工場と微笑

はしごをのぼり終え、ニンテンは目の前に見覚えのある風景が広がっているのを確認するや否やがっくり肩を落としました。
どうやら迷ってしまったらしい、そんな実感が彼の胸のうちに沸き起こってきます。ハイテク化されたダンカン工場の内部は、まるで迷宮のように入り組み、小学生のニンテンが自分の歩いてきた道順を覚えるにはあまりに複雑すぎました。仕方がなく、ニンテンは振り返り、同じようにはしごをのぼり終え肩で息をしている大切な友達、ロイドを見ました。

「だめだ、迷ってしまったらしい」
そう彼が言うと、彼の予想に反し、彼の友達は嬉しそうに微笑んで目を輝かせました。

―なぜだ…―

こんな危険極まりない大工場の中で出口を見失い、ともすると一生外に出られないのかもしれないのに。呑気に笑っている場合じゃないのに。しかし、ニンテンはロイドを咎める気にはなれませんでした。というのも、ここに行こうと言い出したのはあくまで自分であったし、ロイドをここに連れ出したのも、線路をふさいでいる大岩を破壊すべくロケットを発射するためだったからです。つまり、ロイドにはこの迷路に迷い込んだことに対する罪はこれっぽっちもないのです。

―きっとぼくを励ますつもりだったんだろう―
ニンテンはそう思い、そっとロイドに微笑みかえしました。

二人は、工場の最階上奥の部屋に置かれたロケットを発射させ、町に戻る途中でした。そして、ロケット発射室を出たとたん、魔の迷宮から抜け出せなくなっていることに気がついたということなのです。もうかれこれ一時間、いやもしかすると一時間半、出口を探して右往左往し続けているかもしれません。

体育が何よりの得意科目で、体も人一倍丈夫なニンテンにとってそれは精神的な面を除けばまったく苦にはなりませんでした。しかし、彼とは対照的に、体育を何より嫌い、体もそう丈夫でないロイドにとってそれは拷問に近いものです。ニンテンにとって、ここで迷ってしまったことよりも、この素直な友人がもう体力が限界に達しているにも関わらず泣き言ひとつ言わないで、自分に遅れずについてきてくれることのほうが辛く、切なく感じられるのでした。
「休もうか。休んで、冷静になればもしかすると」
そう言って彼は腰を下ろしました。ロイドも彼に続きます。
「ずいぶん疲れたんじゃない? 慣れないはしごのぼりで。こんなバカにつきあわせちゃって本当にゴメンね」
ロイドは首を振りました。
「大丈夫、ぼくは平気だよ…」
そう言って、また彼は微笑みました。でも彼の言ったことは決して本当ではありません。それはニンテンを安心させるために、精一杯つくことのできた嘘でしかなかったのです。しかし今のニンテンはロイドのそんな些細な心づかいがうれしくてたまりませんでした。

「ああ…、だけどこんな目に会うんならパンくずを持ってくればよかった! そうすれば今頃はとっくにサンクスギビングの町にいるだろうに!」
大きな溜息とともにニンテンがそう漏らしたとたん、ロイドの笑顔は消えてなくなり、辛そうな、さびしそうな表情に変わりました。
「ゴメン、君もぼく達が迷ったこと、思い出したくはないんだよね」
「…うん」
口数の少ないロイドはただそううなずいて下を向きました。ニンテンはあわてて彼を元気づけようとし、そっと彼の肩に手を置きました。 「今度は君が先頭に立ってよ、記憶力のいい君のことだもの、きっと出口に通じる道を思い出せるんじゃないかな」
ロイドは思わず顔を上げ、目を見開きます。
「そんなのできっこないよ、ぼくが君の前を歩くだなんて、ましてや出口を見つけるだなんて」
珍しく上ずった声でそう言って、また彼はうなだれてしまいました。
―う〜ん、失敗…―

ニンテンはどうしたらロイドが元気を出してくれるのか、それが仮に空元気であろうとかまわないのですが、必死で探ろうとしました。
「それじゃあ仕方がない、そこらの気が狂ったロボットにでもやられて病院に搬送されようか、二人で」
「ニンテン!」
「冗談だよ、でも君が前を歩くか、二人で病院強制送還か、もうそれ以外方法が思いつかないんだもの」

渋々、ロイドは先頭を歩くことを承諾しました。しかし、どうも様子がおかしいのです。 突然襲い掛かっているロボット―つまりモンスター―にたいする恐怖心から先頭を歩くことを拒んでいるわけでも、はたまたニンテンの期待に応えられず結局出口が見つからないことを恐れてニンテンの前に立つことを嫌がっているわけでもないようなのです。ニンテンには、ロイドがむしろ工場をあとにするのを嫌がっているように感じられました。でももしそうだとしたら…。まだこの工場に未練があるとでもいうのだろうか? こんな、楽しいこともなにもない魔の迷宮に。

実のところ、ロイドはニンテンには内緒で、ちゃんと工場の出口までの道順を覚えていたのです。一度ロケット発射室まで戻ると、彼は自分の記憶を頼りに精一杯歩き続けました。彼なりに懸命に、ニンテンの案内を努めました。

ところが、しばらく行くうち―つまり出口が近づくにつれ―ロイドの足取りはどんどん重くなっていき、ついに彼はぴたりと立ち止まってしまいました。
「どうしたんだい?」ニンテンが不安そうに尋ねます。「やっぱり君でも無理だったのかい?」
ロイドはくるりと向き直り、首を静かに横に振って、涙声で言いました。
「もう…出口は近くだよ…。でも、ここから外に出たら、ぼくは君にとってもう赤の他人に…用なしの役立たずになってしまうだろう? ロケットも発射してしまったし。…ぼく、少しでも長く君と一緒にいたかった、だから本当は出口までの道順はちゃんとわかっていたのに、ずっと黙っていたんだ…。本当に、本当にゴメン、ニンテン…。そしてありがとう、ぼくをここに連れてきてくれて」

そして彼はニンテンから目をそらせ、走り出そうとしました。

「待って」ニンテンはすばやく彼の襟元をぐいっとつかみます。「…そういうことだったんだね」
ニンテンはやっとわかりました、あの場違いな笑顔も、ニンテンの先頭に立って歩くことをかたくなに拒んだのも、すべてがそのつまらない勘違いによるものだったということが。
「バカなこと言わないでくれよ! 誰が君をここから出た瞬間に用なしにするもんか」
「でも…」
「確かに、ぼくにはあのロケットを発射させることなんかできやしない。確かに、君をここに連れてきたのは君がロケットを発射できるって言ったからだよ。でも、でも…仮に君がロケットを発射できなくたって、ぼくはここに君を連れてきたさ。そしてこれから先も、ぼくと君は一緒だよ。だって…君はぼくの大切な友達だもの!」
「ニンテン…」
ロイドはうつむきはらはらと涙を流しました。疲れきった小さな体が小刻みに震えています。
「ありがとう…ニンテン…」
今度はニンテンが微笑む番でした。彼はそっとロイドを抱きよせ、優しく微笑みかけると、
「こっちこそ、ありがとう、ロイド。それに…ゴメンね。君がまさかそんなことを心配しているなんて想像できなくて、君にずいぶん辛い思いをさせてしまったんだね」
ロイドは顔を上げ、メガネをはずして涙をぬぐうと、うなずきました。

「やっぱり疲れているんだね、顔が真っ青だよ」
ニンテンはそう言って、ロイドの腕をとり、もう一度笑みを浮かべました。
「早くホテルに戻って休もうよ、ぼくだってもうへとへとなんだ」
メガネをかけなおすと、ロイドは「うん」と小さく言いました。出口はもうすぐ、彼はニンテンの手を握り締め、再び歩き出しました。

MOTHER処女作です。ロイド大好きなワタクシ…初めてのロイドくんはこんな弱気な、いじめられっこの面影を残したコでありました。これはちなみに、実際にゲームをやっているときにダンカン工場で迷ってしまったときに思いついた話です。記憶力抜群の賢いロイドくんが誘導してくれたらいいのに〜!!


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