怖いお面とバレンタイン

ダスターの怖いお面を見ていると思い出すよ ―台所でチョコレートを湯せんしながらリュカは独りごとを言っています。― バレンタインのことでクラウス兄ちゃんにからかわれたこと、だって、2月になるとお店に怖い鬼のお面にお豆とチョコレートが並ぶんだもん。僕、てっきり大好きな人にはチョコレートをあげるかわりに、嫌いな人には鬼の仮面をつけて豆をなげつけて脅かすんだと思ってた。だって、ママはいつも言ってたもん、いい子にしてないとサンタさんが真っ黒のお炭を持ってきますよって。だからバレンタインもいっしょで、悪い恋人にはもっといい恋人になりなさいって言うためにちょっとユーモラスな方法で脅かすんだと思ってた。でも、僕が自信たっぷりにクラウス兄ちゃんにその話をしたら、兄ちゃん、ゲラゲラ大笑いして違うって言ったよね。

で、鬼のお面とお豆は節分のためにあるんだって。

鬼はお豆が大っ嫌いで、節分の日には鬼のお面をつけた人にお豆を投げ付けて鬼を追っ払い、厄払いをするんだよ、ってそう教えてくれたっけ。なんだ、そういうことだったんだ。今から思うと、本当、可愛い勘違いだったなァ。クラウス兄ちゃんと一緒に節分のお豆を食べたのは3年前…。 僕にはもう僕とおんなじ分お豆を食べる人はいなくなっちゃった。

クマやんはきっと僕より年上だし、年齢聞くと怒り出すから分かんないけど、ダスターは文字通りおっさんだし。―苦笑しながらも悲しい思いを振り切って型にチョコを流し込みます。―

でもきっと、きっとクラウス兄ちゃんもどこかで僕とおんなじだけお豆を食べてるんだもんね。それに明日はバレンタイン。へへ、クラウス兄ちゃん。もう節分とバレンタインはごっちゃにしないよ、だって年齢とおんなじだけチョコを作ったらクマやんは烈火のごとく噴火するだろうし、おっさんは僕の何倍もチョコもらっちゃって絶対不公平だもん!

クスクス笑いながらとっておきのガトーショコラの準備をします。

ママがいなくなってからお台所のお仕事も板についてきました。チョコレートは湯せんしなくちゃいけないってこともちゃんと知っています。
「さあ、できたっと!」
キッチンテーブルの上に並んだショコラの包み紙。今となっては家族とおんなじぐらい大切なクマトラとダスターに勇敢で頼りがいのある愛犬ボニー。それからそれから…。大好きな大好きなクラウス兄ちゃん! 指さし確認しながらリュカは上々の出来に小さくガッツポーズしました。

次の日。みんなにショコラを配ります。クマトラもダスターも、リュカが作ったのか! と満面の笑みで受けとります。
「すごいなぁ、リュカ! これ、売りに出せるぜ」
「ホント、こんな美味しいチョコもらったの生まれて初めてだ」
「おっさん、バレンタインにチョコもらったことだって生まれて初めてだろ!」

せせら笑うようなクマトラの一言にダスターは息を詰まらせ、そしてへへっとバツ悪そうに肩をすくめます。そんな2人を見ながらリュカも得意げに胸を張ります。足元ではボニーが食べるのを惜しむようにショコラを見つめています、でもとうとうたまらなくなってペロンとひとなめ「うわん!」。ボニーも嬉しそうだな、クマトラが目を細めるとダスターもうんうんとうなずきます。

「リュカはホント、優しいな!」
「あったり前じゃないか、リュカは俺たちの誇りなんだぜ」

ダスターもクマトラも、本当のパパやママみたく目を細めてリュカを褒めてくれます。2人にそこまでされるとさすがのリュカもなんだかくすぐったくなってしまいます。

「また来年作ってあげるからね!」
愛犬の頭をよしよししながらリュカはヒマワリのようににっこり笑いました。


大好きなクラウス兄ちゃんへのチョコを、兄ちゃんの枕元に置いてリュカにベッドにもぐりこみます。本当にチョコを渡したいのは、心から「バレンタインおめでとう!」って言ってあげたいのは他でもないクラウス兄ちゃんなのに。今晩何事もなかったように突然帰ってきてショコラ、食べてくれないかな、リュカのことちょっとは見直してくれないかな…こみ上げる悲しみを押し戻し、リュカは夢の世界に落ちて行きました。

翌朝、目を覚ましたリュカははっとしました。クラウス兄ちゃんの枕元に置いておいたショコラの包み紙がなくなっているのです。そして自分の枕元には小さなメッセージカードと美味しそうなチョコレートが置いてあります。震える手でカードをつかみ、ドキドキしながら読み上げます。読みながらリュカの目から涙があふれます。ずっとずっと忘れていた何かを思い出した気分、それと一緒に言いようのない切なさと申し訳なさが小さな胸の中いっぱいに広がっていきました。

「俺の大切なリュカへ。兄ちゃんへのチョコ、あずかったよ。兄ちゃん見つかったら真っ先に渡してやるからな。そして可愛いお前にもチョコ置いていくよ。ずぅっとひとりぼっちにさせて、心細い思いさせて…ごめん。
父フリント」

バレンタイン創作です。リュカからみんなに友チョコのお話(ワタクシはチョコレート大嫌いなのでリュカのようにガトーショコラ、おいしくつくれる自信皆無です・苦笑)。さらには息子たちが大好きなフリントの存在も忘れちゃいかんな…と強く思いますです。


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