魔球の投手

消えかかったお月さまを窓越しにみながらジェフは眠たい目をこすりこすり、パソコンに向かいます。さっきポーラが気をきかせて置いていったコーヒーカップに手をかけ、画面を睨み付け顔をしかめます。そうです、ポーラスター幼稚園のハローウィンパーティ、ちょっとした余興にお化けと人間の寸劇をやりたいんだけど、ジェフ、台本書いてくれるわよね! コーヒーを置きながら純白の小バトは愛狂おしく微笑んでこう言い放ちました。

さあ、このか弱い乙女の願いをどうしてジェフなる紳士が断れましょう。しかし劇の台本なんて、この十数年の長い人生の中で一度だって書いた例のないジェフ。どんなに頑張ってその天才的な脳みそを絞り絞っても、気のきいたセリフはおろか、お化けの名前1つ浮かんできません。

ここはいっそのこと、幻想家のトニーに任せてしまおうか、彼ならホラー小説の1つや2には精通しているはず、その知識とあの語りだしたら止まらない舌べろに任せれば劇の台本なんて簡単に出来上がってしまうだろう。ああそうともジェフ、ここはひとつトニーに任せて、約2時間37分休憩なしの長大演劇を書かせりゃいい、報酬はぼくの抱擁と接吻で充分おつりがでるくらいだ、よしそうときまればさっそくあのかわいい小悪魔ちゃんにお願いのメールを書こう。

・・・おっとそのまえにポーラのコーヒーを一口二口飲んでからだ…とカップに口をつけたとたん!

ぼうっと目の前がかすみ、あたりがぐるぐるとまわりだしました。がっくり体中の力がぬけ意識が遠のいていきます。しまった、ポーラに「毒薬」を盛られてしまった、そう思う間もなくジェフはばったりと机の上につっぷしてしまいました。

「スランプ気味なんだよなぁ、ジェフ!」
ベースボールを握りながらネスが言います。
「スライダーの切れがまったくなくなった。君はいいよなぁ、君の光線銃は百発百中だもん。僕にも百球百ストレートの球があったらいいのになぁ! 明日は大切な試合なのに」
困っている親友の前でジェフはピンとひらめきます。
「ぼくの銃は悪魔に頼んで直してもらったものでねぇ、ちょっとした魔法がかけられているんだよ。だから君のボールもぼくの研究室で改良すればれっきとした魔球になるとも!」
「おい待てよ、僕は魔球を作りたいなんて…」
「でも明日大切な試合なんだろ。ポーラも見に来るんだろう。彼女の前で無様なまねは許されないぜ」
う、とネスは息を詰まらせます。そのネスの横でジェフは得意げにパン、パンとカラスを撃ち落してみせます。親友の勇姿にとうとう野球少年は心を決めました。
「わかった、君と君の研究室に頼ろう!」
ネスと一緒にジェフは研究室に入ります。あたりは真っ暗。新月の零時。研究室ではトニーが待っています。
「メールもらったよ、ジェフ。それがネスさんだね。ボクに任せな、りっぱな魔球を作ってあげるよ」

―ただし9球目は悪魔の思う的に当たる球をね―

とたんに机の上から不気味な煙が上がります。ビーカーやフラスコの中の液体が熱く煮えたぎっています。その中でトニーが不気味な微笑みを浮かべながらネスから受け取った野球ボールを一つの大きなビーカーの中に落とします。

ぱっと炎があがります。壁中からうーうーと不気味なうめき声が聞こえます。腹の底から絞り出すようなその唸り声にネスはおじけづきます。それを「男だろ!」とジェフがたしなめます。

そうこうするうち、トニーの絶叫する声…とたんに耳を覆わんばかりの爆音! おどろおどろしい亡霊がもくもくと暗い闇に膨れ上がり、赤々とした炎がすっぽりと研究室を覆います!

ガタガタッドシンドシンッ

巨大なポルターガイストに膝ががっくりと折れて、あわや自分たちもここまでかと大声で悲鳴を上げたとたん

・・・ジェフははっと気が付きました。そこは野球のグラウンド、いつの間に日が昇ったやら、ネスの大一番です。

観戦席でポーラの応援する姿。ネスはトニーの魔球で一回の表から絶好調! あと一球で三者凡退の大切なシーン…

―ただし9球目は悪魔の思う的に当たる球をね―

不意にトニーの声がこだましジェフがしまったと思ったとたん…! ネスの投げた球がバッターに打たれます、球はそのままポーラに向かって迫っていきます!

「ポーラッ!」
頭を固いもので殴られた気がしてジェフは飛び起きました。…夢か、それにしても変な夢をみたな。ぽりぽりと脳天を掻きながらぱっとひらめきました、今の夢、寸劇の台本にできる! …だけどちゃんとハッピーエンドで終わらせないとね。それにぼくらにはもう一人仲間がいるし。

「ポーラ!」
ボールがポーラに向かって飛んでいく。ポーラ倒れる。
「ポーラ! ポーラ! ああ、なんてことだ!」
ネス、ポーラのところに駆け寄る。
プー、ポーラを抱き起す。
「私、大丈夫なのね?」
ポーラ、ネスの手を握る。
「驚いて気絶しちゃったみたい」
ジェフ、頭を押さえてよろよろと舞台中央に歩み出る。トニー入場。
「トニー、悪魔よ…あの球は、あの球はぼくに当たったのかい?」
「あたりまえじゃないか、ジェフ! 待てど暮らせどスノーウッドに帰ってきてくれないからお仕置きだよ!」
トニー、ジェフをつれて退場。
「悪魔と言ったな。まさかあの球は」
プー、尋ねる。ネス、答える。
「ごめん、最近スランプ気味で…ついジェフにお願いして魔球をつくっちゃったんだ」
「お前としたことが…ポーラを想うあまりつい、魔が差してしまったのだな。しかし安心しろ、ポーラは救われた。きっと神さまが慈悲を垂れてくださったのだ。これからは二度と、こんな過ちを犯すでないぞ」
ネス、うなずきポーラを抱きしめる。全員、神さまに感謝のお祈りを捧げる。幕。

「すごいや、ジェフ!」
「お主にこんな文学的才能があったとはついぞ想像できなかった」

ジェフの台本を演じ終え、ネスとプーが感激します。いや、これはこんだひらめきで…ジェフは恥ずかしそうに頭を掻きながらポーラのほうを見ます。園児たちに囲まれやんややんやの喝さいを受けている幼稚園のお姉ちゃんはジェフのほうを振り返りいたずらっぽく舌を出しました。

「困った人! あのコーヒーにはどうやら悪魔の霊液が一滴、落としてあったみたいね!」

ハローウィン創作です。これは…ウェーバーの《魔弾の射手》を観ているうちに思いついたお話。《魔弾の射手》に出てくる、鉄砲を持った狩人がなぜかジェフとイメージかぶったもよう…。ともあれ、ジェフが悪魔の出てくる演劇を書くお話です。お約束通り、悪魔役はトニーたんです(悪魔の意味、だいぶ違う)。


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