サムシング・フォー・あ・ガール

最高気温7℃の最低気温マイナス1℃を体感させる極寒の北風小僧たちがびゅうびゅう楽しそうに唸りながら土臭い町の通りを駆け抜けていきます。この冷たい風のシンフォニーは誰にとっても感嘆に価するワースト聴きたくないものワン!
「なんでまたっ」ロイドが耳あてを強く耳に押し当てながら叫びます。「こんな殺人的な寒さのなかバレンタインに来ようってんだい?」
「夢のお告げさっ」ニンテンもニットキャップをすっぽり耳までかぶって叫び返します。「テディが夢に出てきて、来やがれって叫ぶもんだから」
「それ、絶対嫌な予感しかしないんだけど…」

2人はぶるぶる震えながらバレンタインの町の寂れたバーに転がり込みました。店内を流れる古びたフィフティーン・ロック。LPもそろそろガタがきているのか、頻繁にプツプツと音が飛びます。
「おや、可愛いお客さんがおいでなすった!」
バーのカウンターに1人腰かけ、淋しそうに愛用のアコースティックギターを爪弾いていた優しい不良番長は、にっと笑ってニンテンたちに大きく手を振りました。ニンテンとロイドの登場にすっかり気を良くしたテディは昼間だというのにアクアビットを注文し、そして2人には特別に温かいホットチョコを頼んでくれました。無表情なバーテンダーは眉一つ動かさず、クソまじめにココアをシェイクしています。

「夕べ僕らのこと、呼んだろ、一体どうしたって言うのさ」
バーの高い椅子によじ登り、ニンテンはため息を吐きます。ロイドはやっかいなことに巻き込まれてはたまったもんじゃない、とばかりに部外者を決め込んで、ジュークボックスの周りをいじくりそこにプレスリー以外の、もう少し彼の脳みそにとって聴くに堪えるようなLPが隠されていないか探し始めました。ロイドはクラシックか、そうでなければテクノ音楽しか聴く耳を持たなかったのです。

「おいおい、どうしたってんだ、坊や。おらぁ、おめぇたちのこと呼んだ覚えなんかねェぜ、…ああ、わかった! またおめぇさんの大好きなテレパシーってやつの仕業だな! じゃあ、ちょうどよかった。ちょっくら悩みがあるんでェ。男の悩みだ、男同士、腹を割って聞いてくれろ」
お酒も入って陽気になったテディ兄貴はロイドの様子をちらちらと片目で追いながらニンテンに迫ります。君のカタナで僕らの腹を割るのはたやすいことだろうね、臆せずにニンテンがブラックジョークをかますと、さらにテディの機嫌は最高潮まで高まったように思われました。

じゃあまずお礼からだ、そこの坊っちゃんがいくぶん落ち着けるような音楽を聴かしてやるよ。そう言ってテディはすたすたとジュークボックスのわきまで歩いていってそれを蹴り飛ばし黙らせると、ギターを構えなおしました。現代風というにはどことなく古めかしく、かつフィフティーンズの古臭さをぬぐいさったメロディは、なんともコミカルなロカビリー風の音楽。弾きながらテディが足で拍をとれば、乗りやすいニンテンはもう指パッチンで応じています。

結局のところロイドも、このテディの生演奏にすっかり安心してしまい、部外者を決め込んだはずのあの硬い決心も、ジュークボックスもろとも優しい番長に蹴り飛ばされこなごなになってしまっていました。

「≪Something for A Girl≫」
かわいい曲だろ? テディがにんまり笑います。とがった彼の唇に挟まれた巻煙草がつんと天井を向きます。
「うん、で君の要件は?」
「分かんねぇかなぁー、ほらっ! 今日は女の子にとって大切なナントカだろ!」
「ああっ、バレンタイン!」
「そっかっ!」

ニンテンもロイドもハハっと笑ってから顔を見合わせます。

「くー、お前らはいいよなー、きっと。バレンタインには学校中の女の子から甘くておいしいチョコ、たっぷりもらうんだろう、えっ、えっ?」
憎いぜ、あんちゃんッ! テディは大きな肘でニンテンのほっぺたを突っつきます。そ、そんなことないよ、顔を真っ赤にしながらニンテンはどぎまぎ。それを見ているロイドはうらやましそうにふくれっ面。
「体中の毛を毟りてぇぐれぇだ、俺なんか、おめぇらと不良仲間以外友だちはいねぇし。もうちとまともに学校行ってりゃめんこいガールフレンド、2、3人連れて歩けたかも知れんけど…」
突然テディはがっくり肩を落としてうなだれます。
「あー、だけどダメだ! 一体どこのどんな奇特な乙女がこんな筋肉ムキムキの不良少年にチョコレート持ってくるかねェ、ちぇっ、不良に生まれついちまった俺の不運よ、呪うべき運命よッ」
「そ、そんなことないよ、テディ! マザーズディじゃいま、マッチョマンな不良が流行ってるんだよ!」
「そうだよ、それにいまの魔法のギターの音色がきみに素敵な女の子を連れてきてくれるよ」
「ンなことあるかッ!」
テディが怒り心頭のあまりすんでのところでギターのネックをへし折ろうとしたとき!


「はあーい! やって来たわよ、私のエンジェル」
うわぁっとニンテン、ロイドが振り返った先、大きく開かれたバーの戸口に立っていた金髪少女はまぎれもなくスノーマンの教会娘アナ! ニンテンの顔ほどもある大きな桃色のプレゼントボックスを大切そうに抱え、彼女はわき目もふらずにテディに突進します。
「って…って…いってぇ…なんだい?!」
「あら、失礼ね! 今日はバレンタインデーじゃない! あたしの本命ほどこんな素敵なチョコレート、受け取ったエンジェルはいなくってよ!」


アナとテディを2人にして、ニンテンとロイドはバーを後にします。
「ニンテン…」ロイドがいぶかしげに頭を振ります。「アナもテディの胸の内をテレパシーで察して、あんな大げさな激励を思いついたんでしょうか?」
「いんにゃ」ニンテンは冷たい風の中でまぶしく笑って見せます。「Something for "A" Girlって言ったろ。Aって大文字のA、アナのことなんじゃないの? あいつらたぶん、出来ちゃってるんだよ」
「そっか、そんならよかった!」

はてさて一体全体なにが“よかった”やら…。ニンテンとロイドは顔を見合わせほっとすると、ニットキャップと耳あてですっぽり耳を覆って、フィフティーン・ロック同様にいやらしい北風協奏曲をシャットアウトし、実に気持ちのいい足取りでバレンタインの町をあとにするのでした。

確実に変化球(変化球というよりもはやデッドボール)バレンタイン創作!…というよりは単にテディを浮かばしてあげたいという一心で書きましたです。アニキにはどことなくビートルズのような音楽も似合うかな?と思いますです。


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