たいした野郎

スリークでネスとポーラに出会ってから、ジェフはほとんど満足に眠れていませんでした。

というのも、ネスが壊れて役に立ちそうにない鉄の塊を大量に持っていたからなのです。有名科学者を数多く輩出してきたスノーウッド寄宿舎、そこの学生であるジェフに、ネスが多大な期待を寄せていることは間違いありませんでした。ネスは、決して理科の成績がよいわけではありませんし、機械工学とはまるで無縁の世界に生きてきたわけですから、その方面にめっぽう強いジェフに強い憧れと信頼を抱いても無理もないでしょう。そういうわけで、ネスは、家を後にしてから半ば集めてまわったガラクタコレクションの復活と再生を祈願し、ジェフにその修理の一切を任せていました。もちろんその中には正真正銘のガラクタもありましたが、いくらかは修理すればまた何とか使うことのできそうなものも含まれていました。それらを、まさか移動中に修理することはさすがに器用なジェフでも不可能でしたから、修理の時間は日が暮れホテルにチェックインしてから、ということに自動的になってしまいます。それもたいていは皆が寝静まった真夜。彼はたった一人、一晩中起きて机か最悪の場合には床の上に壊れた機械を置いてその内部構造の略図を書いたり、実際に修理したりしていました。

ネスもポーラも、ジェフが数時間は仮眠をとっているだろうと思って疑いませんでした。しかし、いくら名門校のエリートとはいえ、彼もまだまだ学生、確かにネスやポーラよりはメカに対する知識は豊富ですが、ひとたび少し複雑な構造の機械に手をつけてしまうと、修理は困難を極め、一睡もできない夜が続くことはざらでした。おまけにジェフはどちらかといえば真面目でしかも仲間思いでしたから、ネスの期待に報いることができるのであれば少しぐらいの無理なら厭いませんでした。それどころか、機械の修理が完了しネスがそれを喜ぶ笑顔を見ると、彼は眠いのも疲れていることも忘れて次の機械の修理に取り掛かるのでした。

スリークの治安が回復し、町に明かりが戻った次の日、一行はフォーサイドに向かってスリークの町をあとにしました。フォーサイドに行くにはどうしても、ドコドコ砂漠を横切らなくてはいけませんでした。スリークとフォーサイドを隔てるドコドコ砂漠はまさしくイーグルランドきっての灼熱地獄。雪国生まれで雪国育ちのジェフはもとより、ネスもポーラも、カンカンに照りつける太陽の下、土と岩だけの台地を歩くことは極力避けたいと思っていましたから、一行はバスでフォーサイドに向かうことにしました。

ところが、トンネルを抜け窓の外が赤茶色の世界に変わった瞬間、快調に飛ばしていたバスが急ブレーキをかけました。―なにやら、バッファローの群れが道路を横断しているため、道路がふさがれ、何十キロにわたって渋滞が続いているというのです。それが解消されるのは果たしていつやらまったく検討もつきません。困ったバスの運転手は、商売上がったりだと大騒ぎし、スリークまで戻るといい始める始末。

「どうしようか…」ネスがポーラの顔をうかがいます。「二人が賛成してくれるんなら、歩いてでもフォーサイドに行きたいんだけど。なるたけ急いでね」
「ネスったら本当にいじわるなのね」ポーラは無邪気に微笑み、うなずきました。「自分は帽子をかぶっているから平気っていいたげね? じゃあいいわ、私もリボンをつけているし。それにフライパンもあるし」
そして彼女は横で船をこいでいるジェフをつっついて起こし、事のいきさつを話しました。
「二人がそう言うならぼくは逆らえないよ…」
彼は眠たそうに目をこすって言いました。
「よし、満場一致だ、バスを降りるぞ」
その一言で、一行は灼熱の地に降り立ちました。

引き返すバスを見送り、三人は連れ立って歩き始めました。初めの数分は、その暑さもなんとか我慢できる程度のものでしたが、少しずつ少しずつそれは一行の活力を吸い取っていきました。厚手の帽子をかぶっているネスや、フライパンを頭の上にかざして直射日光をさえぎっているポーラはまだしも、体質的にも明らかに一行の中で一番不利な条件に立たされた上、帽子やフライパンのように日光をさえぎるアイテムを何一つ持ち合わせてないジェフは、連日の徹夜による眠気もたたり、まさに最悪の試練に必死で立ち向かっているも同然でした。彼ができることといえば、首に巻いてある制服のリボンをほどいて、シャツのボタンをひとつかふたつ外すぐらいでした。それは、しかし、大した効果はもたらしませんでした。

砂漠に足を踏み入れて十五分もしないうちに、ジェフの足取りが乱れ始めました。もし前を行くネスとポーラが振り返ってくれたら、二人はすぐに彼を匿ったでしょうが二人は前進することに夢中でわざわざ後ろを振り向くだけの余裕はありませんでした。

―ダメだ…体がもたない! まさか…暑いってことがこんなに辛くて苦しいことだっただなんて…―

前方がぼうっとかすみ、ジェフは力なく頭を振りました。頭上に高く昇った太陽からの直射日光は、それのほとんど届かない雪と霧と雨の国で育ったジェフにも容赦なく振り注ぎ、その哀れな少年を際限なく苦しめます。額に手をやって荒々しい息を吐きながら、ジェフはもう自分は冗談抜きで死んでしまうのではないかと思いました。

鈍い頭痛とともに極度の眠気が彼を襲う、目を開けていたくてももう瞼は言うことをきかず、同時に足の力も抜け、ついに彼はがっくりと膝を折ってちょうど目の前を歩いていたポーラの肩めがけて倒れこんでしまいました。

「きゃっ、ジェフーっ! もうあなたらしくない冗談はよして…って…ジェフ? ジェフっ!」
ポーラの顔が―暑いはずなのに―みるみるうちに青ざめていきます。慌ててフライパンを放り投げると、彼女は腕の中に気絶したジェフを抱きとめました。
「どうした、ポーラ」
つられてネスも振り返り、小さく呻きました。
「ジェフ…ジェフ…ねぇ、しっかりして…」
「日射病だ。意識を失っている」
ネスは懸命にPSIを試みましたが、もはやそれも形無しでした。ポーラの腕の中で、ジェフは目をつぶったままです。
「どうしましょう、このままこの暑いところにいたら…」
「近くに休める場所があるか探してこよう、とりあえず、あのサボテンの下にいて」

ひょろひょろと力なく生える貧弱なサボテンの下までジェフを引きずり、そしてネスはなけなしのパワーを振り絞って走っていきました。のこされたポーラは自分がそうしたようにフライパンで日陰をつくり、少しでも直射日光が衰弱しきった大切な仲間をさらに苦しめることがないように努めました。もちろん、今や彼女のほうが直射日光をさえぎるアイテムを持っていないも同然の状態でした。後頭部でひときわ目立つ大きなリボンも、日光をさえぎるのには貧弱すぎました。しかし、ポーラはもうそんなことお構いなしで、ひたすら、ジェフの回復と、ネスの帰りを待っていました。

「可哀想に、耐え切れなかったのね、ジェフ…。あなたが雪国の生まれだってことは分かっていたのに、私たち、あなたをちっとも構ってあげられなかった。本当になんてひどいことをしてしまったのかしら!」
ポタポタと涙が数滴頬を伝ってジェフの胸元に落下しましたが、それもすぐに乾いてしまいました。ポーラはそっとジェフの胸に手を置き、テレパシーを試みました。少しでも彼の苦しみをじかに感じてあげられたら…。

―ジェフ…聞こえる? ポーラよ、聞こえたら返事をして―
―…ポーラ…お願いなんだ、ぼくを起こさないでおくれ。このまま寝かせておくれ。眠くて眠くてたまらないんだ―

ポーラははっと手をジェフの胸から離し目を見開きました。彼は単に日射病で倒れてしまっただけじゃないのかしら、でも確かに今のは彼の声だった、もしかして私たち、何か大きな思い違いをしていたのかもしれない…。

幸いにして、ネスは休憩所をかねた小屋を見つけ、すぐに戻ってきました。二人でなんとかそこまでジェフを運び、ぬれタオルを彼の額に巻いて応急処置をほどこすと、ポーラは下を向いて言いにくそうに呟きました。

「やっぱり彼をこれ以上歩かせるのはむりだと思う、たとえ意識が戻っても…、だってネスも知っているでしょう?彼は極寒の、雪国の生まれなのよ、こんな頑固な太陽の光なんて一度もたりとも拝んだことさえないはず。私たちだって辛いのに、彼ならなおさらまさに地獄よ。 …それに、私、感じるの。ジェフ…、あの人、ネスの壊れた機械を毎晩徹夜で直しているんじゃないかって。仮眠も一切取らないで。そういえば、さっき、バスの中でもずっと眠っていたわ、彼。だから…きっと…」
「そんな! そんなことって…」ネスは唇を噛みました。「僕には想像できない。てっきり、彼が何時間かは眠っていると思っていたのに。もし、君の言うとおりだとしたら、僕、相当彼に恨まれているんじゃないかな」
「ジェフがあなたを恨むことはないわよ、でも、黙っていても本当は眠いのをこらえてここまでついてきたんじゃないかって… そう思うと私も辛い、とにかく今はゆっくり休ませてあげましょうよ。そして、どうやってフォーサイドに行くべきか考えたほうがいいわ、このドコドコ砂漠を歩いて横切るのは私だって心から賛成なわけではないし」
そうだね、そうネスは言って額から噴出してくる汗をぬぐいました。

小屋の中は外と比べると断然涼しく居心地も決して悪いとはいえませんでしたが、それでも砂漠の中であることにかわりはありませんでした。忌々しい太陽が地平線上に沈みかけ、あたりが涼しくなってくるころ、ジェフは息を吹き返しました。ネスとポーラはお互いに手を取り合って喜び合いました。

「ネス…ポーラ…、ぼくは、ぼくはいったい…」
朦朧とした意識の中でジェフは呟き、目を細くして、喜び合う二人の仲間の様子をじっと見つめていました。ネスとポーラはかわるがわる、彼が砂漠の真ん中で日射病で意識を失っていたことを伝え、そして思い出したように素顔のジェフに眼鏡をかけてあげました。
「まだ起き上がらないほうがいいよ。ごめんねジェフ、君にはこの砂漠の暑さはやっぱり耐えられなかったんだね」
「それに直射日光も。今思ってみれば、あなたって頭を守るアイテムをなんにも持っていなかったのね」
ジェフは恥ずかしそうに苦笑し、ネスのほうに目を向けました。
「ああ…、どうやらネスの言うとおり、ぼくの体はこの暑さには耐えられないみたいだ。おまけに服が長袖長ズボンときているからね…」ジェフは一気にそこまで言って大きく深呼吸しました。「もちろん、腕まくりはできるけれど、そんなことしたら今度は日焼けだ、茹蛸のようになってしまうと思う」
そういえば、色白のジェフの顔は、涼しくなり始めた今も真っ赤に焼けてしまっています。
「しまった、そうか!」ネスは優しく微笑みました。「でも、安心して、バッファローの群れはもういない。まだ道路には車が止まっているけれど、明日には完全に通行可能になるそうだよ。だから、またスリークに戻ってバスに乗りなおそう」
「でも、ぼくたち、急いでいるんだろう…ぼく、ただでさえ二人の足を引っ張っているのに、これ以上…」
「急いでなんかないわ、ジェフ。後生だから、今晩はゆっくり休んで。私たち、あなたが今まで満足に寝ていなかったんじゃないかってずっと気になっていたの」
ジェフが口を開く前に、ネスが彼を制します。

「修理のことなら気にしないで。どうやら僕は君に甘えすぎていたみたいだ、君が夜なべしてがんばってくれているなんて夢にも思わなくて。本当にゴメン、ジェフ。もうこれからはジェフのペースでやってくれればいいよ、せかしたりなんか絶対しないからさ」
「本当に…本当にいいんだね?」
ジェフは何度か念をおしましたが、ネスとポーラの心は変わりませんでした。

最後にネスは、大切な、そして頼りがいのある仲間の手を握り締め、にっこり笑いました。
「ありがとう、ジェフ。君は本当にいいヤツ、だよ」
ジェフも小さく笑い返すと、起き上がって冷たい水を何杯かもらいました。そして再び横になり、深い深い眠りに落ちていきました。

MOTHER2習作のひとつです。ドコドコ砂漠で日射病になったジェフがポーラのうえに倒れる話を書いてみたくなり…;習作書いているころなんて、ろくでもない発想するものだなぁとつくづく思いますです。。みなさま、寝不足と日射病にはくれぐれもお気を付け下さい!


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