スウィートビターハート

今日もジェフは徹夜で道具の修理中です、ここのところずっと働きづめ、少し休んだらいいのに…そう思いながらポーラはベッドから降ります。そうです、そろそろお疲れの彼にコーヒーを入れてあげる時間。ジェフに眠気覚ましのカフェインをいれて差し上げることがいつの間にかポーラの大切なお仕事になっていたのです。
「でも。今日は特別ホットチョコ!」
小さくぴょんと跳ねてポーラはモーテルのキッチンにとびこみます。マグカップにココアの粉末を入れて、お砂糖を加えて、そして温めたミルクを注ぎます。こうすることがまったく無駄で、きっと彼には自分の気持ちなんて伝わらないことぐらい十二分に承知しているけど。でもやっぱり心と手は聞きわけがありません、マグカップから甘い香りが漂います。そこにマシュマロを3つほど落して、そして彼女は机にへばりついているジェフのもとに急ぎました。頬を紅潮させてジェフにマグカップを渡します。ポーラからホットチョコを受け取ったジェフの表情と言ったら!

どうして君はこの疲れ切ったぼくに拷問を仕掛けてくるんだい、とでも言わんばかりにポーラを敵視するような眼差し。薄い眼鏡の下で燃え上がる濃緑の瞳、それはあたかも獲物を狙う鷹のよう。 そう、ジェフは甘いものがめっぽう苦手なのです。

でもそんなこと、彼と長いこと旅をしているポーラにはよくわかっていました。だってこの前間違えてポテトに粉砂糖をかけて彼に食べさせたら、彼、ショックのあまり気絶しちゃったもの!


…今日は、だけど、特別なの。そう言おうとしてポーラは口をつぐみました。今日がなんの日か、そしてその今日という日がどんな意味を持っているのか、世の中の流行りや俗な文化に見事なまでに無頓着なジェフが知っているはずありません。それにそれを説明しても、彼に自分の気持ちを伝えるなんてきっと無理なこと、彼にその道具の修理を断念させるほうがずっと楽かもしれない。ポーラの片目からポロリと涙が落ちます。でもぶんぶんと顔を振って平生を装って。そしてポーラはごめんなさいね、と舌を出しました。

「だってね、疲れた脳みそには甘いものが一番って書いてあったの。さっき立ち読みした本に!」
「ああ、ありがとう…ポーラ」
唇を震わせてつぶやいたジェフの表情から怒りの色はすっかり消え、困惑と苦渋の様子が感じとられました。


ベッドに戻って悲しい気持ちになります。ジェフの苦手な甘いホットチョコ、それをジェフが喜んで受け取ってくれるとは思ってなかった。拒絶されても仕方ないとさえ思っていた。そのはずなのに、ジェフがどんな反応をしても大丈夫なように心構えはできていたはずなのに。…それなのにやっぱり物悲しいのは、どうしてなんだろう。悔しくて悔しくてたまらないのはなぜなんだろう。うわべだけは「大丈夫」と自己暗示をかけておいて、でも心の中ではやっぱり彼に特別な想いを抱いていたからに他なりません。

枕にぽたぽたと涙を落とします、無理に彼にチョコをあげないでいつも通りコーヒーをあげていれば、いまはきっとこんな惨めな気持ちにならなくて済んだはずなのに。でもそれができなかった自分。ジェフにチョコをあげることでジェフに対する自分の気持ちを推し量りたくて、それで敢えて虎の尻尾を踏むようなことをしてしまったのです。


でも。もしジェフが今日何の日か知っていたら、私はもっと怖気づいて彼にホットチョコなんていれてあげられなかったかもしれない。今までどおりの待遇で彼をねぎらって、そして今までの通りの波風ない、良い意味でも悪い意味でも順風満帆な彼との関係に身をゆだねたまま、いつまでももじもじしているに違いない。彼が今日という日を知らなかったからこそむしろ、私は思い切ったことができたんだ、必死で自分に言い聞かせます。そう、少しぐらい、ほろ苦い思いも…愛には必要なんだから。そして今日私は、自ら、その辛酸をなめた、それでも十分、私にとっては立派な一歩だったんじゃないかしら…。

「愛とは抑えきれないほど求められたい、と抑えきれないほど求めることである」

そう言ったアメリカの詩人がいたっけ、高揚する想いを必死で鎮めポーラは独りごちます。その気持ちが今は痛いぐらいに分かる、美しいバラの花を手折ろうとして、とげが指に刺さってしまったように…。


ホットチョコを握ったままジェフはしばし放心します。
「なんでまたわざわざホットチョコなんだろう…ポーラ。甘いものならぼくはカフェオレで十分だったのに。それとも彼女はぼくをからかう気なのかなあ、なにか彼女の気に触れることでもしちゃったんじゃまずいし」
悩んでいても始まりません、とりあえずホットチョコを机の上に置いて修理を再開しようと座りなおします。しかし。ふと卓上に置かれたカレンダーに目をやります、そして。
「ああ、ポーラ」彼ははっとしてマグカップを握りました。「やっとわかったよ! 今日、2月14日だったんだね」
連日の徹夜で青白くやつれた頬がぱっと赤く染まります。彼は目を閉じ、マグから立ち上る甘い香りにしばし陶酔した後、ぐっと一息でポーラからの温かいチョコレートを喉に流し込みました。

最後の最後まで読んでやっとこバレンタイン創作とわかる…そんなお話を書いてみたつもり。ポーラちゃんの想いがまっとうに成就するのはいったいいつのことなのでしょうか。そしてジェフは相手がポーラであろうとトニーであろうと同じ反応をするであろうほどに鈍感クン希望です。。


inserted by FC2 system