徹夜の理由

―ジェフったら今日も徹夜のお仕事ね―
夜中にふっと目がさめたポーラは、机にへばりついて必死になっている仲間の姿をみて微笑みました。会ったばかりのころは、一睡もしないで道具の修理をしている彼がとても哀れに見えて、何度も無理しないでと声をかけたのですが、どうやら夜更かしが彼にとってまったく毒にならないことを知ってからというもの、もうその光景を不思議にも思わなくなりました。唯一、彼女が考え直す必要がなかったことというと、お疲れの彼に濃いブラックコーヒーを入れてあげることぐらいでした。

そろそろとベッドからおりて冷蔵庫からミネラルウォーターをだしてポットに注ぎ入れます。ジェフもポーラがブラックコーヒーを入れてくれるのを楽しみにしているらしく、いつも優しい笑みを浮かべてありがとう、と言ってくれます。それを思うといつの間にか眠たいのも忘れ、早くお湯がわかないかとじりじりしてしまうのです。一分が一世紀のように感じられてしまうのもきっと…自分は彼のことが好きなんだろうな、と淡い気持ちに心臓が高鳴ります。

「あん、もう早くしてよ! このポットは私の気持ちなんてこれっぽっちもわかっていないんだわ!」

ところが。ポーラがそう独りごちたのが聞こえたのか、ジェフはふっと椅子から腰を上げ、彼女に歩み寄ってきました。彼の姿が見えたとたん、ポーラはぱっと顔を明るくし、無邪気に微笑みました。
「ああ、ジェフ。もう少し待って頂戴! さっきお店で新しい豆を買ったの、きっとおいしいはずよ」
眠たそうに額に手をやっていやいやと首を振り、ジェフは声を落としました。
「ポーラ…、悪いんだけど、今晩はぼくをそっとしておいてくれないかな? コーヒーも…今日はいいよ。喉も渇いていないし」

えっ、と目を見開き、ポーラはジェフの顔を覗き込みます。熱でもあるのかと彼の額に手をやります。大のコーヒー党の彼がそれを拒むなんて、尋常じゃない!

「ジェフ、疲れているのね? そうでしょう? だって…ここんとこ、ずっと徹夜のしっぱなしじゃない」
私わかるのよ、コーヒー豆が倍速で減っていくんですもの! と言いかけてポーラは口をつぐみ下を向きました。

ポットの中でお湯が沸きます。はっと目を見開いて、ジェフが顔をあげます。それを見て、ポーラはにっこり笑います。
「ジェフったら本当に嘘をつくのがへたくそね。どうせならここで飲んで行きなさいよ。すぐ入るから」
ごくんと唾を飲み込み、ジェフは脱力して君にはかなわないよ、とつぶやきました。

コーヒーを飲みながら、ポーラはジェフに行き詰っているようならなにかお手伝いしましょうか、と水を向けてみます。一気にコーヒーを飲みほして、ジェフは苦笑しました。君はなかなか面白いことを言うね、そんな目で彼から見られ、ポーラは再度閉口します。

「うん…メカの修理は手伝えないわ、ごめんなさい」
「いいんだ、ぼくの心配は無用だから。こうやってコーヒーを入れてくれるだけで、ぼくは大満足だからね。ありがとう、ポーラ」
優しくポーラの金色の髪をなでつけ、ジェフは机に戻っていきました。

真っ赤に頬をほてらせながら、ポーラは幸せを独り占めした気分に陶酔します。大好きなジェフの口からありがとうの言葉を聞けるだけで天にも昇る心地なのに! 彼の手は温かくて、そしてとても優しいのです。超能力を使うポーラにさえ分からない、不思議な力。そっと身を寄せていたいようなぬくもり。その手の中で、その腕の中で、ずっと守っていてもらいたいような優しさと温かさ。そんなマジックハンドとも言うべき、素敵な掌で触れられたら、心臓が止まりそうなぐらいにときめいて、文字通り天にでもいるような気分になってしまうのです。

ベッドに戻って、ジェフの後ろ姿を見守ります。こうやって見ていてあげるだけでも彼は幸せかしら、そんなことを勝手に想像して彼女は微笑みました。そうして、コーヒーを飲んだにも関わらず、眠気が襲いかかってきて、そしていつの間にか朝になって、ネスやプーが起きてジェフとあいさつを交わす声が聞こえて慌てて飛び起きる…そうなるはずだったのに…。よっぽどコーヒーが濃かったのか、それともあの素敵な方のひとなでがそうとう自分の脳を覚醒させてしまったのか、いつまでたっても眠くなりません。頭はすっかりさえてしまって、さっきからずっと身じろぎ一つしないで、ジェフの背中ばかり見つめています。

―どうしちゃったのかしら、ちっとも眠くならないわ…―

無理やり目をつぶって羊の数を数えてみるのですが、一向に効き目なし。このさい何の数でもいいと、犬から猫、カラス、どせいさん、あるくきのこ、とうとう「あれ」の数まで数えるのですが余計に興奮は高まる一方です。そっと目をあけると、ジェフはさっきと同じ姿勢で硬直しています。その後ろ姿がすごくさびしそうに見えて、ポーラは再度ゆっくり体を起こしました。

―口ではあんなこと言って、本当は私の力を借りたいんじゃないかしら、彼―

そうかもしれない、そう思います。自分の中のテレパシーが無意識の内に言葉には出ない彼の心の中のエス・オー・エスを感じ取って自分に起きて彼を手伝えと言っているような気がして…そっとベッドから降ります。彼女が歩み寄ると、ジェフはびくっと肩をふるわせ、来ないでくれと口を開きました。でも知らんふりして、彼の肩に手を置きます。

「素直に白状しなさい、私はあなたの心の奥底まで読む力があるんですよ」

わざと無邪気に、そして厳しい調子で言ってポーラは笑いました。震えながらジェフは頭をふりふり肩をすくめ、降参の意を示しました。

「プレゼントなんだ…でも。この不器用な手じゃうまく包めなくて、それで悪戦苦闘していたんだ」
「徹夜してなにしてると思ったら、ジェフったらおかしい人」
かして、と彼女はプレゼントの箱を包み紙を手元に引き寄せます。
「包み紙が少し小さかったのね、それでうまくいかなったのよ。あなたの手が不器用だったら、私の手なんか蹄以下だわ」
ポーラが冗談を言うのも聞かず、ジェフは下を向いたまま黙り込んでいます。恥ずかしいのかしら、そう思いながらポーラはくすりと笑います。
「ここを折って、正方形にして。箱を中央に置くでしょう、そして四方から紙をたたんでいくの。…ほら、できたっと」
ポーラの手が魔法にかけられたように動いて、あっというまにプレゼントボックスが完成します。
「…ありがとう…ポーラ」

力なく頭をあげると、ジェフの目から涙が一粒転がり落ちました。でも慌ててそれを取り繕って微笑むと、もう一回ありがとうとつけくわえ、彼はカバンからリボンをとりだしました。ポーラがそれもやってあげるわよ、と手を伸ばしましたが、ジェフが精一杯、それではぼくが用意したプレゼントの意味がなくなってしまうよ、と答えたのにはっとして大きくうなずき一歩下がります。

「また困ったら声かけて、それなら、私でも喜んで手伝うから」
そう言うと、ポーラは満足したように大きく笑ってベッドに引き返しました。

それからどうなったのか、どうやら念願かなって知らず知らずのうちに眠ってしまった自分は、明け方不意に目を覚ましました。ジェフがいなくなっている、体を起こしますが、ベッドにもいないようなのでどうしたのかしらと首をかしげます。机の上に夕べ彼が必死で戦っていたプレゼントボックスが置いてあります。引き寄せられるように、それにむかって歩いていて、ポーラはあっと小さく声をたてました。不器用に結ばれた真紅のリボン。そこに金色の文字で刻まれた「Happy Birthday, Pola」の文字。

―それで彼は…。なんてひどいおせっかいをしてしまったのだろうかと自分を恥じながら、リボンにくくりつけられた小さなメッセージカードに目をやります。そこには小さく「Sorry」と書かれていて、ポーラはさらに気が重くなってしまいます。彼を探しに部屋を飛び出して、廊下の袋小路でうなだれている彼を見つけ、駆け寄りました。

「ジェフ…」
「ポーラ…」そっと顔を上げ、ジェフは驚いたようにポーラを凝視します。「起きていたんだね、それじゃあ…」
「ああ、ごめんなさい! 私…私」
いいんだ…と力なく言ってジェフは肩をすくめました。
「どうしたものかと思っていたんだ。君にあげようと思っていたプレゼントの包装を君に任せてしまって、なんだか自分がいたたまれなくなってね」
ポーラが口を開くのを制し、彼はぐっと伸びをし続けます。
「ぼくはトニーに会うまで、自分の誕生日を知らなかった。祝ってもらったこともなかった。でもトニーがそれを調べだして、他のみんなと一緒にぼくを祝ってくれた。ブランドもののボールペンをプレゼントしてくれた。あんなに嬉しかったことはないよ! それなのにぼくは不器用で卑怯な野郎で、トニーの誕生日を忘れていて、彼の誕生日プレゼントを横取りまでしてしまった。トニーはなんとも言わなかったけれど、そんなひどいことをした自分が赦せなくて、ネスから今日が君の誕生日だって聞いた時、今度こそ忘れないと心に誓ったのに。結局この様だから…」

平生を保っているように装いますが、ポーラにはどれほど彼が嫌な思いをこらえてその言葉を紡ぎだしているか手に取るようにわかります。でも、だからといってどう言葉をかけていいのかも見当がつかず、黙り込んだままです。
「ごめんね…ポーラ。こんなぼくからお祝いの言葉をもらってもきっと君は…」
「ううん! 拒絶すると思う? 私、嬉しくてたまらないわ!」

ジェフの手を引いて部屋に戻ります。まだネスもプーも寝ています。プレゼントボックスを持ち上げて、「あけていい?」と子供のように尋ねます。
「…うん」
目をそらしながらジェフはうなずき、頭を垂れました。リボンをほどいて、包装紙をあけて、箱のふたを開きます。
「! オルゴール! どこで仕入れてきたのよ?」
「作ったんだ…そのう」
言いにくそうに口を詰まらせ、ジェフは目をつぶります。
―機械の修理でいらなくなった破片がもったいなくて、それでなにかできないかと思って―
すっとテレパシーを彼の心に忍び込ませ、ポーラは無邪気に微笑みました。目をあけ、ポーラの不思議な力を思い出したジェフはさらに息を詰まらせ、小さく呻きます。廃材でプレゼントをつくったことがばれたらもう自分の命はない、そう思ったのか、震えながら恐る恐るポーラの顔色をうかがいます。

「ジェフって手先以外は本当に不器用なのね! でもいいの、私、そんなジェフのことが大好きなんだから」ポーラの無邪気な笑いが優しい笑みに変わります。「あのね、どうせネスもプーも今日が私の誕生日って知っていながらプレゼントなんか用意してないのよ。あなたと全然違うの、その、なんていうかな、心の持ちようが。私…ジェフのその気持ちだけでも十分嬉しいんだから!」

うん、と小さくうなずいてジェフは顔をあげ、ポーラの美しいブルーの瞳を覗き込みました。 「ぼくには…ぼくにはそれ以上のことができないんだ、本当に本当にごめん、ポーラ…」深緑の瞳が涙で小さく光ります。「お誕生日、おめでとう」

やっとのことでそう小さく言うと、ジェフは脱力しその場に崩れました。よっぽど疲れてしまっていたのでしょう、ポーラの腕に抱かれた時には、もう彼は目をつぶって寝息を立てていました。そっと彼の眼鏡をはずしてあげて、ポーラも目をつぶりました。

「ヒーリングオメガ! っていっても使えないんだけど。ありがとう、ジェフ! 本当に本当にありがとう!」
ジェフを抱きしめ、ポーラの胸はまた、幸せいっぱいになっているのでした。

誕生日プレゼントは基本手作り主義のワタクシですが、包装の技術は皆無!詰めが甘いとはまさにこのことをいいます。そんなワタクシがあるときやっぱり手作りのプレゼントを包むので半べそかいているときに思いついたお話がこれ。ポーラがジェフのプレゼント包装を手伝ってあげる話。最初はトニーへのプレゼントにしようと思ったのですが、根っからのジェフ×ポーラ魂がさく裂してしまい、ポーラへのプレゼントとなりました。なんとも乙女なポーラになんとも弱腰のジェフくんです…。


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