トニーの日記念〜西〜

温かくまぶしい光を感じてジェフはふと目を開けます。となりでは自分と同じようにネスやポーラにプーも目を開け体を起しています。たくさんのどせいさん、アップルキッド、そして父であるアン・ドーナッツ氏の喜ぶ笑顔が見えます。そろりそろりと体を起こし、まぶしすぎる光を遮ろうと手をかざしうなだれます。

―夢を見ていたようだ。春の野辺を優しく懐かしい面影を求めて駆けて行く夢を―

太陽の光は疲れ切ったジェフの心をやんわりといたわります。高鳴る心臓から押し出された血液が怒涛の勢いで全身を駆け抜け、ぼんやりした頭をはっきりと覚醒させます。ふと顔をあげポーラと目を合わせました。

「あらら、ジェフも嬉しくって我を忘れてるみたい!」
ポーラは言いながら控え目な笑みを浮かべて十字を切った。気付けばネスは小躍りしている。プーは…大人しく目をつぶって勝利の歓喜をかみしめている。
「すっかりね」
ひゅっと肩をすくめます。
「スノーウッドという大木がぼくに帰っておいでっていうんだ、―枝がさやさやと音を立てて、ここにおいで、ここにはお前の憩いと安らぎがある―とね」

本当にぼくを呼んでいるのはスノーウッドではない、その梢でぼくを待っているあの健気なルームメイトだろう。ジェフは黙り込んでうっとりと笑います。疲れた体が、疲れた胸の内が春の風でいっぱいになります。

「それで、あんなに甘く美しい夢をみたんだ…」 メガネを袖できゅっきゅっとこすってかけ直し、ジェフは大きく伸びをしました。


遠く離れた母校に残してきてしまったルームメイトにして無二の親友、トニー。ある晩とつぜん、ポーラから助けを求める声が聞こえて寄宿舎を後にしてからどれぐらい経つだろう。この冒険中だって一時たりともあの純真無垢な親友のことを忘れたことぞなかった。夜、ネスやポーラたちが寝静まってから、ひっそりと彼のことを考えたもの、トニーはたった独り、からのベッドを横にさびしい夜を過ごしているのだろうと。

でもやっと、ぼくはあのいじらしい親友を孤独の夜から救ってやることができる、この冒険で仲良くなったネスたちとお別れするのは悲しいことだけれど、でも同時にぼくはまるで鳩のように大切な親友のところに飛んで行けるんだ! 郷愁の念と親友を想う強い気持ちがまるで新芽のようにめきめきとジェフの心に芽生えます。一斉に芽生え青々と茂った芝生、温暖なイーグルランドの肥沃な大地のようにジェフの心は潤っていました。


「ねえポーラ、ひとつ相談があるんだ。いいかな?」
「あら、私でよかったらどうぞ!」
ジェフはぜひ君に答えてもらいたい、と相槌を打ちます。生まれ故郷に大切な親友を残してきた、もうすぐ再会できるその悦びをプレゼントに託して伝えたい、彼はそっと胸の内を告白します。

「どんなプレゼントがいいかな?」
「花束だよ、ジェフ!」
2人の話をこっそり盗み聞きしていたネスがにんまり笑います。
「老若男女問わず、花って言うのは気持ちを伝える最高の贈り物なんだ。で、そのトニーって子の好きな花はなんだい?」
ジェフは苦笑しました。ネスにかかってはどんなこともお見通し、でもネスの気さくな性格はジェフを不思議と陽気にさせます。
「トニーの好きなお花なんて見当もつかないよ!」
「それ、トニーが聞いたら怒るわよ」ポーラも苦笑交じり。「じゃあトニーの誕生日は?」
「それならよく知ってる! 君がぼくを呼び出した日だもの」
「あらら」
ポーラは舌を出しました。
「それならバラがいいわ、その子のバースフラワーよ!」
「君が言うなら間違いないね、何色のバラがいいかな」
「黄色はやめといたほうがいいぞ」
さっきからじっとジェフたちの話に聞き入っていたプーまで調子に乗ります。
「黄色のバラはプラトニックラブか死せる愛の象徴だ。ドイツじゃ嫉妬心の象徴にもなる」
「ロマンチックで情熱的といったら赤いバラだよね!」
ネスも同調。それならぼくはわざわざこの貧弱な脳みそを使う必要なんてないや、ジェフは肩をすくめて笑います。

君のその皮肉が聞けなくなるのはちょっと残念だな、ネスがしんみりした声で言います。ポーラもそうね、と首をふりふり。

なんだよ、冒険中はあんなにぼくのジョークを煙たがってたくせに!

旅の仲間たちとの別れを惜しむどころか、ジェフは内心可笑しくなってくっくと笑いました。
―じゃあ続きは手紙を書くことにするよ、
「ご要望とあらば、ぼくのさえないジョークと皮肉だけからなる48枚の短い手紙を!」

ウィンターズの花屋で赤いバラの花束を買います。それをそっと腕に抱えて、懐かしい寄宿舎への道を急ぎます。一番の定期船でついたからまだ授業は始まってないだろう。なんとか授業前にあの趣深い建物に入りたいんだ。懐かしい親友にこの花束を渡して、そして彼をこの腕にかき抱いて、喜びの涙で彼の額を濡らして、一言言ってあげたい…! 急かるる想いに歩みを早め、寄宿舎の重い門をそっと押し開けたとたん。

まさに会いたいと思っていたその青年が涙ながらに駆けこんできて、自分がそうするより前にぱっと腕を広げました。こんなはずでは…親友の腕の中で自分に恥じらいながらジェフはそっと体を起こします。親友に赤いバラの花束を手渡し、喜びといじらしい気持ちに少し頬をゆがめて。

「やっと―また会えたよ…トニー!」

トニーの日と10月3日の東西ドイツ再統一記念をからめたお話。みえない壁によって隔てられていたジェフとトニーが再会する話です。ドイツではトニーは男女両方の名前になりうるので、ネスたちはトニーを女の子(=ジェフのガールフレンド)と信じて疑いません。その誤解を保ったまま、わいわいプレゼントで盛り上がっているといいな♪と思いますです。


inserted by FC2 system