受け継がれる魔法の手

「私ね……子供の頃からずっと、本を読むのが大好きだったの。この本なんて、もう何度読み返したかわからないわ」
そう言いながら彼女が本棚から取り出したのは、一冊の絵本だった。

彼女の言葉通り本の表紙は所々擦り切れ、タイトルが書かれた部分などは文字や絵が掠れ滲んでいる。けれど、ページが汚れたり破かれたり……などと乱雑に扱われた形跡はなく時間の経過と共に少しずつ本も歳を取っていったのだろう、そう思わせるほど大切に読み込まれていたのが分かった。
「これだけ何度も大切に読まれたのなら、この本も……これを書いた人も幸せだろうね」
決してお世辞などではなく、自然と零れた言葉に彼女は小さく笑い声を挙げありがとう≠ニ呟き、微笑んだ。
「物語の世界って本当に素敵よね。登場人物に心を重ね合わせれば、何にでも自分がなりたいものになれるから」
本の表紙を優しい手つきで撫でながら、彼女は少し遠くを見るように目を細める。

物語の内容は、僕自身でも簡単に思い出すことが出来た。

継母とその姉に虐げられ貧しい暮らしをしていた女の子が、ある日お城で舞踏会があると聞き、自分も参加したいと願うが、当然汚れた服で行けるはずもなく、仕事を言いつけられ一人部屋で泣いていると、とこからともなく魔法使いが現れて、綺麗なドレスと馬車をくれる。美しいドレスを身に纏い喜ぶ女の子に魔法使いは、ただし12時までに帰らないと魔法が解けてしまうから……時間を必ず守ること、そう伝える。舞踏会に出た女の子は王子様に一目惚れされ、二人で何曲もダンスを踊るが12時を告げる鐘の音と共に慌てて帰ってしまう。その際、ガラスの靴を片方落としてしまう。王子様は、その靴に合う女性が自分の后になると宣言し国中を探させる。女の子の家でも三人の姉が靴に足を入れるが、どれもサイズが合わず、従者が立ち去ろうとしたところで、もう一人娘がいることに気付く。継母や姉達が止める中、勧められるままに足を入れた女の子に靴はピッタリで二人はめでたく結ばれる。

確か、そんな物語だったはずだ。子供の頃、妹にせがまれ何度も読んでいたせいか年月が経った今でも鮮明に内容を覚えている。同時にその時の穏やかな時間を思い出して、嬉しくなった。

「ナナは、この話で……一体誰に憧れた?やっぱり主人公の女の子?」
そう尋ねると、彼女は頬に手を置き微かに首を傾げ考え込むような表情を浮かべる。
「そうねぇ……やっぱり主人公の女の子には憧れたかもしれないわね。王子様と結ばれる、なんて素敵な結末だと思うし。でもね、私が本当になりたかったのは魔法使いなの」
「……魔法使い?」
「そう!困っている人や泣いている人の願いを叶えてあげられる力があるなんて とても素敵だと思ったの。この本を読んで、家の畑で育てているカボチャをこっそり取ってきて、馬車にしようと必死だった事があったわ。当然、そんなこと無理よね。しょんぼりしながら、カボチャを勝手に持って来てごめんなさい……って謝ると お祖母ちゃんがそのカボチャを煮物にしてくれて、お祖父ちゃんと三人で食べたの。その時に食べたカボチャの煮物は本当に美味しくて、お祖母ちゃんが魔法使いなんじゃないかと思ったわ」
「素敵なお祖母さんだったんだね」
「ええ!優しくて温かくて、とても自慢の祖母よ」
その時の記憶を思い出すように優しい笑顔を浮かべる彼女がとても綺麗で思わず見惚れそうになる。

どんなときでも他者を思いやれるその優しさは、きっと彼女のお祖母さんやゴンベさんに沢山の愛情を受けたからなのだろう。

「でも、僕から見たらナナも魔法使い……みたいだと思うけど?」
「えっ??」

発した言葉は少々不意打ちだったようで、みるみるうちに彼女の目が丸くなる。それは、その場の思いつきで出た言葉ではなく常々心に感じていたことだった。
「いつだったか、マオちゃんのパンダさんが足をケガしてしまったことがあっただろう?その時、ナナがすぐに治してあげたのを見て……マオちゃんが笑顔になった」
そう言って、彼女の手をそっと握る。彼女は微かに肩を震わせたけれど、手を振り解こうとはせず、頬を染めてじっと言葉の続きを待っているかのように思えた。

「この手は、ナナのお祖母さんから受け継いだ魔法の手なんだよ。困っている人を笑顔に出来て、あんなにも綺麗な服を作ることが出来る。その本に出てくる魔法使いも魔法でドレスを出すけれど、それよりずっとナナの作る服の方が素敵だと思う。だって、ナナの服には想いが込められているのがわかるから」
「ありがとう。そんなふうに考えたことは、今まで一度も無かった。お祖母ちゃんはもういないけれど、それでも私に沢山のものを残してくれたのね。そう思うと、何だかとても……嬉しいわ」
笑顔の中で微かに瞳を潤ませた彼女はテーブルの上に本を置くと、握ったままの手にもう片方の手を包み込むよう添える。

「あなたと話していると、子供の頃に戻ったような気持ちになるの。それはとても素敵な事だって最近思う。大人になると、心の何処かが窮屈になるでしょう?そんな部分が緩やかに解れていくのが分かる。とても自由で気持ちの良い時間。だから、ありがとう……そんな気持ちを私にくれて」
しっかり者で、面倒見が良くて、優しい……というのは彼女の中の一面でしかない。たまに見せる茶目っ気のある表情や言葉に、最初はギャップを感じ驚きもしたが幼い頃は野山を駆け回るのが好きだった、という思い出がふとした折に発揮されてしまうのだろう。

どちらも彼女自身の魅力だ。だから、それら全部を合わせて好きだと自信を持って言える。

「お礼を言うのは僕の方だ、このはな村に来てから全てが順調だったわけじゃない。作物のことで随分不安に思ったりもしたけれど、その度に適切なアドバイスをくれて励ましてくれた。どれほど元気を貰ったかわからないくらいだ。だから本当に感謝してる。今、こうして一緒に時間を過ごして沢山の話をしているうちに、またナナの事が知れて一層好きになってるんだからね」
感謝の気持ちも、好きだという想いも、全て言葉にしてしまおう。そう思いながら言葉を発したけれど、やっぱり身体は正直なもので顔や耳までもが熱い。
「そっ……そんな事を急に言われたら照れてしまうじゃない。あの、でも……私もあなたのことが大好きよ」
そう言って彼女は僕の胸に身体を預けてくる。さらさらと揺れる黒髪が綺麗だから手を滑らせながら、僕は彼女の背中へ両手を伸ばし強く抱き締める。

こうして寄り添っていると、恥ずかしさなどはとっくに通り越してしまった。むしろ、頬や体が火照るのが心地良いくらいで。

「若い者同士ってのはいいねー!わし、何だか照れちゃう!」
その時、壁の方から声が聞こえてきたから……二人同時に勢いよく身体を離し声の方を振り返る。すると、壁に手をつけた状態で首だけをこちらに出したゴンベさんが、いつも通りの笑顔で囃し立てた。

「あ、わしのことは気にせず続けて!続けて!」
恐る恐る隣に視線を移すと、これ以上ないくらい真っ赤に顔を染めたナナが強く握り拳を作っている。まるで、見えない湯気が頭から立ち昇っているかのようで当然声を掛けられる筈もなく、ただ息を呑んだ。

「お祖父ちゃん!!!!今日こそは許さないんだからー!!!!」
「わしのことは気にしなくていいって言ったじゃなーい!」
「気にしないでいられるわけないでしょう!」
「ほれ、わしの前で……ぶちゅっと!キッス!!」

この分だと、ゴンベさんは今日の夕飯をソナさんの店で取ることになりそうだ。今まで幾度となく繰り返されるやり取りを前に、ただ笑うしか無くて。ナナに追いかけられながら、片目で合図をしてくるゴンベさんに僕は頷いて微笑み返す。こういう時は、決まって二人で一緒にお酒を飲むのだ。話の肴はいつもナナのこと。いつも通り冗談交じりの中で、ふと真剣な表情を滲ませ
「わしはナナの幸せを誰よりも願っている」
そう呟いたゴンベさんの言葉に、胸の奥が温かなもので一杯になっていく。

今日の酒席も賑やかなものになりそうだ。

ららさんのサイトで「小説リクエスト企画」をされていたときに「ふたご村でナナさんのお話」をリクエストさせていただき、書いていただいたお話です!このはな村のナデシコ、ナナさんが大好きでこのようなリクエストをさせていただきました。ららさんの書かれるナナがゲームの彼女以上に素敵でしっかり者で…すっかり惚れてしまいましたv

「困っている人や泣いている人の願いをかなえてあげられる」そんな魔法使いに憧れるナナ、彼女もまた他人を思いやる気持ちが人一倍強い、優しくて寛容な人柄なんだということがじわじわと伝わってきます。畑のかぼちゃを盗んでしまったことを謝るのもきっと、おばあちゃんにだけでなく、かぼちゃにも心底申し訳なく思って謝っているんだろうなって、きっと子供のころは野山を駆け回るおてんばだった分、草花の気持ちや言葉も彼女はよくわかっているのだと思います。温かい家庭に生まれ育って、自然をいつくしむ心をもつナナ像が浮かび上がります。

そして最後に登場するゴンベじぃさんv絶頂までムードを盛り上げておいて年配者が闖入してくる展開、まるでR.シュトラウスのオペラのようです(脳内架空BGM)。噴火するナナも、余裕綽々のゴンベも、そしてそんなふたりを優しく見守る主人公も、みんなとっても仲良しだな、と思います。それにきっと、ゴンベさんは自分の恋愛を孫娘に重ねてみてるんだろうなって。茶目っ気たっぷりだけど孫思いのおじいちゃん、さすがはナナさんのおじいちゃん、憧れます♪

ららさん、素敵な創作をありがとうございましたv


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