天衣無縫の小悪魔を捕獲する2,3の方法

「ハローウィンかぁ…」

満天の星空を仰ぎながらジェフはなぜかしら懐かしそうに呟きます。
「あら、なにか意味ありげな調子ね、ジェフ!」
「天才科学少年くんにもハローウィンの思い出があるのかな?」
「あるのならぜひきいてみたいものだ」

ポーラ、ネス、プーからたたみかけられジェフは恥ずかしそうに頭をかくと、図らずも呟いてしまった先の自分の言葉を撤回したい気持ちになりました。…でもまあいいさ、どうやらネスなんかは科学と祝祭は相いれないものと思っているみたいだし、そんなら聞かせてやろう。ぼくが生涯初めて、ぼくの最大の親友であり最大のライバルを打ち負かしたお話を!


* *


あれはあるハローウィンの朝。スノーウッドのウルトラサイエンスクラブでハローウィンの仮装パーティが企画されてね。仕掛け人は無論ガウス先輩、オレを大いに驚かしたお化けにはたっぷりとほうびをつかわそうという話だった。ぼくはガウス先輩の報酬にはとんじゃかなかったね、ぼくの関心はトニーという小悪魔をどうやって驚かすか、その一点だった。

トニーはご存じぼくのルームメイトでね、彼の前ではぼくの思いつくすべてのいたずらが灰燼と化すような気がしてならなかった、 なにせトニーはいつだって先回りしてぼくの手の内を読んでしまうのだもの、あれは悪魔と結託でもしているに相違ないね。

それでぼくもいろいろ考えた挙句はたと思いつく節があった、毒をもって毒を制すとはこのこと、いっそこのぼくが悪魔になってしまえばいいわけだ。 ぼくは早速図書館に行って、そこでシニョール・ダッペルツットウというイタリアのお医者様と知り合った、それでぼくはその方と契約を交わしたのさ。

名を読んで字のごとく、ドクトル・ダッペルツットウは神出鬼没な男でね―ダッペルツットウとは「いたるところ」って意味だからね―、 そのお医者様は人とその人の鏡像を切り離す手術に長けていた。彼自身鏡に映った像のようにするっとどこかに消えてはまたひょっこりあらわれるといった具合。 ぼくはぞくぞくっときたね、トニーを驚かすのにこれほど願ったりかなったりの悪魔はいないさ。だがぼくは医学者ではなくて科学者の息子だ。そこでぼくは鏡に独特の細工を施すことに決めたのさ。

さてそんなこんなで夜になった。ぼくは忠実に扮装した、禿鷹のように曲がった尖り鼻、爛々とした目、口は嘲るように引き締めて、厚底の靴を履いてノッポを装ってね、 鋼鉄のボタンのついた、燃えるように赤の服。まさしく頭の先からつま先までダッペルツットウだ、 ほかのみんなが≪モンスターマッシュ≫に出てくるようなフランケンシュタインの怪物に化けているところに、 ぼくは颯爽とイタリア生まれの怪奇医師としてもぐりこんでいったわけだ。

さてぼくの生け贄はトニーひとり。ぼくは黒い羽根を付けたトニーに音もなくすりよってさっとかき抱いた、 これだけで十分、動揺の声があがるってもんだ。
―おおトニー、おまえの鏡像をおくれ、永久にそれを持っていたいのだよ、 かわいいトニーよ、おまえはいつだって身も魂も、ぼくにくれてやるなんて言っている、 それなのに鏡に映った幻影だけを渡さないという謂れはないね?  おまえの浮世の姿を写し取ってずっと手元に置いて、肌身離さず持って歩きたいと言うぼくの願いを、おまえは払下げにはしないね?―

ぼくの悪魔ぶりはスノーウッドの全生徒から愛される天衣無縫の小悪魔をはるかに超えたね、トニーが熱狂して「僕の鏡像は君のものだ」そう叫んだとき、ぼくはにやりと笑ってトニーに炎の接吻をくれてやると、鏡をとりだし最後の細工にかかった。

そこにいた誰もが、トニーの鏡像がトニーの動きとは関係なく抜け出してぼくの体のなかに溶け込んでいくのを見たはずだ。硫黄のような奇怪な匂い、悪魔の嘲笑、ざわざわした空気がぱっと晴れると、ぼくは大きな鏡をトニーの前に置いた。 ―トニー、顔色が悪いよ、鏡で見て御覧!―

そりゃあもう快感だったさ、みんなの恐れおののく顔を見るのは! なにせ鏡に映るはずのトニーの姿が、まったくそこに映ってないのだもの!

…なんということもない、反射鏡の部分をスクリーンにして反対側の風景を撮った映像を投影すればよいだけのこと。さらにぼくは、この悪魔の鏡にちゃっかり撮影機までとりつけておいた。だから…ぼくは願った通り、 トニーの浮世の姿を写し取って肌身離さず持ち歩けるというわけだ。


* *


トニーのブロマイドを眺めながらジェフは目じりに浮かんだ涙をぬぐいます。鏡像を奪われたトニーの動揺ぷりったらなかった。 そして手の内を明かしたらトニーは最大級の愛憎が特大に盛りつけられた「ジェフのバカバカバカッ!」で大切な親友の労をねぎらってくれて。それでジェフはすっかり満足してしまって。あのとき大仰にふざけたときには想像もできなかった、まさか本当にトニーと離れ離れになる日が来るだなんて!

「ぼくが本当にダッペルツットウ師だったらいまでも神出鬼没にぱっとスノーウッドに駆けつけてやれるのに…」
「なんだ、ジェフ。ならテレポートで…」
そう言いかけたネスの口をポーラがふさぎます。
「ネスはまだまだ子どもね…焦燥感の持つ真のざわめきと甘美なる憧憬の辛苦というものをまったく知らないんだから!」
いたずらっぽく笑うとポーラは、ゆっくりと腰を上げジェフに背を向け黙り込んでしまいました。

E.T.A.ホフマンの短編『大晦日の夜の冒険』にでてくるシニョール・ダッペルツットゥに化けるジェフのお話。いつもたいていはトニーのえじきになっている彼なので、一回ぐらいはトニーを見返してもよかろう!とよこしまな感情に憑りつかれましたです。そして最終的にはジェフ×トニー、ジェフ←ポーラ←ネスという人間関係。ジェフはトリスタンといっしょでなにゆえモテモテです。


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