小さな舞踏会

しんと静まり返った山小屋の一室。板張りの簡素な部屋には小さなベッドがふたつに年季の入った机がひとつ、ちょこんともうしわけ程度に置かれているのみ。ほこりのかぶった机の上ではランプの火がチカチカと心もとない明かりを放ちながら踊っています。これまで自分たちが追いかけてきた見えない敵。それがこのホーリーローリーマウンテンの山頂にきっといる。パーティ全員の直感を信じてニンテン、アナ、そしてバレンタインの町で出会ったテディは山を登り始めました。遠くからは穏やかに見えたその山も、一歩足を踏み入れれば得体の知れない宇宙人とロボットの巣窟。気味の悪いモンスターたちを沈めながらゆっくりゆっくり歩を進めるうち、山の中腹にひっそりとたたずむ山小屋を見つけ、3人の少年少女は疲れた体を休めようと山小屋の戸を叩いたのです。

きっとこの山小屋が出来た頃からここでオーナーをしている中年の男性が、落ち着いた、すべてを悟りきっているかのような眼差しで勇気ある訪問者を受け入れ、一夜の宿を貸してくれました。
「山頂に黒い雲がかかってからというもの…あんたがたのようなたくさんの英雄がこの山小屋を訪れましたよ。…だが登頂して戻ってきた者は誰もいないね、恐らくはどこかで悪魔に取り憑かれ宇宙の果てまで連れて行かれたんでさぁ」
熟年のオーナーは重く長いため息を吐きます。
「…先へ進むか、ここで引き返すかはお客さんの勝手、私はあんたがたを止めやしませんよ、とりあえず今日はゆっくりお休み。最近は毎晩のようにポルターガイストに見舞われますからね、せいぜいご用心なさい」

テディの粋な計らいで小部屋に2人きりになると、ニンテンとアナは薄明かりの中でれぞれベッドに腰をかけ長いことじっと黙り込んでいました。酸いも甘いもかみ分けたオーナーの言葉、それをじっくりと反芻しながらニンテンは額に手をやります。先へ進んだらもう二度と帰ってこられないかもしれない…いやでも。これまで足を踏み入れたすべての場所が「二度と帰ってこられない」場所であったはず。異国のマジカントに、迷宮のダンカン工場。悪霊の漂うハローウィンの幽霊屋敷、灼熱のアドベント砂漠、野生のワニとバッファローが遊ぶ湿地帯…。

とてもとても少年少女が無傷で切り抜けられるとは到底思われないところばかりです。そのすべてで僕らは奇跡を起こして危険を幸運にかえた。時にはパンくずを使って、時には戦車を使って。そして時にはPSIの力を借りて。…牧師であるアナのパパが「君たちには神さまがついている」そう告げてくれたように、僕らにはきっと戦いの女神アテネが宿っているんだ。アテネの後ろ盾を得たからにはここで負けるわけには行かない、ホーリーローリーマウンテン山頂に垂れ込める黒い雲の呪いを払って、立派に帰還してみせよう。この山小屋に…、バレンタインの町に、そしてみんなの生まれ故郷に!

「アナ、難しい顔してどうしたんだい?」
さっきからずっと下を向いて思い悩んでいる風のアナに気がつき、ニンテンはなるたけ陽気に話しかけます。いつもは強気で笑顔を絶やさないアナですが、ここにきて突然、不安と恐怖に駆られたのかしら。それとも、悪魔の気配を感じて息を殺しているのかも。どちらにせよ、こんなときこそ湿っぽくならないで、気持ちを楽に、快活に振舞うほうが得策というもの。悲しい報せがあったわけでも、自分たちがなにか重大な罪を犯してしまったわけでもないのだから、あっけらかんとしたって罰なんかあたりっこありません。

「急に怖くなったのかい?」
「ううん、違うのニンテン、私、さっきからずっとずっと悩んでいるの」
「何を?」
ニンテンは体をこわばらせます。彼女は山を登るか否かで悩んでいるのだろうか、そしていまさら引き返すことを望むのだろうか、ニンテンはアナの言葉を待ちます。
「分からないのよ、どうしても見つからないの。ロイドを…バレンタインの町に残してきたことに対する『よかった』が! これまでずっと一緒に戦って支えあってきた友だちを見知らぬ町に置き去りにして、よかった、なんて言えるかしら? それなのに私たち、何の疑いもなく、むしろ安易な気持ちで彼を町に残してきちゃった。それもよりによってバレンタインの町…友だち同士が日ごろの感謝の気持ちを込めてカードや花束を交換する記念日の名前を持つ、バレンタインの町に! 私たち、ロイドを裏切っちゃったんじゃないんかって…」

「アナ」ニンテンはほっと安心して首を振りました。「その『よかった』は僕がさっき見つけた。さっきまで僕もずっとそれで悩んでたんだ」
「あら、あんたが? まあよかったわ! ぜひ聞かせてちょうだいな」
「あのね、僕は君みたいに上手くは言えないけど、バレンタインの町にロイドを残してきたことがきっかけになって僕らの絆はぐっと深まるんだよ。もっとも、二手に分かれたほうがコトが有利に運ぶなんてことも多々あるけどね。…でもそれだけじゃない。もしロイドに、あの気弱で内気だけど頭の切れる立派な友だちに、確かに僕らを思う気持ちがあったら、くじけずに僕らを追ってきてくれる気がする。それも僕らが窮地に立たされたときに間一髪、英雄よろしく僕らを助けに来てくれるような気がね。で、テディも、彼だって不良とはいえ一つのグループのリーダーだ、人を見る目は鋭いはず、きっとロイドのよさにも気がついてるに違いない。それでロイドが自分の期待に応えてくれる芯のある男かどうか、試してるんだよ。その試練がぶきっちょなテディからロイドへのバレンタインの贈り物なんだって思う」

ニンテンの話を聞くうち、暗かったアナの顔が見る見るうちに明るくなっていきました。答えはこんなに簡単だった、それなのにどうしてそのことに気がつかなかったのでしょう、この大切なときに私は、物事を悲観的に考えすぎていたわ! 彼女は大きく笑ってベッドから飛び降りるとニンテンの手を握りました。

「もうロイドを裏切ったなんてバカなことを言うのはやめるわ。言葉は交わさなくても私たち、なにか作戦じみたものを取り交わしていたのね、だからロイドも口答えしないでバレンタインにとどまることを快諾した、うん、すんなりと筋が通ったわ、よかった! 時計の針が一分進むごとに彼に会える時が近づいてくるのね!」

うん、と大きくうなずきニンテンもベッドから降ります。

「さっき、ポルターガイストとか言ってたわね、そのわりにはなんて静かなんでしょう。ねえ、ニンテン! うじうじしててもつまんないし、ぱっと踊りましょうよ。もしかしてロイドはもうすぐそこまで来てるかもしれない。きのこみたいにじめじめしないで、カラっと明るい陽気で彼を迎えましょう、それでこそ私たちだわ!」
「よしきた、ロイドが来るまでここで小さな舞踏会だ!」

すっかり乗り気のニンテン、アナと向かい合って典雅なメヌエットを踊ります。古典舞踊も社交ダンスも習ったことなんてありません、それなのに不思議な力がニンテンの体を軽やかに動かします。メヌエットが終わったらアナの背中に腕を回し、雪のように白く小さい彼女の手をとってワルツを舞います。小さな部屋の中で、妖精のようにくるくる楽しく床を踏むニンテンとアナ。チョコレートより甘く、花束より華やかで、メッセージカードより想いのあふれた、無邪気な無邪気なダンス!


ほの暗い山小屋の一室が明るい光に照らされ煌々と輝くのを、はるか彼方の麓から戦車越しに見上げ、銀髪の弱気なロイドメガネの青年はそっとふくよかな口元に笑みを浮かべました。自分には特別な力はない、超能力もテレパシーもない。…でも。山小屋のなかでニンテンとアナが楽しく踊って自分の到着を待ちわびていることはよくわかります。抜け駆けしてずるいぞ、さあ僕も急いでみんなの待つ楽しい山小屋に飛び込もう、焦燥感にいわれのない嫉妬感も手伝って、彼は戦車を急がせます。

…彼の目指す山小屋のすぐ後ろに巨大なロボットが迫っていることに、そのときはまだロイドも、そして山小屋にいるニンテン、アナ、テディも、気がついてはいませんでした。

デッドボール・バレンタイン創作!チョコレートなんてまず出てきません…。バレンタインの街にロイドを置いてきたことへの「よかった」を考えていた時にふとこのお話が思いつきました。でもでもきっと、ほかにも「よかった」はたくさんあるように思います♪答えがたくさんある「よかった」さがしは楽しいですね!


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