この世で一番いいところ

じんわりと熱さの増す初夏の夕暮れ。この夏一番乗りでけたたましく愛の讃歌を奏でていたアブラゼミは、渾身の十八番を歌い終えたとみえお疲れのご様子で牧場近くの広葉樹にへばりついています。
夏は日が長いといえ、うかうかしているとあっという間にあたり一帯、万年筆のインクを手すき紙に浸すようにコバルトの薄い帳がおりてしまうので牧場主はへばってなんていられません。大切な植物たちは紺鼠のカーテンに包まれると気孔を閉じて眠りについてしまうので、その前に夕方の水やりを終えなくては窒息してしまいます。

愛くるしい動物たちもお天道様が西の彼方に半分ほど姿を隠すとどこにいようがいそいそと寝支度を始めてしまうので、早いところねぐらに戻してあげなくてはなりません。羽の間に首を突っ込んだ鶏を無理にでも抱き上げようものなら最後、とんでもなく冷淡なお仕置きがむこう数日間は約束されたも同然。彼女たちの毅然たる絆と態度は、豪邸育ちのお嬢さまエリーゼやら、なにかにつけて大人の余裕を見せつけようとするイリスやらの比でないのです。

まあつまりは早い話、彼女たちの意思表示はきっぱりとしていて容赦というものが桃の産毛ほどもなく、いやいやもはや0か100しかなく、そんな頑固実直な彼女たちの姿はむしろ、人間という種がいかにいい加減に、生易しく堕落した種であるかということを如実に通観させるものですらありました。

日の入りとともに最後の鶏を小屋に入れると、イブキはそこに愛する妻の姿を認めました。鶏とうさぎの独特な臭気が相乱れ、慣れない人ならものの数秒で蕁麻疹を起こしそうな「にわさぎ小屋」の床に平気でうずくまり、なにかを抱きしめせっせと小さな指先を動かしている彼女。

―ははぁ、また魅惑のふわふわに指をからめとられて動こうにも動けなくなっているんだな…! そういう時にはこれが効くんだ、その耳をこちょこちょこちょー…じゃなくって!

♪コメ ジェンティ〜ル ラモッティア メッツィオ アプリィ〜ル♪
♪そおっと扉を〜 あける〜ボク〜♪

「きゃっ」
突然のささやき声にはたと我に返る彼女。丈の長いスカートに包まれた細い両の膝からおがと白い羽毛、さらには桃色の毛玉まで転がり落ちます。イブキの嫉妬の相手はまさかの飼いうさぎ、ふくくん…なのです!

「いっ、いつのまに戻ってきてたのかな? えっと…!」
「ひどいじゃないか、空は群青、月は煌々と輝いている、ボクはドアを半分開き、こんな にも君がやって来るのを待ち焦がれているというのに、君はまだボクに会いに来てくれないのかい?」
「えっと、えっと…!!」

イブキの意地悪な追い打ちに愛する妻はいたずらのばれた子犬のよう。動物好きの妻は仕事が終わると牧場に一目散、ふんわり毛の生えたアンゴラウサギをひとり占めして悦に浸るのを一日のご褒美としているようで、その光景はこれまで一体何度イブキの目に飛び込んできたことか! 

おかげさまでイブキも愛うさぎに謂れのない嫉妬を覚え、リーリエの言う「ミワクのふわふわ」を受けて、ドニゼッティのある有名な一節を唄ってお見舞いするわけなのですが、そのたびに彼女はよからぬ現場を押さえられたとばかり「あたし悪いことなんてしてないもん」とでも言いたげに、うさぎにも劣らぬ速さでぴょんと立ち上がり、相も変らぬ身ぶりで太陽に恋したリンゴみたいな頬を両手で包み、それからぶんぶんとハエだかアブでも追い払うように頭を振って、最後に背中で両手を組んでんーと伸びをすると、「本日もよいお日柄で…」とかなんとか、必死で場を取りつくろうと謎めいた発言をするのだから!

「わかったわかった、俺の負けだ。俺だってたったいま終わったとこだから、ヘンネが柵をくぐってわざわざ畑まで害虫駆除に出張してくだすったようでね。お迎えにはせ参じるのに時間がかかったんだ」
「ええっ、それはヘンネちゃんも大変だったね、害虫駆除だけにフリッツさんの鶏を外注いたします、なんてね!」
「おいおい頼むぜ、あそこんとこの鶏なんて外注したらその目付け役まで常駐させなくちゃ!」
「それではエリーゼさまのお女中を…」

さすがにそこまでガードを固められると畑の青虫やらベニフキノメイガの幼虫やらに憐憫の情さえ芽生えかねないと若き牧場夫婦はつまらないダジャレの応酬はいったん打ち切りにし、真面目モードに入ります。

「いよいよ明日だよね、家族旅行。天気は大丈夫かな?」
「うーん、実のところ、目的地のサクラの国のトウホク地方から太平洋側にかけて高気圧が張り出しているところを、中心気圧約950ヘクトパスカルの台風12号が通過中で予断は許さない感じですね。すべて、太平洋高気圧さんの気まぐれ次第といったところです」
「そりゃ参った。せっかくの旅行なんだもの、こう蒸し暑いのも困るっちゃ困るけど、台風なんかにのされちゃ別の意味で思い出に残る旅行になっちまうよ」
「大丈夫! 明日はあたしの知る限り、この町一の晴れ男も連れて行きますから!」
「あは、そうか、それなら鬼に金棒、サツにゲバ棒だ!」

うーんと、ところで…と「にわさぎ小屋」での厳粛な家族会議が終わると、頼れる妻は秋の空のように、か弱いメルヘンの乙女に様変わりします。

「ふくくんの、このふわふわは殺人レベルだよ、うん、そう…コメ・ジェンティール…こう、ずっと、さわっていたくなる…うう…やっぱり、魅惑のふわふわだ…」

やーれやれ、ふくくんは夜の小屋内うさんぽが終わったら21時には丸くなって寝ちゃうんだからね、あんまりじらすと嫌われちゃうから気をつけなよ、そう釘を刺しながらもイブキはまた分かっていました、ふくくんも、あるピョンピョン祭りで彼女と出会い、うさぎ好きの彼女を気に入った、そればかりか、彼女がこの牧場の一員となってからというもの、彼女のその狂おしい我がままを喜んでさえいる節まであるということを。

柔らかくて小さいものを見ると衝動的にもふりたくなってしまう彼女の哀れな性、そのせいで自分の寝る時間が多少削られようが、ふくくんは「んーまいっか」と言わんばかりのすまし顔で鼻をひくひくさせているのです。―これがイブキとなれば腕の中でじたじた暴れて眉間に怒筋まで浮かびそうな形相となるのに…!

ともすれば妻はテレビの取材中にうさぎのツボをおさえるもふりかたを教わったのかもしれない、それとも天性彼女にはそんな素晴らしい才能がさずけられているのかも…。

果樹によじ登った挙句おりられなくなり大騒ぎを起こしたことのあるお転婆娘…と思わせ、女子校育ちのいいとこさんでフルートを吹きこなし、お料理も上手な申し分のないお嬢さま…と思わせ、勤勉なお天気キャスターでいまや各地で引っ張りだこのキャリアウーマン…と思わせ、鶏糞の上だろうが臆せず座り込んでしまう肝っ玉母さん―彼女を妻に選んだイブキでさえどれが彼女の本性なのかいまだイマイチつかめていない始末。

…でもふくくんの口はあたかもこう言っているようなのです、ちょうどむら雲が美しいお月さまを隠してしまうように、父親が重度の動物アレルギーを患っているために彼女の動物愛は思う存分輝くことをはばかられてきた。「お姉さん」らしくいることは彼女の淋しさをどんどん増幅させる、相当のお転婆であった彼女、本当のところは今だって、スカートにうさぎや鶏をふんわりのせ、そのすそをつまんで田舎娘みたくとう立ちでくるくると回って、羊と牝牛の背中をつま先で飛び跳ね、みずたまりにばしゃんと落ちて泥まみれになってはしゃぎたいんだ…。

ふくくんには妻の淋しさが分かるのでしょう、主には辛口のふくくんがその妻には別うさぎのように甘々になるのを見ていると…謂れのない嫉妬心もバカバカしくなり、妻のリーリエがそうやって自分を夫に選んだことで得た最高の贅沢を心行くまで堪能してくれているのだということ、さらには娘に思う存分動物と触れ合わせてあげたいと願っている義父の思いに自分たちは十分応えられているのだということが、こそばゆくてたまらなくなります。

そして、そうした感情は、お祭りの勲章以上に牧場主であるイブキを勇気づけるのでした。

「ふくくん」という幸せそうな名前は、イブキがこの町に越して来る前にとあるうさぎカフェで出会った、ふっくりとした、決してイケメンではないけれど兄弟思いの末っ子うさぎからもらった名前。ホーランドロップとネザーランドドワーフのハーフで、彼だけはお兄ちゃんたちと違って片耳が立っていてもう片耳が垂れている「いいとこどり」なうさぎ、初めて会ったときからイブキもその不思議なお耳を持つ「ふくくん」が大好きでした。

ところがその「いいとこどり」が、カフェのお客さんには「中途半端」と映ってしまったのか、兄弟たちの家族が次々決まる中で「ふくくん」だけはなかなか新しい家族が現れなくて…でも当時下宿暮らしをしていたイブキは動物を飼うことが出来ませんでした。やるせない思いで、一日でも早く「ふくくん」の魅力が分かる家族が現れますように…と願っていたある日。

「ふくくん」とずっと仲良くしていたとある女の子が、とうとうお母さんからお誕生日のプレゼントにうさぎを飼っていいよ、とお許しが出て、「ふくくん」のケージへ一目散、「この子がいい! この子に会ったときから、ずぅっとこの子がいいって思ってた!」と笑顔で指さしてくれた。

「ふくくん」の家族が決まったと知ったとき、イブキも自分の家族のことのように嬉しかったのを今でもよく覚えています。でもやっぱりごひいきさんとのお別れは悲しくて…いつか自分がうさぎを飼うことがあったら、絶対に「ふくくん」と名前を付けよう、とそう心に決めて。

そしてその「いつか」がやってきた、「ハーフ」の「ふくくん」のまるで正反対、折り紙付きのアンゴラで耳も両方ともピンとしているイブキのふくくんは、シルクロードの国からはるばる砂の海を越えてやってきました。

そのふくくんがこうして妻の腕に抱かれ妻を癒してあげているのを見ていると…きっとあの「ふくくん」も今頃、小さなご主人さまを癒してあげているのだろうな、そんな気持ちに包まれるのです。もしかするとあの「ふくくん」は新しい名前をもらったかもしれない、でも「ふくくん」の名前の響きがもつ福徳パワーはこんなにもひとを倖せにしてくれる。兄弟思いの「ふくくん」に、寂しがり屋のリーリエ思いのふくくん。突如、イブキはなにやら自分まで魅惑のふわふわに毒されたような気持ちになってしまいました。

「よし、じゃ、俺はザイフェルトを洗いに行ってくるよ。今日はそれこそエリーゼ嬢との陣取り合戦で牧場と貿易ステーションなんども往復させちゃったから。丸洗いして、マッサージして、いい香りのオイルを塗って、それから飼いつけ。それまであいつの腹袋がもてば…だけどね」
「わかった、またあとで、お勝手でね!」
「服についた鳥の糞、払っとけよ!」

外で待たせている愛馬のところに急ごうと「にわさぎ小屋」を出ようとしたイブキは、もう一羽飼っているうさぎのおもちに足をひっかけられそうになりました。

「あっ、そうそう、くれぐれも! おもちにやかれないよう気をつけるんだよ。おもちは俺と違って、ふくれたら最後、物分かりよくないからね!」
「はーいはーい、大丈夫でーす! あたしの愛は平等なんだから」

瞬息の間でおもちもスカートにのせ、リーリエは悪女っぽく微笑みます。―異性とはなかなか打ち解けられないと言っていた彼女の心をここまで成長させ、彼女にあんなことまで言わせるなんて…まったくうさぎ…魅惑のふわふわ…恐ろしや!

初夏の夜、お互い仕事で忙しいイブキとリーリエはふつうの感覚からすればだいぶ遅めの食卓を囲み、旅行の計画に心弾ませます。夫婦になってから初めての旅行、それは一般には新婚旅行、あるいはハネムーンと呼ばれるものなのでしょうが、2人の場合はまたかなり勝手が違っていました。

…というのも動植物の命を預かる牧場主のイブキにテレビ出演の依頼が絶えない人気タレントのリーリエ、ひとり旅行ですらなかなかと日が確保できないところ、それが2人ともなればなおさらで、妻の暇が取れ、旦那の牧場はベロニカさんと他の牧場主たちが世話をするということで2人の予定があったころにはもう、新婚なんざうさぎの毛のようなふわもふな時期なんてとうに脱ぎ捨てられてしまい、そんならいっそ親孝行させてくれ、異例のこぶつきデートの伝説を持つ俺たちだ、かまうもんか! とイブキが言いだし、これまた異例の「親つきハネムーン」の伝説を、新郎新婦公認のもとこさらえる下りとなってしまったのです。

―イブキとリーリエのおしどりぶりは言うに及ばず、イブキと宿屋一家の仲の良さもまた町中の評判で、その牧場主か宿屋一家の名前を耳にするだけで、町のだれもが全くの他人事なのに思わず口元と目尻がゆるんでしまうほど。

ですから、いくら風の噂がイブキが義父と義妹を夫婦旅行に誘ったと触れ回ろうが、誰一人としてイブキの常識を疑ったり、宿屋の主を咎めたりはしませんでした―こんなにも格好のネタが歩いて数分の広場に蔓延しているというのに、小説家のイリスすら、呆れているのか驚いているのかこればっかりは手を付けてはならない天然記念物と傍観に徹するのみ!

宿屋の仕事は長らくそこに滞在中のナディたちと、そこの主と親交の深いゲイザー夫婦が代わりを務めることで話が決着し、あとは出発を待つのみ。明日の朝には旅行会社のヴァルターさんが牧場まで一家を迎えに来てくれることになっています。やはり唯一の心配事は動物以上に行動の読めない高気圧と台風ぐらいなもの。夕飯のトマトのカプレーゼをつつきながらリーリエは微風のように笑います。

「お父さん、絶対喜ぶよ。イブキが誘ったときには、いいから夫婦水入らずで楽しんで来いなんてはねつけたけど。ホントは誘ってくれたことが嬉しかったの。なんたって、イブキのこと、初めての息子だって大はしゃぎなんだから」
「俺もだよ! 義理の息子ってもっとぎすぎすしちゃうのかなー、なんて思ってたから。この町に身寄りすらない俺を、まさかそんな風に受け入れてくれるなんて」

そうね、お父さんはメルティにもバレバレなぐらい寂しがり屋だから…お義理なんてもうどうでもいいんだと思う、とれたての甘酸っぱいトマトをもぐもぐしながらリーリエはお手手間に口を尖らせ続けます。

「何度も言っちゃうけど、あなたがあたしに指環をくれたあの夜、イブキ、すぐに焼き魚もってあいさつに来てくれたでしょ。それでお父さんってばもう、ほんっとにしかめっ面しながら赤飯炊いたんだから! 喜んでるのがそれこそバレッバレで、メルティも目のやり場に困っちゃって…ああ、もうっ、いやっ、思い出すだけでも恥ずかしおかしい!」
「ははっ、お前のその顔で分かる、義父(とお)さんがどんなんだったか! 親子ってホントよく似るも…いや、いや、悪かった、言葉が過ぎた、笑ってごめ…ちょ、オリーブとトマトの雨降らせるのはやめて、お前らしくないっ!」

突然吹き始めたリーリエのつむじ風をなんとか止ませようとお皿片手に必死でジェスチャーに平謝りのイブキ、ついにはモウしわけありません、とハナコの鳴きまね、それがダメならお怒りはケッコウとヘンネのまね、それすら功をなさずとうとう愛犬のしっぺいに目で助けを求めるもその忠実な茶柴は知らんぷり…。

そう、犬も喰わない夫婦喧嘩はたいてい奥方の張り手で仲直りと相場の決まっているもの。お勝手中に鳴り渡るピシャーンッ! で、またしても今度はトマトのように真っ赤になってしまったリーリエは、「お父さんのバカッ」と肩をすくめ、怒りのやり場にひっぱたいてしまった旦那の頬に軽く口づけして首を垂れると、ごめんなさい、とばかりに上目づかいにイブキを見上げました。

「ああよかった! またリーリエが俺のよく知ってる、優しくこうべを垂れた白ユリになった。よし、皿は俺が洗っとくよ。今夜は、太平洋高気圧に頑張ってもらうよう祈願してお開きにしようか!」

―しかめつらでお赤飯…か―

ステンレスのシンクに向かいながらイブキはしばし述懐に耽ります。パシャパシャと蛇口から吹き出す水が手元で無邪気に戯れます。

―モーリス義父さん…俺にはあのとき「結婚式には呼んでくれよ」と大口開けて笑っただけで、俺はモーリスさんの心境を慮って、いやもう考えすぎて、あの夜眠れなかった。お父さんの大切な白ユリに俺は手を出してしまったのだもの、愛娘をとられる父親が複雑な気持ちにならないわけないじゃないか、父親は男児の最大の恋敵ってヤツ、これがイリス嬢の書かれるメロドラマの類なら、即行ちゃぶ台がひっくり返るか張り手で門前払い、恋敗れた男児は娘の出窓の下に立ち、ラウテかギターで切ない愛を唄って、最高で最悪の結果、2人は駆け落ち…って覚悟していたのに!

あの大男はあんな言葉と態度で俺の被害妄想を一瞬で吹き飛ばして下すった、おあいにく様、イリス嬢。…だけど、だからこそ俺は逆に悩んでしまったんだ、モーリスさんは悲しくて寂しい気持ちを懸命に誤魔化していたんじゃないか、義理の息子に辛い顔は見せられないとやせ我慢でもしたのだろうか、いやまてつまりおもんぱかられているのは俺のほう? 

俺は一晩中悩んで悩んで、どうお父さんに頭を下げようか文言を練ろうとして、結局はそう、モーリス・ラヴェルの《ボレロ》のように考えは堂々巡り、一晩で体重まで落ちた。そのあとにリーリエからお赤飯の話を聞かされて脱力のあまり診療所に運び込まれ、アンジェラさまのありがたいお説教まで賜った。

―もっともリーリエの幼馴染でかつお隣さん、モーリスさんにも生まれたときから可愛がってもらっているアンジェラさんはモーリスの特異性なんて千も承知と見え、最後にはやれやれと苦笑して俺を憐れんでくれたけど―

俺に向けられたモーリスさんのあの言葉と笑顔はカモフラージュでもやせ我慢でもない、モーリスさんのありのままの本心だった…それにしてもだ、娘には曇り顔で、婿には晴れ顔って…まったく、親子そろってどこまでわかりにくくて、どこまでわかりやすいやら、お天気屋ってばまさにあの家族のことを言うのさ、…でも俺だって自分に対してどこまで素直かって言われたらもちろん感情を偽って仮面をかぶる嫌いだってある、だから嬉しいくせになにやら誤魔化そうとするリーリエの気持ちもよく分かる、それでいてミステルに「顔を見ればわかりますよ」と一笑に伏されるぐらいすっぴんぴんなときもある、そんなときには俺は義妹になるメルティと意気投合して「じゃ、一緒にデート、ついてこいよ」なんて他意なく平気で言えてしまう。

―まあだけどなんだろうな、人のこととやかく言えないぐらいに自分がお天気屋なものだから、イリスさんの小説通りにゃあいかないあの豪快で何かと器用なモーリスさんとばっちり息が合うんだと思うよ…―

じっくりと心の中で付け足し、洗い上げを終えると、イブキは大きく伸びをしました。


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