悪魔の難題

天をつんざく稲妻の応酬、バリバリと今にも砕け散りそうに震えるシールド、飛び交う強力なPSIの気。一手に4人を相手しながら隻眼の男は不敵に微笑みながらリュカに歩み寄ります。リュカと同じぐらいの背丈の小男。仮面にすっぽりと素顔を隠した小男。絶えずPKラヴを放つリュカをもろともしないようで彼は邪悪な視線を小さな敵に注ぎます。

キラっと男の片腕から黄金色の光線が走ってリュカの頬をかすめます。それと同時に、男の背後をとったダスターががっちりと相手を羽交い絞めにします。間髪いれずにリュカは地面を蹴って飛び上がり、最後の力を振り絞って小男の頭に強力なPKラヴを浴びせ止めを刺そうとした刹那…。

強い衝動が小さなリュカの体をがっちりとつかみます。仮面の下からのぞいた男の童顔、背丈どころか年齢までリュカと瓜二つ、そのことをとっさに悟るや否や。

―やめて!

懐かしいママの声が天から降り注いだような気がして…全身の力が抜け、掌に蓄えられた残忍な超能力がみるみるうちにその力を失っていく…。力なく地面に着地したリュカを仮面の男の強い気が襲います。体が砕けるような感覚を覚えリュカは地べたに突っ伏します。クマトラが「バカッ」と叫びながら男に殴りかかるのも、ダスターが地獄の形相で男を蹴り飛ばしているのも、気が遠のいていくリュカの目と耳にはとどきませんでした。

「なあリュカ」
リュカの意識が戻った時、彼はどせい谷の洞窟の中で、クマトラ、ダスターとボニーに見守られるようにして横たわっていました。
「どうしてあのとき、何もしないであの仮面の男の頭上を飛び越えるようなマネをしたんだ? あやつに止めを刺す絶好のチャンスだったのに」
「わからないんだ」
リュカはうなだれます。
「仮面の男に対する憎悪が一瞬にしてなくなった…よく分からない不思議な力が僕を止めたんだ、不可解なことに―懐かしさ、憧れ…そして愛の力が」
「やっぱりな」
クマトラが魔女のように目を光らせます。
「オソヘの城で古臭い書物を読んだことがある。ざっとこんな話だ。世界を戦乱が取り巻いていたころ、ある国に乳飲み子の王子がいたそうだ。あるとき王子の枕元にジプシー女が立っていた。城の者が恐れおののいてジプシー女を捕まえ火焙りにしたが…同時に王子がいなくなり火の燃えカスから赤ん坊の骨が見つかった。王子には兄がいて後々ルーナ伯爵と呼ばれていた。年月が過ぎ、ある夜城の近くに白馬に乗った吟遊詩人が現れた。そいつは残された伯爵の恋敵にして―伯爵の弟を殺したジプシー女の娘の子ども。確固たる因縁を感じ2人は剣を交えるが、どうしたわけかあとひとつきのところで吟遊詩人は伯爵に止めを刺すことができない」
「クマ…」
「その吟遊詩人さ、おっかさんに頼んで自分の出生を聞いてみるとだ。自分の祖母は城の王子を占ったことで火あぶりにされた、そのとき彼の母親は乳飲み子の息子を抱えたまま処刑を止めに向かう。が時すでにおそし、燃え盛る炎の中から母親の『復讐せよ』の声が聞こえ、彼女はとっさに城から王子を奪いそのまま火にくべようとした、ところが。無垢の王子の寝顔に憐憫の情が芽生え、錯乱状態に陥った挙句、誤って自分の息子を火にくべてしまった…それで。やむなく奪い去った王子を自分の息子として育てることにした、というワケだ」


クマトラの話をろくに聞かずにリュカは眠り込んでいました。小さなご主人のかわりにボニーが悲しそうに鼻をならします。ダスターも、何かを悟ったように、悲しそうに目を潤ませました。

―うすうす気が付いていた、あの仮面の男。この平和なノーウェア島を近代化させ、労働と苦しみ、恐怖と戦乱の世界に陥れた集団の頭取と思われるあの仮面の男は…行方不明のリュカの兄貴なんじゃないか。クラウスは母親の復讐をしようと森に入って、本来仮面の男となるべき人間のキマイラを見てしまった、子供とはいえ、計画の肝を抑えられてはブタどももクラウスを野放しにはできまい、さっさと捕まえてその場で殺すのが賢明というもの…それなのに。ブタの一人が手違いを犯して、もとの仮面の男を殺してしまった。やむなくその身代りに、あのクラウス坊やがキマイラ化されてしまったとしたら―


なんという運命だろう! そうしてリュカが仮面の男を手にかけたとき、奴らは言うのか、―ざまみろ、それはお前の兄貴だ! ―と!

「なんでまたよりによって、この世の中の穢れを何一つ知らないふたつの無邪気な魂が、自分勝手な大人の貪婪の餌食にならなくちゃ!」
「悪魔の難題か」
ダスターはすでに覚悟を据えたような目で前方を見つめています。
「悪を持って善となす…リュカもクラウスも互いの立場を知って、またひとつ大人になるのかもしらん、理不尽な経験を経て、人は成長していくものだ…だが。その理不尽という言葉でさえ、今の2人に課された試練を形容するのには優しすぎるぐらいだがな…」
「おっさん…」
「今まで俺たちの最大の敵はあの仮面の男だと思ってきた。だがクマトラ、お前の推測が正しければ…俺たちが対峙しなくてならない敵はもっともっと強力な、あの仮面の男をも操る大黒幕ということだ。あの仮面の男が素顔を見せたとき、今度こそ、その大黒幕がやけをおこして罪なきふたつの魂を抹殺しなければいいが…いやそうなったら、俺たちが全身全霊かけてリュカとクラウス坊やを守ってやらなくちゃならん」


リュカが回復するのを待ってチュピチュピョイ神殿の扉を押しあけます。4人を待ち受けるのは…想像を絶するエンターテイメントシティ、ニューポーク。そんなこととはつゆ知らず、4人は残忍な現実に立ち向かう決意新たにリムジンに乗り込むのでした。

ヴェルディのオペラ《イル・トロヴァトーレ》を観に行ったときにですね…!思いついてみたお話です。まさかのクラウスがマンリーコ設定です(彼はテノールだったですな)。クラウスはPKハイCを試みたッ!
クラウスは本当はその場で殺されるはずだったのに、ブタマスクのひとりがヘマを犯して、あらかじめ用意(?)してあったしきかんどのを殺してしまい、やむなくクラウスがその代用にされたとしたら…なんぞと妄想が広まりましたのです。そしてやっぱりおっさんがいい味を出しています。


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