星に願いを
登場人物
ジェフ…スノーウッドの学生。トニーの親友。
ポーラ…ポーラスター幼稚園の長女。
プー…神秘の国ランマの王子。
トニー…スノーウッドの学生。ジェフの親友。
場所
サマーズのとあるホテルの一室とバルコニー。舞台は、右半分が部屋、左半分がバルコニーといった仕切り方をする
第一場
夜。舞台には何もない。空はあふれんばかりの星空。ミルキーウェイを隔てて、ベガとアルタイルがひときわ光り輝いて見える。 しばしの静寂。遠くから星の声。
星の声(トニーと同じ声) | :(歌う)ほしふるよるには なにかがおこる ほしのひかりがてらしたからさ とどけ とどけ ねがいよ とどけ |
星の声が次第に遠くなっていく。再び静寂。フェードアウト。
第二場
フェードイン。サマーズのホテル。部屋にはベッドが1つ、イスが2つ。ベッドにポーラが寝ている。ジェフ、入場。服装は上はワイシャツ、下は制服のズボン。部屋を横切り、バルコニーに出る。左足を引きずっている。ジェフ、バルコニーの手すりに身を任せ、天を仰ぐ。間。時折、バルコニー側から部屋側に風が吹く。
ポーラ
| :(ベッドから身を起こし、外を見やりながら)涼しい初夏の風、私の頬をなでたのは、本当はあなただったのね?
それじゃあ、あの子はどこへいってしまったのかしら。 夢を見ているような目をした青年で、子供顔だけど、とっても頼りになりそうで優しそうな子。
でも、彼の美しい青い瞳は、希望の光の代わりに絶望の涙で輝いていた。彼はちょっと私の顔を見て、前から私のことを知っているような、
そんな顔をして小さく「助けて」と言った、どうやって助けたらいいのかわからなくって黙っていたら「教えてちょうだい」って言って、
私の頬をちょっと手でなでつけて。そしたら目が覚めたの。…風さん、私の方が聞きたいぐらい、あの子に何を教えてあげたらいいの?
あの子の絶望の涙を希望の光に変える方法は何なのかしら? (沈黙。彼女はふと外を見る)
バルコニーのドアが開いているわ、寝る前にちゃんと閉めておいたのに。誰がいつ、何のために開けたのかしら。
ここはサマーズだけど…風邪をひいちゃかなわないし。
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ポーラ、ベッドから降りて、ドアを閉めかけるが、一瞬うろたえ、思い直したようにうなずいてバルコニーに出る。 そのままジェフの姿には気がつかず、天を仰ぐ。
ポーラ
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:綺麗な星空! まるで星のシャワーだわ!! 空からたくさん星が降ってきて、私の体を突き抜けていくよう。
ツーソンからもそりゃあ素敵な夜空が見えたけれど、ここは格別ね。まるでおとぎの国の宝石箱のようだわ!
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ポーラ、ふと視線を落としジェフの姿に気がつく。ジェフはまだポーラに気がついていない。うつむいたり天を仰いだりをくりかえしながら、時折重い溜息を吐く。
ポーラ
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:どうやら先客がいたようね。となり、いいかしら、夜なべ修理魔さん。
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ジェフ
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:(初めてポーラに気がつき、たいそう驚いたように肩を震わせて小さくうなずく)
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ポーラ
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:着替えもしないで、今夜も徹夜のつもりだったの? それとも眠れないのかしら、だとすればそれはあの夜空のせい? それともあなたのその忌々しい左足のせい?
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ジェフ
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:(深呼吸する)当たらずとも遠からずと言ったところかな、実はさっき、プーから今日は特別な日だと聞いてね。ぼくを眠らせない最大の原因はそこにあるんだ。
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プー、静かに入場。バルコニーに出てくる。
プー
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:(冷淡な声で)俺のせいとは心外だな。理由はなんであれ夜更かしは体に毒だ。お主も、そしてポーラも、もう寝たほうがよい、これから戦いもいっそう激しいものとなっていくだろうからな。
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ジェフ
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:ぼくはまだ寝られない。道具の修理は終わっていないし、いまはとてもそんな気分じゃないんだ。
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プー
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:少しはネスを見習え、奴はとうの昔に夢の世界だぞ。
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ジェフ
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:ぼくはまだ寝られないんだ。
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ポーラ
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:(プーのほうに歩み寄る)一体彼にどんな話をしたの? 可哀想に、彼、あんなに震えちゃって。まだ会ったばかりだからわからないかもしれないけど、あの人、ああ見えてすごく小心者なのよ。ホラー話なんかしたら一週間は寝られないわ、きっと。
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プー
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:俺には人を驚かして喜ぶような悪趣味はない。
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ポーラ
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:じゃあ、ジェフの気に障ることでも言ったのね?
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プー
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:(黙ったまま踵を返す)いや。ただ七夕の話をしただけだ。奴が知らないと言うことはお主も知らぬのだな?
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ポーラ
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:(間をおいて)聞いたことはあるわ、ヤーパンって国のお祭りなんでしょう?
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プー
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:祭りの話じゃない。俺が言ったのは伝説だ。『天の河の東に織女有り、天帝の子なり。年々に機を動かす労役につき、雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇なし。
天帝その独居を憐れみて、河西の牽牛郎に嫁すことを許す。嫁してのち機織りを廃すれば、天帝怒りて、河東に帰る命をくだし、一年一度会うことを許す』。(間)お主らの知っている言葉で言えば、織姫が「ベガ」で牽牛郎、すなわち彦星が「アルタイル」だろう。
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プー退場。ポーラ、深呼吸してジェフの横に戻る。
ポーラ
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:プーは素敵な方だと思うわ。理性的だし、何事にも動じないし。でもねぇ…かたすぎるのよ。あの威圧感には息が詰まりそうだわ。
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ジェフ
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:同感だね、スノーウッドの友達にもすごく理性的な奴がいた、ぼくらは彼ほど律儀で判断力の優れた男はいないと思っていたけれど上には上がいるものだな。
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ポーラ
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:ねぇ、どうしてそんな暗い顔をなさるの? まるでいつものあなたでないみたい。プーの話が、どうしてあなたを眠りから遠ざけてしまうのか、私にはわからない。七夕のお話に、何か思い当たる節でもあって?
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ジェフ
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:(震える)…。
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ポーラ
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:いいわ、私も本当はこの夜空をもっと見ていたいの。プーが言うように、これからどんどんギーグの手下は強くなっていくわ。だからきっと、こんなに落ち着いて星空を眺められるのも今日が最後かもしれないから。(ジェフの足に目を落とす)椅子もってくるわね。それから珈琲も。素敵だわ、あなたがたとえ黙っていようといまいと、あなたとたった2人っきりでいられるなんて、これも最初で最後かもしれないんだから!
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ポーラ、おおはしゃぎで部屋に戻る。ジェフ、身じろぎもせず下を向いている。暗い舞台がさらに暗くなっていく。フェードアウト。
第三場
フェードイン。バルコニー。ポーラとジェフが椅子に座って星空を見ている。手には珈琲カップを持っていて、ポーラは時々口をつけるがジェフは硬直している。
ポーラ
| :アマノガワ…ミルキーウェイのことね。そしてオリヒメにヒコボシ。私たちの知っているベガとアルタイルにそんな別名があったなんて驚きだと思わない?
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ジェフ
| :聞いたことはある。おうし座のプレアデスにも「すばる」という和名があるそうだ。
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ポーラ
| :博学のあなたには愚問だったわね、ごめんなさい! でも、儚いけどロマンチックな話だと思わない? だって、年にたった1回だけ会うことが許された恋人なんて。私がオリヒメだったらたいそうその1日を大切にするわ、普段何気なく過ごしている1日の価値観も、ずうっと変ってくると思うの。
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ジェフ
| :だろうね、ぼくがヒコボシなら君と全くおんなじことを考えると思うよ。
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ポーラ
| :あら、ジェフも? 私、あなたのことだからてっきり、「ぼくはむしろデネブかアルビレオで2人のじれったい恋の行く末を傍から傍観してやるよ」って言うと思ったわ。
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ジェフ
| :(苦笑)それは君の直感かい? それともテレパシーの力かい? でもごめん、今晩は君の素晴らしいジョークにつきあう余裕がまるでないんだ。
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ポーラ
| :じゃあやめにするわ。(少し考えて)さっきね、おかしな夢を見たの。おかしいって、奇妙と言うより不思議なのよ。私のまるで知らない青年がね、まるで私のことをよく知っているような目で私をじっとみつめて、「助けて」「教えて」って言って消えてしまったの。青い目をしていたのよ、背丈はあなたよりちょっと低いぐらいだけど、体は丈夫そうだったわ。(間)変ね、夢の話なのにまるで会ったことでもあるようにあの子の顔が思い浮かぶわ。すんごく幼い顔をしてるのよ、でもとびきりハンサムになりそうな不思議な青年だったわ。
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ジェフ
| :…。(溜息)思い出しているんだ、スノーウッドの、ぼくのなによりの大親友のトニーのこと。
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ポーラ
| :あら…それで。
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ジェフ
| :(彼女が何か続けたそうなのをさえぎって)ぼくとトニーは恋人同士じゃないよ、決して!(間。低い声で)でも互いに互いのためなら首を切ったってかまわないぐらい信頼しあっている仲なんだ、そういう点では確かにぼくはトニーを愛してる。彼に対しては己を誇張する必要も隠蔽する必要もない、きっとぼくらの胸の奥底にはぼくらのエデンがあって、そこでぼくらはアダムとエヴァのように裸で暮らしている、恥ずかしがらずにね、そんな気がするんだ。それに、(左足に手を添えて)この怪我は−前にも言ったかもしれないけれどー皮肉にもぼくとトニーの友情の証なんだ。ずっと前にウィンターズで大地震があって、倒れてきた本棚からトニーをかばって、ぼくは左足をまったく駄目にしちまった。でも…フォギーランドで地震なんて100年に1度だって起こりえないと知って、これは絶対に運命なんだと受け容れた。失ったのは片足だけだけれど、あのときぼくは命を犠牲にすることも厭わなかった、トニーのためなら。
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ポーラ
| :(傍白)知らなかった、トニーという名前はよく知っていたのに2人の間の絆はこれっぽっちも! そんな素敵で大切な親友とジェフは何の前触れもなく引き裂かれてしまったのね、それもよりよって私とネスによって。それとも、自分がギーグから世界を守る4人の少年少女の1人だからと言うことで! あらためて考えてみれば、彼の心の傷はテレパシーを使うまでもなく推し量られる、私の胸まで張り裂けてしまいそう。
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ジェフ
| :それにさ。プーの話を聞いて、ぼくはちょっぴりわがままになってしまったようなんだ。だって、オリヒメはヒコボシと会うようになったら仕事である機織を止めてしまったんだろう? そしてその罰としてヒコボシと引き離されて、それでもお慈悲をもらって年に1度会うことを許された。ぼくは…これはぼくの悪い癖なんだ、因果応報というか、オリヒメが罰を受けてしまったのはある程度は仕方がないように思う。でも、ぼくとトニーは…。
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ポーラ
| :裁きを受ける理由なんてどこにもないと言うのね、でもそれはあなたのわがままなんかじゃない。全くその通りですもの。
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ジェフ
| :…ごめんね、ポーラ。またぼくのどうしようもなくつまらない悩みに君を引きずり込んでしまって。そんなつもりは全くないのに、ぼくはどうしても君の眠りを妨げるのが得意のようで。
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ポーラ
| :あら、そんなことなくってよ。私、自分から起きてここにいるんだから。それに、どうしようもなくつまらない悩みなんていっちゃ駄目よ、私は決してそうは思わないし、ましてトニーさんが聞いたらショックで泣き出しちゃうかもしれない。
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ジェフ
| :君は本当にいつだってぼくの心の救世主なんだから…。
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ポーラ
| :テレパシーじゃないわ! 私、あなたの話を聞くのが好きなんですもの。可哀想に、今日のあなたは珈琲を一口も飲まなくて。…でもやっと分かった、あの子供顔の青い目の青年はトニーさんね。突然1人きりにされて、あなたに嫌われたんじゃないかって、それを教えてって言ったのよ。途方もない罪の意識、心の奥底から信頼しているあなたをたったひと時でも疑ってしまった罪の意識から自分を救ってもらいたくて、助けてって言ったのよ。(ジェフの手をそっと握る)あなたの罪は重いわよ、ジェフ。どれだけトニーさんが苦しんだか、でももうそれも杞憂に終わるわね。こうやって離れ離れになっても、そっと想いを寄せてくれているお友達がいるなんて、トニーさんは本当に本当に至上の幸せ者だわ!
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ジェフ
| :…ありがとう、ポーラ。(顔を上げる)正直言うと、スノーウッドを離れてから1年たったわけでもないのに無性にトニーに会いたくなってね。さっきはぼくがアルタイルだったらと言ったけれど、ぼくはむしろベガのほう、機織仕事に忙しくておめかしする時間もないオリヒメのほうなんだ。生まれてこのかた勉強しかしてやってこなくて、ぼくには友達をつくる時間も、遊びを覚える時間もなかった。トニーは、そんなぼくにきっと神様が送って下さった、対等に付き合える仲の…アルタイル、ヒコボシなんだって、そんな気がしてしまって。
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ポーラ
| :あら不思議、全くその通りじゃない! 七夕の伝説とどんぴしゃだわ!
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ジェフ
| :(一気に珈琲を飲み干して)ありがとう、ポーラ。凄く気持ちが楽になった、どうやらやっと眠気と休戦協定を結べそうな感じだ。
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ジェフ、ゆっくりと退場。ポーラ、立ち上がり彼を最後まで見送って、再度椅子に座り直し、お祈りを始める。フェードアウト。
第四場
フェードイン。再度、何もない舞台。空は満天の星空。織姫と彦星が輝いている。
ポーラ
| :(声だけ)もしもし…もしもし、私はポーラ、そしてもう1人、ジェフ。あなたに呼びかけています。あなたの命の恩人であなたの大切な大親友は片時も忘れずにあなたのことを想っております。今日は星降る夜、きっとなにか奇跡が起こりますよ。
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ポーラの声はエコーになって暫く消えないが、だんだん夜空に吸い込まれていく。星星が次第に消えていく。ゆっくりとフェードアウト。幕。
七夕創作。MOTHER創作で唯一の戯曲です(戯曲にしてはかなり散文ですが…)。旧約聖書の創世記を読んでいるうちに「これジェフとトニーだー!」とむなしく反応。ふたりにはきわめて形而上学的意味での「裸の仲」であってもらいたいものです…。