夢見がちなバラの蕾

馬小屋の屋根に舞い降りた小鳥たちは内緒話をするように啼きました。
「チーチーチー! 明日はバレンタインなんだ。大好きな人にチョコレートをプレゼントする日なんだ」
「チーチーチー! でも、ホントに大好きな人には真っ赤なバラの花をあげるんだよ。恋の情熱がチョコレートをとかしてしまうからね」
そう言った小鳥は、自分の言葉にすっかり陶酔し「恋の情熱が」と力強く繰り返しました。

小鳥の話を聞いていたシウンは思いました。僕の大切な人、リオンさん。彼のやさしいまなざしと微笑みが僕の心をとかしてしまうように、彼に対する僕の想いはきっとチョコをとかしてしまうだろう。だからバレンタインには是非ともチョコではなくて誇らしげに凛と咲く深紅のバラを用意しないと。恋の情熱に臆せず張り合える深紅のバラの花、胸をも焦がす愛の炎のなかでも堂々と咲いていられる高慢ちきな真っ赤なバラの花を!

シウンはそこで、牧場の端のバラに話しかけました。
「こんにちは。あなたは赤いバラですか?」
バラはちょっと頭を上げて首を振りました。
「残念ながら、私は禁欲に接吻されたプラトニックラブの黄色いバラです。赤いバラをお探しなら牧草地の端を訪ねなさい。私がそこのバラを妬まないうちに」

シウンは牧草地の端にこんもり生えているバラの茂みに尋ねました。
「ここに赤いバラがいると聞いたのですが?」
「あら、あたしは愛のキューピッドの矢でそまったハピネスの桃色のバラなの。赤いバラをお求めなら畑の隅を訪ねてちょうだい。私がそこのバラを恋しちゃわないうちに」

シウンはそこで、畑の先まで歩いていきました。
「ここにくれば赤いバラに出会えると聞いたのですが」
「まことに申し上げにくいことに、小生永遠の愛を誓った純真無垢な白いバラなのでございます。牧場外の垣根の近くに、赤いバラの知人がおりますからどうか貴方からよろしくとお伝えください。小生、赤いバラと愛の誓いをたてたくないもので」

垣根の近くに立派なバラの木がありました。
「ここに白バラの知り合いの赤いバラがいると聞いてきました」
「確かに」とバラの木は言いました。「私は赤いバラです。ワインより赤く、マグマより熱い情熱の赤いバラです」
「それはよかった、ちょうど僕は真っ赤な愛のバラを探していたんだ!」
「私の蕾は固く身を閉ざしたまま、まだまだ開くつもりはありません」
赤いバラは淡々とした口調で続けました。彼女があまりに淡白な口を聞くので彼女の枝に住まいを作っていた天道虫は悲しくて引越しをしようかと考えしまうほどでした。
「それは困ったなァ。僕は明日までにワインより赤くマグマより熱いバラの花が欲しいのに」

シウンが困ったように言うとバラは少し黙って、そして続けました。

「1つだけ私の蕾を開かせる方法があります。私の蕾は真の愛を流し込まれたとき、ことさら深紅に花開くのです。あなたが心から愛している人がいるのであれば、その人のことを強く念じ、私のトゲを胸に押し当てなさい。あなたの心臓からほとばしった鮮血は愛の炎の川となって私の蕾を揺さぶり起こすでしょう」


夜になり鉄の月が冷たい空に上がるころ、シウンは赤いバラのところに向かいました。おぼろ月が大きなバラの蕾を冷たく照らします。蕾は冷酷な光に固く身を閉ざし黙り込んでいます、恋することをすっかり忘れ不貞腐れているのです。シウンはバラのトゲを柔らかい胸に押し当て、夢見心地で白い月を見上げます。怖いぐらいに静まり返った夜。無表情な月は純白の衣に身を包み、不気味な視線をシウンに注ぎます。

負けてはだめだ、シウンはじっと愛するリオンのことを思い浮かべました。チクリと胸が痛みます。ハチが花を愛するように、甘い情熱には痛みが伴うのです。

「さあ、それでは月が隠れる前に蕾が目覚めないよ、もっと深くトゲをさして、そして愛する人のことを想いなさい」
バラの花がせかすように言います。シウンは目から涙を流しリオンのことを想います。蕾が震えほんのり赤く色づきます。シウンの胸からほとばしった愛の奔流はしょうがないほど激しく冷淡なバラの花を揺さぶります。

「さあ、それでは蕾が寝ぼけ眼で咲いてしまうよ。もっと、もっと強い愛を注ぎこんでおくれ」

だんだん赤く染まっていくバラ。シウンは胸の痛みを忘れ、愛するリオンに赤いバラをプレゼントできる喜びに顔をほころばせました。バラのトゲはさらに深く胸に突き刺さっていきます。リオンに対する愛の炎がトゲを伝って動揺する蕾を赤く染め抜きます。冷たい月がほんのり優しい光を蕾に向けます。熱い愛の息吹に夢見がちな蕾は恍惚とした表情で月を仰ぎ、そしてとうとうトゲがシウンの心臓深く突き刺さると蕾は白い月の光を浴び、炎のように赤く燃え狂い咲きました。


ティナはリオンの牧場近くの垣根に、一輪の赤いバラを見つけました。彼女は感謝祭の日にリオンにあげる特別のプレゼントを探してずっと村中を走り回っていたのです。それが実はリオン牧場のすぐ近くにあったのだということを知ると、彼女はとびあがってそれを手折りリオンのもとに向かいました。

「お前の顔を見てるとむしゃくしゃしてくるんだ」リオンはバラには見向きもしないで言い捨てました。「なんのつもりかしらないけど、ボクに媚売ったって時間の無駄だぞ」
「あらだって今日は感謝祭の日よ、このバラは私からリオンにプレゼントなの! なんて素敵なバラでしょう、この赤にまさる赤は世界中さがしたって見つかりっこないわ」
「フン! じゃあ、せいぜいバラの花に恋することだ」
小ばかにするように鼻で笑うリオンにティナはいきり立ちます。
「私はあんたがバラの花で喜んでくれると思ったのに! まるで恋なんてきまぐれな野の鳥といっしょなんて言いたげね、いいわよ、じゃあどこにでも好きに飛んで行けばいいんだわ」
悲しくなったティナは牧場をとびだしました。泣きじゃくりながら彼女は、無用の長物となったバラを投げ捨てます。


地面に落ちた赤いバラの上を一台の馬車が通って行きました。馬車にひかれたバラはふわりと宙に舞い、そして冷たい水の流れる側溝に滑り落ちました。

しあうたから、オスカー・ワイルドのような話を書いてみようと思って、この感謝祭創作です…。小鳥やらバラやらしゃべったりして、童話調。いやいや…牧物創作は童話調が比較的やりやすいですv


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