酔いどれダンスミュージック

「やってみましょうよ、そんなに難しくないわよ!」
一枚の紙切れを眺めていたポーラが、とうとう心を決めたと言わんばかりに叫びました。ネスもジェフもプーも、ちょうどそこに遊びに来ていたトニーもえっと顔をあげます。4人ともポーラがなにをたくらんでいるのかわからなかったのです。
「だって!」とポーラが目を輝かせて言います。「今日はネスの裏山に隕石が落ちた日でしょ。あの大冒険が始まった記念すべき日じゃない!」
「ああ、そうか!」
ネスが思い出したように笑いました。得体の知れない宇宙人のギーグから世界を救った旅。あのことをすっかり忘れていたらしい彼の態度はほかの友人をうんざりさせました。
「楽天的なことはいいことだ。喉もと過ぎれば熱さ忘れる、とはよく言ったもので」プーが苦笑します。「して、お主は何を計画中かな?」
「パーティよ! 料理を作ってお菓子を焼いて、お友だちもたくさん招いて、お祭り騒ぎをするの!」
そりゃあいいや! とトニーは嬉しそう。彼のひまわりみたいな笑顔は、ポーラの提案に異議を唱えようとしていたジェフを悩殺します。そのジェフのとなりでネスはお手上げのポーズ。ポーラにかかっては僕はおしまい、とでも言いたげ。プーはプーで深くうなずき、「実に興味深い」と繰り返しています。
「じゃ、決定ね! さっそく役割分担しましょ」

ぴょん、と座っていたソファから飛び降りると、ポーラはもう鉛筆をその紙切れに滑らせていました。「ネスとプーはね、テレポートが使えるからお客さんを招待して来て! パパやママに、それぞれの町でお世話になった人とか、あとどせいさんも」
「ガウス先輩もだよ」
トニーが口を尖らせます。あらいけない、とポーラは舌を出します。承知した、とプー。ネスは招待状作ったほうがよくない? と提案しています。
「あったほうがいいわ、ジェフ、作ってくれる?」
「その方面なら安心した。ぼくはてっきりそのお菓子作りとやらをおしつけられると思ってね」
ほっとしているジェフをトニーがからかいます。
「鶏に飛べって言ったほうがまだましさ、ジェフったら塩と砂糖はもちろん、お酢とみりんも、しょうゆとお酒まで間違えるんだもん!」
彼の言葉に全員が噴出します。
「分かったわ、ジェフがコックになったらこの世も終わりってわけね。世の中を破滅させないように、コックはトニーに任せるわ。私はトニーのお手伝い」
了解、とトニーが手を振ります。みんな、トニーがことのほか料理が得意であることを知っていたのです。それは親友のジェフの舌を喜ばすためだ、とまことしやかにウワサされておりますが、実際のところトニーの料理の腕前はなかなかなものでした。


さて、おのおのの役割が決まったところで5人はそれぞれの持ち場に散りました。まずはネスとプー。どんな人を招待しようか鉛筆を片手にノートに名前をリストアップします。
「パパにママにトレーシーに…ポーラスター幼稚園のみんなも。あとは、ガウス先輩。ジェフのパパは来れるかなぁ、研究も忙しいようだし」
「師のイー・スー・チーもだ。それから電話係りも」
「アップルキッドとねずみくん、あフランクさんも。それから、カーペインターさんに、チュージとジョージ兄弟、みんな元気かなぁ。モノトリーさんもよばなくちゃ、エツコさんももちろんね、トンズラのみんなは今どこにいるやらだからあきらめるとして、ヴィーナスさんは来てくれるかな…あとはサマーズの船長さんとジルさん、グミ族のみんな」
「そしてどせいさんだ」
よし決まった、ネスがガッツポーズをします。

ジェフは早速パソコンを開いて招待状を作っています。ぼくはレイアウトのセンスがまるでないから、と小言をいいながらつる草のイラストで囲まれたフレームの中に、『本日くちばし岬の別荘でパーティをする旨』を端的に書き連ね、カタカタと印刷機で印刷します。彼の目にも留まらぬ早業に、ネスもプーも感嘆のため息をもらしました。

ポーラとトニーは厨房に隠れてどんな料理を作ったらよいか作戦会議中。
「サラダと、カルパッチョをいくらか作ったほうがいいわ。それにアスパラガスをゆでてサワークリームを添えて。シャケのサーモンもあったほうがいいわね。麺類はスパゲッティがいいと思うの。スープはコーンで決まりね」
「お菓子はフロランタンとブラウニーがいいよ。フルーツも用意できるとなおいいね」
「ドリンクはジュースとお水。それからカクテルも。ハーブティもあるわ」
そんな感じだね、トニーが腕まくりします。ちょっと待って、まずは買出しに行かなくっちゃ、ポーラはリボンをほどいて髪を結わえなおし、お気に入りのエコバックを手に取ります。そんなポーラの姿にトニーは、それじゃあ僕はポーラが帰ってくるまで部屋の飾り付けでもしよう、とリビングへ駆けていきました。

  パーティの準備が順調に進んでいきます。早くも役目を済ませたジェフはトニーになじられ、別荘の壁にイルミネーションをくくりつけています。カバン一杯に食材をつめこんでポーラが帰ってくると、ジェフの手伝いをしていたトニーは彼女と一緒に厨房へ消えました。ネスとプーはジェフの作った招待状を持っていろんな町を巡っています。なにせ2人にはテレポートの力がありますから東西南北縦横無尽、ほんの数秒でぱっぱと移動できてしまいます。海の向こうに住んでいる人たちには、時間になったら迎えに来ますから、と一言添えて2人は1時間もしないうちに帰ってきました。


「みんなすごく喜んでたよ、招待状みて快く参加しますって言ってくれて」
ジェフを手伝いながらネスが報告します。
「おぬしのお父上も参上なさるそうだ」
「パパが!」これは参ったとジェフが悲鳴。「パパが一番来ないと思ったのに! まずいなぁ、雪でも降らないといいんだけど」
カレンダーの「8月」の文字を見ながら彼は肩をすくめます。ジェフのつまらないジョークにネスもプーも噴出します。実際、アン・ドーナッツ氏は研究が忙しいにもかかわらず息子たちの企画したこのパーティに大きな関心を寄せてくれていました。そしてどせいさんをたくさんつれてお邪魔したいと言ってくれたのです。

厨房からはトントンサクサク野菜を切る音、グツグツとなにかを煮る音、いろんな音が聞こえてきます。それにあわせてたまらないぐらいの香ばしい匂いが漂ってきます。ポーラもトニーも一体何を作っているのかしら? ネスとジェフは生唾を飲み込んで顔を見合わせます。俗人の食べ物には興味を示さないプーですら、その心地よい音とかぐわしい香りに目を細くして笑みを浮かべています。早く定刻の時間にならないかな、目で会話しながら3人は部屋の飾り付けを急ぎます。きれいなイルミネーション。それからポーラが用意した色紙のリング。窓際には色とりどりのお花を飾ります。ドアにはウエルカムの看板。天井からは金銀の折り紙で作ったたくさんのお星様を飾ります。部屋がだんだん豪華になっていくさまは、飾り付けをしている3人の目にも愉快にうつりました。


約束の時間になりネスとプーはお客さんを連れに飛び立ちました。残ったジェフは、ポーラたちの用意した料理をテーブルに運びます。テーブルの上には紙コップとお皿、フォーク、ナイフにスプーンもちゃんと用意されています。大きめのバットに盛り付けられた料理を運びながらジェフはふと窓の外を見ました。本当に雪が降ったら困る…そう思ったわけではないのだけれど、なにかが自分の記憶をチクチクさせたのです。でもそれが何か分からないままに、彼は頭を振って仕事に戻りました。

サマーズから戻ってきたネスは、船長夫妻をプーに任せてちょっとごめん、とオネットに向かいました。彼もまた気にかかっていることがあったのです。そう、おとなりさんのこと、いつの間にか敵に回してしまった旧友のことです。―彼を呼んだらきっとみんな怒るだろうな、ギーグの支配下で世界を牛耳っていた醜い少年を呼んだら。そうネスは思います。でもやっぱり、一声かけておきたい、一枚だけ残しておいた招待状を、彼にそっと渡しておきたい、彼はそっとミンチ家の扉をたたきました。

ギーグが倒れたときにどこかに逃げたと思われたポーキーがいつの間にか彼の家に、この世界に戻ってきたのを知ったのはずいぶんと前のこと。未来へ旅をしてひどい目にあって、命からがら逃げ帰ってきたのだとか、ギーグの黒幕は実は別人で、本当のポーキーは偶然どこかに行っていただけなのだとか、いろいろなウワサは後を絶ちません。ネスも、なぜ彼がひょっこり戻ってきたのか、あるいは戻ってこられたのか知りたくてたまらなかったのですが…。

きっと僕は彼に嫌われてしまっただろうな、そんな思いが先行してなかなかミンチ家の扉をたたけなかったのです。でもその決心を、今日のパーティは後押ししてくれた。つっぱねられてもいいから、ごめんと謝って、仲直りのしるしにこのパーティのことを教えてあげよう、そう思ったのです。

「はい? どこのどなたです?」
出てきたのはポーキーの弟、ピッキーでした。ポーキーは名前のとおり、ずんぐりむっくりの太った嫌味な少年なのですが、ピッキーはその名に似合わず真面目で親切な性格なのです。
「ネスさん!」
ネスがものを言う前にポーキーの弟は悲鳴をあげました。
「ポーキーに用があるんだ、もし会えればだけど。無理なら…いいんだ。…僕は彼にひどいことをしてしまったから、これ、渡してくれるかな?」
「よう、どこの薄汚い野郎かと思ったら、ネスじゃねーか!」
弟の悲鳴に驚いてか、それともネスの声に反応してか、突然ポーキーの嫌味ったらしい声が聞こえました。ピッキーをひょいと押しのけ、その太った少年はへへっと指先で鼻の下をこすってニタニタ笑っています。その様子にネスは一瞬物怖じして…。でも分かってる、彼は学校でいじめられてすごくすごく嫌な思いをしてきた、こうやってへらへら笑っているのも臆病な自分を見せたくないから。僕は学校でいじめられていた彼を何度も見捨ててしまった、これ以上彼に対して、そして自分に対しても卑怯で醜い態度を貫くわけにはいかない! 

ネスはきっぱり顔をあげると、大切そうに持っていた招待状を旧友の手に押し付け笑いました。
「ホラ、隕石が落ちたの、今日だったろ。だから記念パーティしようと思って」
よかったら来てよ、そう言おうと思ったとたん、ポーキーが招待状を破ろうと構えたのでネスは言葉を飲み込みました。
「ごめんな、ポーキー。思い出したくないこと、ばっかりだと思う、でも…でも、あのときに出会ったみんなを招待して、君だけ招待しないなんて…とてもできなくって。それだけ、じゃあ」
くるりと向きを変えます。できることはすべてしたんだ。たとえポーキーが僕を拒んでも、僕はいつまでも彼の友達でいたい。友達として、彼にしてあげられることなら何でもしてあげたい。そんな自分の願いだけはなんとかかなった。

駆け出そうとします、しかしなにかが許さなくて。彼は再度振り向き、目を見開きました。ポーキーはまだ、紙を破らずに立ちすくんでいるのです。そんな友達の姿を見てネスは自分が妙に素直になった気分になりました。


「I miss You…」


そっと口を開いて一番伝えたい言葉を吐き出すと、今度こそ彼は踵を返し、一目散に駆け出しました。


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