心からの贈り物

「ジェフ? こんな時間にどこにいくのさ」

小さな物音で目を覚ましたトニーは、大親友のジェフが制服に着替えなおし胸のリボンを結んでいる姿を見て驚きました。
「ああ…、起こしてごめんよ、トニー。その気はなかったんだ。 …ちょっと言いにくいことだけれど―と言うのは君が信じてくれるか疑わしいから―、ポーラと言う少女がぼくを呼んでいるんだ。勘違いしないで、何か助けを求めているらしい、ぼくの力が必要なんだって」
「僕には聞こえないけど」トニーは言いながら微笑みます。「じゃあ君はもういてもたってもいられなくて、ポーラさんのところに行くってことだね」

ゆっくりうなずき、ジェフは机から愛用の定規と分度器をとってポケットにしまうと、トニーのほうに向き直りました。
「突然の話でごめん。怒っているかい?」
「まさか! 君がそう言うなら僕は止めないよ。でも丸腰じゃあ危険だ、なんだか最近野生動物が凶暴化しているらしいから。ロッカーの中に護身用のガンがあったはず、あれを持っていきなよ」

トニーはパジャマの上から制服の上着をはおり、ジェフの手を引きます。口には出さずとも、親友のお見送りをしようというのです。そんなトニーの心づかいが嬉しくて、ジェフも黙ったまま微笑みます。部屋を後にし、タス湖のタッシーやストーンヘンジの話で盛り上がっている上級生の側をこっそり横切り、ロッカールームに急ぎます。


実験室で粘っているガウス先輩に声をかけ、先輩の発明品を受け取るとロッカールームで旅支度を整えます。
「ホームズキャップって君のためにあるようなものだよね、本当によく似合っている」
ジェフに護身用のバンバンガンを渡しながらトニーは無邪気に笑って見せます。そんなことない、と小声で答えてジェフはガンを受け取るとそれっぽくかまえて見せます。
「すごいや、勇者のおでましだ!」
軽い調子で続け、トニーは自分のロッカーから壊れたエアガンを引っ張り出しました。
「壊れてるけど、君ならすぐ修理できちゃうと思う。持ってって」
「それ、今クラブで修理しているエアガンじゃないか!」
「気にしない気にしない」
相変わらず笑顔を崩さないでトニーはジェフの手に壊れたエアガンを押し付け、親友の手を引いてロッカールームを後にしました。


「ところで、マットたちに挨拶しなくていい? 君が突然消えたらみんな驚くし、ガッカリしちゃうと思う」
そうだね、とジェフはうなずきます。仲間内なら勝手に宿舎を出て行っても秘密にしておいてくれるでしょう。それに今までずっと一緒にいてくれた友人たちと黙って別れるなんてとてもできません。
「…でもみんな寝てないかな? 寝ていたら…黙っていくよ」
マットの部屋に向かいながらジェフはトニーにささやきました。起こしたってかまわないよ、そう言いながらトニーは渋々うなずきます。
「こんな非常時に起こされて怒る人なんて君の友人じゃないや」


しかし、マットの部屋にはまだ電気がついていました。そればかりか、他の友人たちと一緒に彼はプレゼントの包みを部屋に並べています。そうだ、とジェフは思い出しました。明日は確かトニーの誕生日、みんなプレゼントを用意していたんだ。寝ているところを起こすより残酷なことをしてしまった、そう思って彼はうつむきます。

「さすが、トニー。待ちきれなかったのかい? 12時きっかりにくるだなんて」
ウォルターが笑い出します。
「おいおい、俺たち誕生会でお前にわたそうと思ってラッピングしてたのに!」
マットが続いて不満そうに口をゆがめるとどっと笑いが起きました。可哀想に、その気は全くなかったトニーは、恥ずかしそうに下を向いて黙ってしまっています。そんな親友の姿を見るや否や、ジェフは慌てて彼をかばうように友人たちをなだめ、事情を話しました。

皆、すぐに笑うのをやめ、驚いたようにジェフを凝視します。疑われているのだろうな、そう思いながらジェフは友人たちに別れを告げます。
「いつ帰れるか、よく分からないんだ。ぼくの直感がそう言っている、これは何かの始まりなんだって。でもみんなのこと、絶対に忘れないよ」

いままでありがとう、ジェフがそう言うと、友人たちは今度は温かな笑みを顔中にたたえ、行って来いと力強く言って拍手までしてくれました。友人たちの優しい餞にジェフの胸は一杯になります。こっそり眼鏡を外して目に浮かんだ涙をぬぐうと、彼は何度も何度もありがとう、とうなずきながら部屋を後にしました。

彼が寄宿舎の玄関前に来たとき。彼の後ろからトニーがクッキーの紙袋を抱えて走ってきました。
「ジェフ、何か食べるものもってかないと!」
「夜食なら夕飯に食べきれなかったゆで卵をもっているよ」
「それだけじゃ、いくら小食の君だってもたないよ、ホラ」
クッキーの紙袋をジェフの手に押し付け、トニーは懸命に笑って見せます。困ったように袋を抱えてジェフは首を傾げました。一体トニーはこの短時間にどこからこんな大量のクッキーを見つけてもってきたのだろう。カフェテリアはしまっているし、寄宿舎のなかにお菓子をためておくような倉庫なんかないのに…。はっとしてジェフは首を振りました。

「…これってまさか」
「いいんだ、君が倒れちゃったら、僕、悲しくなっちゃう。誕生日もへったくれもなくなっちゃうもん。お願い、受け取って」

そういうわけにはいかないよ、ジェフは必死でクッキーをトニーに返そうとしますがトニーは頑として受け取ろうとしません。とうとう折れて、ジェフはその大きな紙袋をカバンの中に押し込みました。

トニーと一緒に寄宿舎の外に出ます。冷たい冬の空気が体を包みます。さすような痛みが全身を襲います。
「寒いから気をつけて、足を滑らせないでね…風邪もひかないでね…ジェフ!」
別れる間際になって悲しみが押し寄せたのか、トニーの目から涙があふれ出ています。声も震えてよく聞き取れません、でもジェフはそっとトニーの肩に手を置き、微笑んで何度もうなずきかけました。ちょっとでも気を緩めたらトニー同様大泣きしてしまうに違いない、涙をこらえながらポケットからハンカチをだしてトニーの顔をぬぐってあげます。

「お見送り…ありがとう、トニー…。また電話するから」
そう言いながらジェフの目は、寄宿舎の門の側にある小さなドラッグストアに向けられていました。そこに行けば、かぜぐすりでも温かい飲み物でも買えるでしょうが、あいにく財布の中はほとんど空。寄宿舎の中でお金を使うことはまずないため、普段から大金はおろか十ドル以上持ち歩くことすらめったにありません。実際、今も財布の中には二枚のドル紙幣と硬貨が数枚入っている程度です。これで何かを買うのは値引きでもしない限り無理でしょう。

そう思って内心苦笑しながら、ジェフの心は沈んでいました。思えば自分はトニーの誕生日に何も用意してあげられなかったばかりか、今日が彼の誕生日であることすら忘れてしまっていた。マットたちはちゃんとプレゼントのクッキーを用意してラッピングまでしていたのに! おまけにそのクッキーを、トニーは惜しむことなく自分にそっくり渡して来たのです。

そんなトニーに何もしてやることができないだなんて! さっと腕時計を見ると、ウォルターが言ったとおり、もう十二時を回っています。日は昇っていませんが今日はトニーの誕生日。大親友の誕生日に、その大親友と別れるなんて、なんという運命のいたずらだろうか。


「ごめんね、ジェフ。僕ったら往生際が悪いんだから。もう行かないとポーラさんが待ちくたびれちゃうかも知れないのに。さあ、ジェフ、僕を踏み台にして寄宿舎の門を飛び越えて! 大丈夫、ねえ、そんな変な顔しないでくれよ、僕は平気だからさ」
トニーは努めて明るい声で言うと、門の前で背中を丸め、早く早くとせきたてます。
―そんなことできっこない…―
これ以上トニーに迷惑はかけたくなかったのに。辛いのと悔しいので胸が張り裂けそうです。でも実際、寄宿舎の門には錠前がおろされ、先生に頼まないとあけてはくれません。そして自分の身長ではとても一人でそれをよじ登ることはできそうにありませんでした。
「ごめんよ、トニー、重かったら言ってくれよ」
鉄格子の間からカバンだけ外に放り投げ、ジェフは靴を脱ぎました。そしてそっとトニーを踏み台にして門によじ登り、なんとかかんとかそれを飛び越えると、親友のほうを振り返って手を振ります。

「じゃあね、ジェフ! 元気で!」
トニーも笑顔で手を振っている。暗い中で、まるで太陽にように、明るく笑いながら。

靴をはいて、カバンを拾い上げます。クッキーのせいでぱんぱんに膨らんでいるカバン、それを肩にかけたとたん、ジェフの頭にある考えが浮かびました。

いや、でもそれはあまりに残酷すぎる。

…でもはたしてこのままトニーになにもしてやれぬままここを後にすることほど残酷だろうか? 親友の誕生日を、結局は忘れた振りをして出て行くことのほうが、ずっと罪深くて残虐な行為ではないか…!

次の瞬間、ジェフは自己暗示にかかったように、回れ右して寄宿舎に戻りかけたトニーに向かって叫んでいました。
「トニー、待って! 寒いだろうけど、すぐ戻ってくるから。ここで待ってて、お願い!」
振り向き、トニーは曖昧にうなずきました。それを見るや否や、ジェフは無我夢中でドラッグストアのほうに走り出していました。


白い息を吐きながら、ジェフが戻ってきました。門の前で肩で息をしながら、彼は歩み寄ってきたトニーの手にコーヒーの缶を二つわたします。
「お誕生日…おめでとう…トニー! こんなプレゼントでごめん、本当に、ほんっとうに…」
温かいコーヒーの缶を受け取りながら、今度はトニーが首を傾げます。確かコーヒーは一缶六ドルのはず。ということは、ジェフは少なくとも十二ドル、財布に入れていたことになる。
―でもそんなことない、仲間内では財布の中身もよく見せ合って話題のタネにするけれど、ジェフはいつだって十ドル以上財布に入れていたことはなかった。
まさか万引き? 敬虔なプロテスタントが犯すまじき犯罪ではないか! じゃあ値引いたとか? いや、物静かで引っ込み思案な彼がそんな横柄なことができるはずがない。へそくりか、貯金か、それとも…。無意識のうちにジェフのカバンに目をむけ、トニーは小さく叫びました。

「ジェフ…まさか、君…」

ジェフははっと我に返り、その場に崩れました。なんということだろう! 自分はトニーにどうしても形としてプレゼントをしたいがために、トニーが行き倒れにならないようにと夜食に持たせてくれた―それも他の皆が彼のために心をこめて用意していた―クッキーをすべて売ってしまった。表面だけでもトニーを祝ってあげようと自らに罪の上乗せをし、もう逃げることさえままならない。

「ごめんっ、ごめんっ、トニー! 君の…君の…好意をぼくは…ぼくは…。なんて酷いことをしてしまったんだろう! 君に…なにか…お礼とお詫びをしたかった…ぼく、君に甘えっぱなしで… でも…ほとんど無一文で…皆みたいにプレゼントを用意できなかった… それなのに…君は文句一つ言わないで…こんなにぼくに優しくしてくれて…だから…だから…」

トニーは雪の上に立てひざをついて、泣きじゃくるジェフの片手を格子の反対側から握り締めました。

「泣かないで、ジェフ。すっごく嬉しいよ! ありがとう」
そう言いながら、トニーはコーヒーの缶を一缶、ジェフの手に握らせました。
「これは君が持ってて、寒くて凍えちゃいそうだから。僕はこの一缶で十分。正直ちょうど喉が渇いているから、さっそくいただくよ」
ジェフが力なくうなだれている前で、トニーは缶のプルタブをあけてコーヒーを飲み始めました。

「すごいや、本物のブラックコーヒーだ!」
君も飲みなよ、とトニーは飲みかけの缶をジェフの口元に突き出します。香ばしいコーヒーの香りが鼻をつき、大のコーヒー党のジェフは思わずうなずいて一口二口缶の中身を喉に流し込みます。

「とんでもない誕生日になっちゃったな! ありがとう、ジェフ!」
「でも…トニー、ぼくは…」
あのね、とトニーは微笑みかけます。
「君のその気持ちはお金じゃ買えないし、このコーヒー以上にあったかくて素敵なんだ。今までこんな素敵なプレゼントもらったことなんてなかったよ、表面上祝ってもらったって嬉しくないしね」
トニーの言葉は、ジェフの体を縛り付ける見えない鎖をほどき、罪悪感から彼を解放してくれました。

ふらふらと立ち上がり、カバンを肩にかけ、帽子をかぶりなおすと、彼はやっと小さな笑みを浮かべました。
「こっちこそ…ありがとう、トニー」
トニーが言ったとおり、あたりはとても寒く、手袋をしていても手がかじかみます。コーヒーの缶を握り締め、暖をとり、何度も何度もトニーにお礼を言います。残りのコーヒーを飲み干して、トニーはまたにっこり笑い、グーサインをしました。

「ベストフレンド。知ってた? あのドラッグストアの名前。でも僕らの友情はベストなだけじゃない、ほら。そんな名前の馬がいたじゃないか」
「ファストフレンド…」
大きくうなずいて、ジェフは再度トニーに手を振ります。トニーも笑いながらそれに応えてみせます。温かいコーヒーのおかげで頬が真っ赤に火照り、まさにお日様のよう。突然トニーはふっと手をおろし、「君と僕はいつまでも親友だから! ファストフレンドなんだから!」と言い残すと、くるりと向きをかえ走るように寄宿舎に引き返しました。

ジェフとトニーの別れの話。この話は「トニーの誕生日プレゼントのクッキーをすべて売ったらどれぐらいもうかるか?」という素朴な疑問から生まれましたです。トニーはとかく不器用でいっぱいっぱいのジェフをやさしく支えて赦してくれるコだといいな*と思いますです。


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