逃がした小鳥を嘆いても無駄だ

「ばっかだなぁ、ジェフは!」

開口一番ネスにバカにされジェフはすっかりしょんぼりしてしまいました。クスクス笑いながらポーラが、しょうがないじゃない、とネスをなだめます。プーは黙ったまま、あっけらかんとした表情で3人の仲間を見つめています。ネスになじられ、ポーラにも冷笑され、ジェフは物乞いでもするようにプーに最後の助けを求めます。ジェフの訴えに、ポーカーフェイスの青年は大儀そうに深呼吸しました。
「どうやらことを飲み込めていないのは俺だけのようだな。もう一度、俺にもわかるように説明してもらえるか?」

事件は昨夜、スノーウッドで起こりました。ジェフとトニーの部屋のカセットラックから何者かが16年前に録画したと思われる古めかしいビデオテープが出てきたのです。それを見つけるや否や、トニーは顔をくしゃくしゃにして喜びました。それはトニーが長いこと観たいみたいと思っていたオペラの録画だったのです。きっと、先代の卒業生の何者かの仕業でしょう。科学者の玉子が集まるスノーウッド寄宿舎にもそういった奇抜な趣味を持つ学生はいるものです。ともあれ、喉から手が出るぐらいに、いや目から手が出るくらいに観たかったオペラの録画を発見したトニーは早速その太古の記憶媒体をほこりのかぶったカセットデッキに挿入しました。

トニーがカセットデッキの再生ボタンを押したおよそ3秒後に、部屋中の窓ガラスが吹き飛ぶほどの怒鳴り声が寄宿舎の廊下をつっきってはるか彼方タス湖まで鳴り渡りました。
―ジェフのバカバカバカッー!!―
「一体全体なんだってんだい!」
「ジェフでしょっ!! このテープの上からドンブリブラジャーズとやらのライブ録画したのっ!!」
鬼のように顔を真っ赤にしたトニーに食いかかれ、ジェフは思わずゴミバケツのなかに逃避したくさえなりました。

「と、トニー…落ち着いて、まずそれはトンズラ…」
「だけど! そのブラジャーズのせいでボクのパパゲーノが!」
「ブラザーズだし、彼らのライブを録画した記憶なんて…」
「ボクの大切なパパゲーノなんかより、そのブラジャーのライブのほうがよっぽど重要っていうんだ!」
「ないし、『魔笛』なんてDVDいっぱいでてるじゃないか」

うっとトニーは黙り込んでジェフを睨みつけます。こみ上げた涙が可愛い頬を伝って滝のように流れて落ちています。親友をなんとかなぐさめようとしてジェフは頭をひとひねり。
「じゃあ、罪滅ぼしにDVD、一緒に買いに行こう。ね!」

よかれと思って言ったその一言がトニーに止めを刺しました。トニーはかすれ声で「ボクのパパゲーノ」とつぶやき、それ以降すっかりふさぎこんでしまったのです。

「ばっかだなぁ、ジェフは!」
開口一番ネスにバカにされジェフはすっかりしょんぼりしてしまいました。クスクス笑いながらポーラが、しょうがないじゃない、とネスをなだめます。プーは黙ったまま、あっけらかんとした表情で3人の仲間を見つめています。ネスになじられ、ポーラにも冷笑され、ジェフは物乞いでもするようにプーに最後の助けを求めます。ジェフの訴えに、ポーカーフェイスの青年は大儀そうに深呼吸しました。

「お主は」とプーは猫なで声でジェフを見下ろしました。「トニー殿の大切な小鳥を鳥かごから逃がした上に、ペットショップでべつの鳥を買ってきてトニー殿の機嫌をなおそうというのか」
とたんに彼の表情が険しくなります、とうとうプーにまで愚か者っと怒鳴りつけられジェフは力なくその場に崩れました。

「男の人ってホント手が焼けるわね」ポーラがぴしゃりといってジェフの肩を持ちます。「少しぐらい、ジェフの気持ちもわかってあげなさいよ」
「悪気はなかったっていいたいんだろ、それはわかるよ。ジェフは軽率すぎたんだ」
ネスがうんうんと頭をふって、穏やかな表情になりました。

「オペラってさ、歌手、指揮者、オーケストラから演出に至るまでいろんなプロダクションがあるだろ。トニーは、なにか特別な思い入れがあって、そのビデオに録画されていた『魔笛』を見たかったんだよ。でも、君がトニーが見たかった唯一のプロダクションを、ほかのいろんなプロダクションの『魔笛』と一緒くたにしたから、だからトニーは怒ったんだ」
ため息をつき、ジェフは観念したようにゆっくりうなずきました。
「調べてみたら、トニーの言っていた『魔笛』は確かにDVD化されていたんだけど…」
限定数発売されたのみで、いまは入手不可能になっていた、かすれ声で言うとジェフは鼻をすすります。

「確かにぼくは愚かだったよ! そんなこと露とも知らなかったんだもの。知っていたら少しは考えたさ。でも、じゃあ、どうしろっていうのさ! ぼくが事情を納得したら、逃げた小鳥が戻ってくるっていうのかい?」
このジェフの言葉にさすがのネスやポーラも黙り込みます。一体全体、トニーの大切な「パパゲーノ」の上からトンズラブラザーズのライブを録画した正真正銘の愚か者は誰だったのだろう。少なくとも、ジェフでないことは明白です。ここ数年のデジタル化した録画技術に首まで浸ってのうのうと安穏をむさぼっているジェフにはデータを「上書きする」という危機感はおろか発想すらまるでありません。そんな現代っ子が敢えてビデオテープに、それも実際に生の舞台を見たことさえあるトンズラブラザーズのライブを録画するはずがありません。

だとしら…。


でも。どんなにジェフが自分の失態を認めてトニーに謝っても、そして事件の張本人が見つかっても、トニーの「パパゲーノ」は戻ってこないのです。

「とりあえず…トニーには謝るよ。あとは、2人で」
「あ、待ってジェフ! ウィンターズでは廃盤でもイーグルランドではもしかしてセカンドハンドとかであるかも!」
ネスがはたと手を打ち、目を輝かせます。あらそうだわ、ポーラもにこにこ笑顔。まったくお主らは楽天的で、とプーは肩をすくめています。
「よし、じゃあ、逃げた小鳥を探しに行こう。小鳥の名前はなんだい?」
「アントーン・シャリンガー」言いながらジェフは目を丸くしました。「って! トニーと同名…!」
もうぼくは一生涯、トニーって生物に振り回される運命なんだ! 笑いながら嘆くジェフを左右から腕にかついで意気揚々とネスとポーラは外へとび出します。そしてあとから呆れながらプーも。

―おいらーは鳥刺しパパゲーノ いつでーも陽気さ ほいさっさ!―
数日後、尋常でないほどのハイテンションでジェフが帰って来たのでトニーは腹を立てているのさえすっかり忘れ、ぽかんと口を開きます。

「ごめんね、トニー。君の大切な小鳥を連れ帰ってきたよ!」
茶封筒に梱包されたDVDを渡しジェフは決まり悪そうにはにかみます。半信半疑といった表情で茶封筒をほどいたトニーは、あっと声をもらしジェフにとびつきます。

「ジェフ! バカバカバカっ! ちゃんとわかってたくせに!」
「いや最初はわかってなかったよ」ジェフは臆せず首を振りました。「だから…ごめん。あのときは悪気もなかったし、知らなかっただけで…君を傷つけるつもりはなかったんだ」
それで、とジェフはトニーを抱きしめます。
「やっと気がついたんだ…このパパゲーノはこの世にたった1人だってことに。…だって」


トニーって名前の小鳥もこの世にたった1人なんだもの!

こ、これは…!いつぞやの夏休みにリアルで起こった私の中ではかなりの大事件を創作にしてみたものです。いやもう、ホント、ちょうど観たかったモーツァルトのオペラ《魔笛》の録画が見つかってわーい!と思ったら全然違う番組が上書きされていて。。これからVHSは!昔はいろいろ不便したもの、それだけ危機回避のための知恵をしぼったりおっちょこちょいしたりしたものです;トニーと同じ名前のアントン・シャリンガーは私のお気に入りのバリトンのひとりです♪


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