ばかと廃物

さて。と、メフィストフェレスはポーラスター幼稚園の前で立ち止まって考えました。というのも彼女に会ったらどう言葉をかけて驚かせばいいのかさっぱりわからなかったのです。その場をぐるぐる回りながら、手に抱えた宝石箱を見つめて熟考します。こっそり彼女の部屋に忍び込んでこの箱をそっとその枕元に置いて、あと一時間もすればお買い物から帰ってくるであろうポーラを驚かせば彼の任務は完了です。しかし故意に人を驚かすという経験に乏しいメフィストさまの頭に、一向に名案は浮かんできませんでした。


事の起こりはこうでした。突然ネスから「ハローウィンパーティをしよう!」の電話がかかってきたのです。ジェフが答える前にトニーが電話をもぎ取って大賛成の意向を表明したために、2人はネスのその企画に加わることになりました。オネットのネスの家に行ってみますと、恐るべきことにプーまでそこに構えていて、不気味なまでに陽気な笑みを浮かべていましたから、もうジェフは3人に抵抗するのは止めようと心に決めざるを得なかったのです。


ハローウィンの醍醐味は何と言ってもその変装です。ネスの妹でしっかり者のトレーシーは、茶色い衣をまとった魔女に扮してトネリコの枝を振っています。トニーは根っから天然悪魔でしたから、黒い羽根を背中にくくりつけるだけで立派に変装が終了しました。あとはキューピッドの弓矢を構えればばっちり! と彼は喜んでいます。 ネスは王道、ドラキュラ伯爵。プーは青いケープをまとって片目を隠し「おれはさすらい人だ」と言いました―がそれが実はお化けではなくて北欧神話の神様であることにネスもトニーもジェフも気がついてはいませんでしたから、プーのジョークは半ば失敗に終わっていました。

さて困ったのがジェフです。お化けに変装なんて今まで一度もしたことがありませんから、結局彼はいつも通り物知りのトニーに頼るしかありませんでした。トニーはジェフの頭の先からつま先までよくよく確認して「ジェフはあれだ、メフィストさまがいいや」と言い放ちました。メフィストフェレスは蹄をもった片足びっこの誘惑の悪魔です。言うが早いかトニーは、ネスに頼んで黒のブレザーと蝶ネクタイをジェフに着せ、最後に宝石箱を親友の手に渡しました。

「これでいい。悪魔っぽくないところが逆に怖い!」
本当は衣装を用意する時間がなかっただけですが、確かに普通の人の格好をした悪魔というのは逆説的な凄みを持っているように思われました。トニーは甘い声でメフィストさまに詰め寄ります。
「君はその宝石箱をポーラの枕元に置いてくるんだ。そして彼女を今宵のパーティにつれてくるように、いいね?」
「ちゃんとポーラを驚かしてからつれて来いよ、ジェフ」
ネスも続きます。仕方がなくなってジェフは、トニーに「片足びっこの歩き方」まで指導を受けて、そしてツーソンに出発しました。

もうかれこれメフィストフェレスは一時間近くポーラスター幼稚園の前でうろうろしていました。しかし彼があまりに紳士的な格好をしているので、誰もそこに「悪魔」がいるとは思っていません。道行く人は軽く彼に会釈するだけでした。もう宝石箱が擦り減ってしまいそうなぐらい迷い続けた挙句、やっとジェフは覚悟を決めてポーラスター幼稚園の扉に向きなおりました。
「あら、ジェフ、どうしたの? …待って、今鍵開けるわ!」
突然背後で声がしてメフィストさまは縮みあがりました。振り返ればそこに買い物袋を両手に抱えたポーラの姿。いたずらっぽい少女の笑みが、バラの花となってメフィストの胸を打ち抜きます。胸元をひどく火傷し、メフィストさまはまったく動けなくなってしまいました。せっかくトニーに歩き方まで教わったのに、なんとも頼りない悪魔です。
「あのですね」と彼はやっと口を開きました。「今日はワルプルギスの夜…じゃなくってオネット山の夜なんですよ、あすこにいろんなお化けが集まって一晩中お祭り騒ぎをして夜を明かすんです。よかったら、お嬢さん、ご一緒してくれませんか?」
ポーラは吹き出しました。ああ、そうか、今日はハローウィンだっけ!

「私は単なる田舎の娘ですわ、お化けの集いに招いていただけるほど、立派な身分ではなくってよ。でも魔法の一つや二つは使えますから魔女ぐらいになら変装できましょう。それでお許しいただけるようであれば喜んでお祭りに参加します!」
しばらくしてポーラは黒いワンピースにとんがり帽子をかぶって出てきました。宝石箱をこっそり玄関先に置いて、メフィストさまは魔女をエスコートしようと歩き出しました。

しかし少しもしないうちにポーラはぴょんと跳ねてジェフの片腕に手をまわし彼に寄りかかって目をつぶりました。突然のバラのシャワーにメフィストさまは身もだえします。体中がこんがりと焦げてしまいそうです。悶え苦しむメフィストをがっちりと手中に収めた魔女は頬をほてらせながらほくそ笑みました。スピリチュアルな夜にこんな甘美な想いができるとは、とんだ遊び好きのお化けが家には来てくださったのだわ! それともあのいたずら好き妖精パックの仕業かしら? ともあれこの幸せは誰にも邪魔させますまい。


ポーラに丸焼きにされたジェフは、困惑のあまり最後まで、片足びっこで歩くのを忘れてしまっていました。

最後までふざけとおすことをモットーに書いてみましたハローウィン創作です。みんなの変装考えるの、とても楽しかったです。しかし。どうして…どうして…ジェフがメフィストフェレスになってしまったやら!(例えて言えばペーター・ザイフェルトがメフィストさまを歌っている、それぐらいの間違っちゃった感がありますです;)


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