犠牲

太陽は西に傾き、あたりは少しずつ暗く寒くなってきています。 ネスとジェフはすっかり困り果てていました。先刻、怪しげなユーフォーの寝冷えビームをふんだんに浴びてしまったポーラが、重い風邪をひいてしまったのです。ネスがヒーリングで癒そうと試みたのはいいのですが、ここまで来る間に知らず知らずのうちにサイコポイントを使いすぎていたようで、もはやポーラの風邪を治療するだけの力が残っていませんでした。

「どうしよう、近くに町もないし。僕の足でもたぶんここから一晩はかかるよ」 ネスがお手上げとでも言いたげに肩をすくめました。
「ぼくにも、どうすればいいかさっぱり」賢明なジェフもすっかり困りきった面持ちです。「彼女を無理に一晩中歩かせるのも悪いし、でも、ここで野宿するとしても今晩は相当寒くなりそうだ…」
「なんとか火をおこせればね…でもPKファイアを使えるのは彼女だけだし」

ポーラは朦朧とした意識の下で、二人の話を聞いていました。もちろん、この弱った体ではPKファイアは唱えられません。と言って、次の町まで歩いていく体力も残っていません。たかが風邪、されど風邪。無理をしたら、命にかかわることだってあると聞きます。

「ぼくも『ピーエスアイ』が使えたらなぁ! 物事を科学的か非科学的かで割り切ってしまう自分の頭を呪ってやりたいよ」
ジェフがうなるのを聞いて、ネスとポーラは少しだけ笑いました。なんとかして場を和ませたいのは誰だって同じこと。ジェフの言葉は二人の張り詰めた気持ちをほんのちょっぴり緩めてくれました。

「とにかく、今から町に行くのはよしたほうがいいよ。寒くなるならじっとしていたほうがまだいい」
「そうだね」ジェフはネスにうなずきかけます。「どうだろう、ぼくらの一方が町に戻って風邪薬を買って来るのいうのは」
「さすが、ジェフ!」
ネスが大喜びで拍手。ポーラは申し訳なさそうな表情で二人を見つめています。
「ぼくなら、寒いのは平気だしすぐ行って…いや」彼は一瞬言葉を詰まらせ、頬を赤らめました。
「すぐ、は無理だ。ネスの足で一晩かかるなら、のろまなぼくではその二倍はかかる。それに往復と来ているから行って戻ってくるだけで二日はかかるよ」
「君は決してのろまじゃないよ」ネスは言いながら、もう立ち上がってリュックサックを背負いなおしています。「だけど、ポーラに何かあったとき僕じゃあパニックを起こしてお手上げ状態になるのは目に見えている。だから看病は君に任せる。僕が町までひとっ走り行ってくるよ!」
「待って、ネス。もうひとつ解決しなければならない問題がある。火をどうしようってことさ」
「ああそうか」

ネスは再び腰を下ろすと首を振ります。サイコポイントがありませんから、体内のエネルギーを抽出するPKキアイも使えません。それができるのであればとっくに真っ赤に燃え上がる炎を三人はとりかこんでいることでしょう。

「君のバズーカ砲をぶっ放してみれば?」
「ぼくの?」ジェフは重そうに持ってきた荷物の中からその危険な武器を取り出しかけました。「よくないよ、ネス。何もないところでこれが火を噴いたら焼け野原ができるのが関の山さ。それに火力が強すぎて、逆に手に負えないことになってしまうと思うよ」
「そうだろうね…ゴメン」
二人はとりあえず荷物をあけてみました。何か火をおこせるものを持っていないか、しかし、体力回復のために買いだめしたハンバーガーやサンドウィッチ、『護身用』のバットと光線銃、そして『防具品』しかありません。
「光線銃は? それで何か燃やすことはできないの?」
「焦がすことはできてもね…ああ、光線か…」

ジェフは頭を上げ、太陽を仰ぎました。真剣な瞳で太陽を見やるジェフの頭にある考えが浮かんできました。しかし…。それをするのは自分にとっては命を投げ出すほどの覚悟が必要です。 ましてや、これからネスがいなくなるというのに、たった一人でポーラの看病をしなければならないのに、それはまずい。

「もうっ、サイコキャラメルとかマジックバタフライとかないのか? そうしたらPKキアイで…」
「ネス…」ポーラが苦しそうな声で言いました。「PKキアイはあなたのエナジーを外に抽出するPSI、つまりあなたの一種の分身なの…その炎を囲むなんて私には申し訳なくってとても無理だわ…」
「そんなの構わないよ! 君が少しでも楽になるならエナジーはおろか命を燃やしたってかまわないよ!」

そのネスの叫び声にジェフは肩を震わせました。それは、優柔不断でいつもどっちつかずで終わってしまう彼の胸のうちに深く深くしみこんでいきます。それには自分に対する一種の皮肉さえこめられているように思われました。そして自分がいかに臆病で気弱な人間であるかということを目の前に突きつけられたような気がして、ジェフは我が身を恥じらい小さく頭を振りました。

―ネスはこんなに必死なのに! ぼくは自分のことばかり気にかけてポーラが苦しむのを見て見ぬふりをするつもりか!―

高鳴る心臓をぐいと片手で押さえ、彼は顔をあげます。このままではダメだ、今確実に動けるのはぼくしかいない。臆病で引っ込み思案で、だけどだけど…時にはとことんまで無鉄砲なぼくが!

日没まではまだ少し時間がありそうですが、辺りはすでに寒くなり始めています。もたもたしている時間は実はぜんぜんない。彼は立ち上がりすっかり青ざめた顔でネスとポーラのほうを振り向くと、精一杯微笑みました。
「火は…ぼくがおこすよ。いやおこせると、思う」
二人は一瞬喜んで笑みを浮かべましたが、すぐに顔を見合わせ、なぜジェフがそんな死人のような表情をしているのか不思議に思いました。彼にとって、火をおこすという行為がそんなに恐ろしいことなのだろうか、二人はいぶかしげにジェフを見上げます。ジェフはうつむき、震え声で続けました。

「ぼくができることといったらたかがしれている…。君たちにとんでもない見返りが待っていることは承知の上だ。でもこれから…火はおこすよ。…ぼくをバカだって言ってくれてかまわない。でも…どうか、次の町までぼくが歩いていけることを保障してもらいたいんだ」
「暖をとれればなんだってするよ、ジェフ。どうしてそんなこと言うんだ」
ネスが少々不満げに尋ねるのを、ジェフはたださびしそうな顔をして受け流しました。 そして再度、必死で微笑むと、思い出したように上着を脱いでポーラの肩にかけてあげました。
「ありがとう、ジェフ」
ポーラは弱弱しい声で言って微笑します。ジェフの上着は自分には少し大きすぎましたが、ほんのりと暖かく、すっと寒気がなくなる気がしました。
「元気をだして、どうしてそんな沈んだ顔をしているの?」
なんでもないよ、そう言葉を絞り出すと、ジェフは二人に背を向け、力なくその場に腰を下ろすと、普段から持ち歩いている工具セットを開きました。震える手でメガネをはずし、ジェフは工具セットから手探りでペンチを取り出しました。覚悟を決め、一瞬だけぎゅっと目をつぶり、そして目を見開くと、メガネのフレームをペンチで切ってレンズをとりだしました。ペンチを地面に置き、また手探りで瞬間接着剤を取り出す。そして、なんとか肉眼でも見えるところまで両手を持ち上げ引き寄せ、息を凝らして慎重に二枚のレンズを接着剤で貼り合わせると、彼は大きな溜息をつきました。

ネスにもポーラにも、彼がなにをやっているのかはまるでわかりません。いつもの彼のように、マシンを、いや火をおこすマシンでも作っているのだろう、そのようにしか二人には見えないのでした。

レンズをなくさないように左手で握り締め、ジェフは胸のリボンをはずし地面に置き、今度はそれに揮発油を垂らしました。
―これで準備は整った―
目を細め、太陽の位置を探ります。ぼうっと、赤い球体が目の前でかすんで見えます。
―大丈夫、まだ間に合う…―
彼は太陽にレンズをかざし、レンズの焦点をリボンに合わせました。

―どうか上手く行ってください。ぼくにはネスのような特別な力は何もない、ポーラのように祈って奇跡を起こすこともできやしない。ただどうやら二人よりは高いといわれているアイキューを、信じるしかできないのですから―
彼の切なる思いが通じたのか、しばらくしてその黒地のリボンから一筋の煙がたちのぼり、そして次の瞬間小さな音とともにリボン全体が燃え始めました。すかさずジェフはカバンを引き寄せ、その中に入っていた紙類をひと掴みつかんでその頼りない炎にくべると、ついにそれは焚き火に勝るとも劣らないほどの勢いで燃え始めました。

―もちろん彼が思い切って燃やした紙には、彼が今まで書き残してきた武器や道具の設計図、スノーウッドにいたころにとった授業のノートも含まれていました。しかし、今の彼にとって、それは単なる紙切れでしかなく燃やしてしまおうと一向にかまいませんでした。

「ジェフ!」突然背後で声がして、ジェフはびくりとしました。「すごいじゃないか、どんなマシンをつくったんだい?」
ネスが駆け寄ってきてジェフの顔を覗き込みます。そのとたん、彼は驚いて口をつぐみました。
「…ネス…?」
「そうだけど…どうしてメガネをはずしちゃったのさ? それに胸の…」
そう言いながらネスははっとしました。ジェフの片手にキラキラと一行に炎をもたらした奇跡のレンズが握られているのです!
「詳しい説明はいらないと思う、要するに太陽光線をつかって…」
「ジェフっ!」

次の瞬間ネスは首を大きく横に振って、ジェフに抱きついていました。自分でも何をしているのかよくわからない、どうやら体が勝手に動いてしまったらしい…。息荒げにネスはジェフを見上げ続けます。
「でも、君はメガネをはずすと、ほとんど何も見えないんだろう?」
「残念ながらね」
やんわりとネスを振り払おうとしてジェフは顔をしかめました。ネスの、自分の体に回された腕にはぐっと力がこめられ、振り払うことなぞ到底不可能だったのです。

「じゃあ君はもう全くの無力じゃないか! 明日どうやって気が狂った動物たちと戦うつもりなんだい? どうやって照準を定めるつもりだい? どうやって相手からの攻撃を…」
必死で叫びながら、ネスはついさっきジェフが言った言葉を思いだしました。そうだ、そういうことだったのか…、腕の力がふっと抜けて、彼はそっとジェフから離れました。

―それで君はあんな青ざめた顔をしていたんだね…必死で作り笑いをしていたんだね…―

「ごめん、ジェフ」
ゆっくりと首を横に振り、ジェフは寂しそうに微笑みました。パチパチと火の燃える不規則な音が聞こえます。それを頼りに彼はカバンからまた紙を一掴みつかんで炎にくべようとします。

でも、炎はジェフが思っている以上に弱まっていました。さっとジェフの手からレポート用紙をもぎ取って、慎重に彼の代わりを努めると、ネスは帽子を脱いで炎をあおぎ始めました。

「ネスが、ポーラを助けるためなら命を燃やしても厭わないって言ったとき、正直すごく恥ずかしく思った。その一言がなければ、ぼくは今もって自分の身の安全を確保している喜びにひたりながら、苦しむポーラを、寒がっているポーラを傍観しているに過ぎないと思う」
「そんなこと言うなよ。君を超えることなんか僕には不可能だ。…君のその勇気と度胸を。ありがとう、ジェフ」
ジェフの手に帽子を握らせ、ネスは腰をあげました。
「これであおいで。それから、紙はまだあるんだね? 何かもっとよく燃えそうなものを探してくるから、待っていて。それからポーラをよろしく」
うつろな目でネスを見上げ、ジェフはうなずきました。

ネスから話を聞いたポーラはびっくりして、ふらふらと立ち上がり、ジェフの横に座りました。
「ポーラかい? …まだ暖をとるには弱すぎるけれど、手をかざして。暖まって」
「ジェフ…」ポーラは哀れみに満ちた瞳でジェフの素顔を覗き込みました。「可哀想な人! 私のために…ジェフ…いったいどうお礼を言ったらいいの? 私の顔が見える?」
「見えるよ、ポーラ…ぼんやりとね」ジェフは左手のレンズを握りしめました。「もうメガネは元に戻らない。どこかの町で新調してもらわないと… それまで君の顔がはっきり見えないのは辛いけれど、でももし君が少しでも元気になってくれたなら、ぼくはもう何も望まないよ、ポーラ」

ポーラも力いっぱいジェフに抱きつきました。今までだって、彼はネスにも自分にもとても優しく親切にしてくれましたが、今回はまたわけが違う、彼は命がけで自分の風邪が悪化しないように努めてくれたのだ、いったいどうお礼を言ったらよいのだろう? 命に勝るものなんか、この世にないのに…!

「ポーラ…もう堪忍しておくれ、いくらぼくだって君に抱きつかれたんじゃあ胸がドキドキしてしまうよ」
すっかり焦りしどろもどろジェフは言って、ポーラを自分から引き離しました。ポーラははっとして頬を赤らめ下を向き、そして悪戯っぽい目でジェフを見上げるとうなずきました。
「ごめんなさい。風邪がうつっちゃうわね」
「…そうじゃなくて」
ポーラには分かっていました。彼に報いる方法はこれしかない、今日は早く横になって、ジェフがおこしてくれた炎で暖まりながらゆっくり休んで、明日の朝にはちゃんと歩けるぐらいに回復する、それしかないのです。次の瞬間彼女はちょっと顔をあげて、ジェフの頬に軽く接吻しました。
「ありがとう、ジェフ。本当に、本当にありがとう。今はこれしかお礼ができないの。でも、明日の朝には元気になってみせるから!」
「熱いよ、ポーラ! 君ったら…」
ポーラの額に手をやりながらジェフは苦笑して、ついで自分の頬にも片手を添えました。
「ああ…ぼくも風邪をひいてしまったらしい」
ポーラは思わずくすりと笑い、そして横になりました。

「待って、何か食べたほうがいいよ」
「ううん、お腹がすいたら起きるわ。そのときでいいの。今はゆっくり休みたいから」
「そうかい…」
ゆっくりうなずいて、ポーラはジェフの上着を布団代わりに眠りだしました。

ジェフは懸命に目を細くしてポーラの寝顔を覗き込もうとしました。しかし彼の悪い目はそれすら許してはくれませんでした。自分が苦肉の策でともした希望の灯し火も、ぼんやりとした視界の中では不鮮明に浮かび上がるのみで、ぐっと切なさがこみあげてくるのが分かりました。でも…それがどうやらまだ燃えているということが分かるというのは唯一の救いでした。

「そうだとも…ぼくは決して盲目じゃないんだ…」
そっと独りごちて、ジェフは左に握り締めていたレンズを工具セットの中にしまいました。

もう辺りはだいぶ暗くなり、より寒さも増してきています。しかし最後のレポート用紙と、そしてもう役に立たなくなったメガネのフレームをまとめて炎にくべたとき、ネスの走ってくる足音が聞こえました。なにを持ってきてくれたのだろう、なんでもいい、とにかく燃えるものであれば! どこから持ってきたのか、ネスはたくさんの薪を抱えて戻ってきました。そして消えかかった炎をそれに移すと突然あたりはとても暖かく、明るくなったように思われました。

「ポーラはもう寝たんだね、君も横になったら?」
「だけどネス…町へは行かないのかい?」
ネスは噴出しました。
「ジェフってばいつもはすごく頭が切れるのにどうしちゃったのさ?メガネをかけていない君をここに残して町になんかいけないよ。…それにやっぱり僕たちは三人一緒でいないと」
「ネス…」
必死でネスの顔をよく見ようと、ジェフはしかめ面をします。

メガネをかけていない上、上着も脱ぎ、胸のリボンをはずしてしまった彼は、まるで別人のよう。 しかしそのダークグリーンの瞳と、小麦色の髪と、そして少し低い落ち着いた声色は、彼がネスやポーラの大切な友達であるジェフであることを証明してくれています。

「しかめ面はよせよ、君のその端正な顔立ちがゆがむのを見るのは結構嫌なことなんだ」
そうネスは言って、身を乗り出しました。素顔のジェフの顔をこんな間近で覗き込めるのは最初で最後に違いない。ネスは思わず心の内でほうっと溜息をつきました。度の強いメガネの下で常に冷静で控えめに見えたジェフのダークグリーンの瞳はネスが思っていたほど深く沈んだ重い光をたたえてはいませんでした。それはむしろ、燃え上がる炎をうけ、キラキラと朝日の照らす湖面のような輝きを持ち、おまけに今は焦点が定まらないせいか子供のようなあどけなささえうかがえます。 色白の頬を真っ赤に火照らせ、ジェフはかすかに笑みを浮かべました。

「ありがとう、ネス。メガネをかけているときと同じぐらいよく見えるよ。でもそんなに近づいちゃ君のほうが苦痛だろう?」
「そんなことないよ」ネスも照れながら笑います。「君ってメガネをかけるとインテリっぽく見えるのにさぁ、おまけにメガネをはずしたらはずしたでとってもハンサムなんだもの」
よしてくれ、そう言ってジェフはうつむき、炎に視線を投げかけました。見た感じの雰囲気によらず、彼はとても気が小さく恥ずかしがり屋なのです、そのためか自分の顔をほめられることをたいそう嫌っていました。

「本当のことを言ってどこが悪いんだ」冗談交じりにジェフをからかいながら、ネスは荷物をあけました。「そうだ、そろそろなにか食べようか、そしたらもう寝たほうがいい、ポーラは僕が見てるよ。 …困ったときには君を叩き起こすかも知れないけど」
「でもネス…」
「だって、そんな目で起きているのもなんだろう?」
「…そうだね、ありがとう…」ネスにハンバーガーを手渡されジェフはさらに頬を紅潮させ小声になります。「どうやらぼくも病人みたいだね、どうかこの愚かな頭を許してくれるかい?」
「困ったな、それは無理だ。だって君の頭が愚かだって思わないもの」
二人は少しだけ笑いあいました。


炎は灯されたときの弱弱しさを忘れ、今は天をも焦がさんばかりに燃え上がっています。 実際のところ、野宿なぞほとんどしたことのない二人でしたから、時々煙に咽びながらも暖をとれた喜びに素直におぼれていました。
「思い出すよ、君と初めて会った日のことをさ。あの時も今も同じ、君の目が悪いことはよくわかっている」自分もハンバーガーをだしてかぶりつきながらネスは言いました。「なんかひっかかっていたんだけど、思い出したよ」
「なにさ、ネス?」
「昔読んだ童話さ、君ってハッピープリンスみたいだ。そうしたら、僕はさしずめツバメ。君の目になっていつまでも君の側にいるよ」
ジェフは眉間にちょっとだけ皺をよせ、わざと悩んだような表情を一瞬だけしたあと続けました。
「でも、ツバメさん、君は『スカラビ』に行かないといけないんだろう?」

とたんに二人は笑い出しました。
「冗談はさておき、本当に明日は頼むよ」
「任しときなって、なるべく敵たちに会わないように歩くからさ。万一戦いを余儀なくされたら僕の後ろに隠れてくれよ。 …危ない、指噛むぞ」
あっ、と小さく呻いてジェフは苦笑しました。つられてネスもまた笑い出します。今度は恥ずかしさに顔をしかめながらジェフはネスのほうを見ます。うなずきながら、ネスも困ったようにしかめ面。それが面白くて、さらに笑いを誘う。

ポーラが倒れてしまって、そしてジェフがメガネを壊してしまって、こんなに気持ちよく笑うことができるなんて想像できたでしょうか? やっとの思いで笑うのを止めて食事を再開し、二人はしばらく黙り込みました。しかし、それも長く続きません、ネスがたまらなくなって沈黙を破ります。

「食べ物だけでもこうやって買いだめしておいてよかったよ。これすらないとなると飢え死にしたかもしれない」
「歩くキノコでも食べようと思えば食べられそうだけどね」
「そういえばヒーラーってあれを買い取ったらどうしているんだろう?」
「あれを買い取るだなんて!」
思わず噴出しそうになってネスは口をこぶしで押さえつけます。そんなネスを見て―ネスの手の動きが見えたのでしょう―ジェフはさらに念をおします。
「やれやれ、うかつに物をいえないご時世ですからね」
「君さぁ…フォーサイドにいるときもそれぐらい冗談言っていてくれたらどんなに気が楽だったか」
ハンバーガーの包み紙を不器用に丸めながらジェフは肩をすくめて見せます。
「あの時は冗談なんか言えるムードじゃなかっただろう? それに、よく面接のときにメガネをはずすと緊張しないって話を聞くけれど今のぼくはまさにその状態なんだろうと思う」
じゃあ、ずっとそうしていたほうがいい、そう言おうとして、いくら冗談とはいえ度が過ぎていると思ってネスは言葉を飲み込みました。ジェフは命がけなんだから、それにジョークのために戦力を失うのだって僕たちにとってなんの利益もないだろうし。

「それにしてもこれ、どうしようか? えいくそ、いったいどうなっているんだろう?」
相変わらず包み紙と無意味な格闘を続けながらジェフが叫びます。普段なら町のゴミ箱の中に捨ててしまうのですが、もちろんこんなところにゴミ箱なんてありません。
「燃やしちゃえよ、せっかくだし」そう言いながら、もうネスは自分のそれを炎に放り込んでいます。「ちょうだい、気をつけないと火傷するから」

油まみれになってしまった手をタオルでぬぐってから、ジェフは横になりました。もうすっかり暗くなった夜空に輝く満点の星。それはまさに宝石箱をひっくりかえしたという表現がぴったり似合う星空でしたが、残念ながらジェフには何もわかりませんでした。ネスが言った通り、ぼんやりと不鮮明な空を眺めていても気がめいるだけだと悟り、そっと目をつぶります。ぼやけていた視界がすっと暗くなります。普段だって寝る前には必ずメガネをはずしていたのに、今日はいつもとまったく感覚が違いました。不思議なことに、目を閉じた瞬間、彼は放たれたような開放感を覚え、妙に安心し、少しもしないうちに眠りだしていました。

「いい夢みろよ、ジェフ」
そっとネスがグーサインを出したとき。ポーラがゆっくり体を起こしました。顔色が幾分良くなっています。どうやら風邪も小康状態に入ったようです。

「まあ、ジェフが寝てる! あの夜なべ修理魔のジェフが!」
「ポーラ! 君こそ寝ないといけないのに…」
「ううん、お腹がすいちゃったの。ジェフに後で起きるって約束はしていたのよ」
ネスはすぐにポーラにサンドウィッチを渡しました。
「あったかいな…こんなにあったかい焚き火は生まれて初めてだ」
「あら…当たり前よ」行儀よくネスのくれたサンドウィッチをかじりながらポーラはうなずきます。「だって、これってジェフの命の炎だもの。PSIとかPKキアイとかと違って…なんていうかな、ちょっと間接的だけど、彼は命がけでこの焚き火を私たちにもたらしてくれたんだから…」 そういって、ポーラはパンくずを飲み込み、微笑みました。


翌朝、奇跡的にすっかり元気を取り戻したポーラは焚き火の跡から燃え尽きることのなかったジェフのメガネのフレームを見つけ拾い上げました。彼やネスには見えないように、こっそり彼女はそれをポケットに押し込み目をつぶります。これならもう町まで歩いていける、風邪なんかに負けることはない。

「ポーラ」
ネスの呼ぶ声が聞こえます。片手でしっかりジェフの腕をつかみ、もう片方の手にはバットを握り締め、その手を振り回してポーラを呼びます。
「危ないわよ、ネス! ジェフの頭にあたったらどうするつもりよ!」
ケラケラ笑いながら彼女は二人の元に駆けつけ、そっとジェフのもう片腕に手を添えました。
「ありがとう、ジェフ。こんなに元気になったのも全部あなたのおかげよ」
大切な仲間たちに両腕をつかまれ、ジェフは決まり悪そうに笑いました。
「…それじゃあ、今日は一日よろしく頼むよ」
「オッケイ、ジェフ!」

声をそろえネスとポーラはグーサインをだして、そして三人は歩き始めました。

ジェフの眼鏡で火をおこす話をどうしても書いてみたくなって…!!(唐突にすみません;)この話はホントにMOTHER2創作書き始めたばかりの習作のようなものです。いまちらちら読み返してみるとなんの疑いもなくネスやポーラはジェフに抱きついていて…いくらなんでも無邪気すぎです(苦笑)


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