は大騒ぎになる。すっかり勢いづいたマリーとポプリを必死に防ごうとするカイにグレイ。壁の後ろでリックは歯を食いしばり、クレアはクレアで男たちに「ひどい!」と悪態。そんな様子をみながらカーターはそっと喧騒に背を向け、次なる作戦を考え始める。フェードアウト。幕。