ひと夏の教訓

学期末の忌ま忌ましい試験あんどレポート戦線もひと段落し、スノーウッドは夏の穏やかな停戦状態に入っています。

戦場に駆り出されていないときにこそ、学生たちよ、ハミはおろかアブミまで外してとるに足らないわるさをおっぱじめるがよい! 普段はピンと張られた手綱が半こぶし分緩んだときを狙って馬上を困らせてやるのだ!

…おまけにこういう平和なときに限って、戦争中は化学実験器具しか出てこない研究室から、火をつけても炎色反応示さない、化学とはムエンのお宝が出土したりするもの。それが意味するのは、そいつを人参にブルンブルンくまちゃんをくすぐっておやりということであり、それ以上でなければ以下でもなく、その結果、馬又虫が異様発生するのです。

ここのところジェフは意味もなく黙り込んで、ぐんまけんは浅間山だかえくあどるはチンボラソだかの高山に魂だけ飛ばしているらしく、ルームメイトのトニーはもとよりウルトラサイエンスクラブの連中が大騒ぎをしようが、ハエにたかられるモンブランよろしく反発もしなければ喜ぼうともしません。

…これはなかなかの大問題です。たいていジェフが黙り込むと、ヘでもなければ変ホでもないことが起こるのです。例えばサルが空を飛んだり、湖から恐竜が出てきたり、裏山に宇宙人が君臨したり。一歩間違えばサルの代わりにクマが空を舞うかもしれません。湖から金髪の美女が出てくるかもしれません。裏山には神話のニンフたちと葡萄酒の神さまが…、いやしかしその程度のことならこの神秘の土地で起こる事件としてはまだまだ余裕で許容可能の域なのですが、それを踏み越えてしまうとたまったものではありません。

いつかタス湖がドビュス湖になってドビュッシーが出てくるかもしれません。さすがにそこまではいかなくとも、タス湖の水が真っ赤にひっくり返ってタコスになってしまうであろうことだけは確実。…それだけはウィンターズの自然遺産を守るためなんとしてでも阻止しなくては!

…ということでトニーはなんとかジェフの魂をぐんまけんだかチンボラソだかから連れ戻そうと画策しました。まずは同級生のマット、ウォルター、エリック、ハワード、アシュレーにマイクのあわせて7人で、ジェフにあれこれ壊れた家庭用品を渡して直すように促す作戦、ところがアイロンであろうがパラボラアンテナであろうが、掃除機も正直も洗濯機も先だっても、ジェフはチンボラソから帰る必要もないぐらいに片手間にぱっぱと直して、直すどころか余裕で別のものに替えてしまって、この作戦は大した功績をあげることなく失敗に終わりました。

ことに、スカイなんとかテーベーのアンテナを怪しげなビームに替えられてしまったマットには、夏の間テレビが観られなくなるというご褒美までついてしまう始末でした。

これではいけません。これ以上使い物にならない家電製品が増えるのも地球環境によろしくないうえ、刻一刻とタス湖がタコスになるときが近づいているのです! トニーたちは先輩たちにも手を貸すようお願いしました。

こういう時にすぐ、ホイホイとやってきてくださるのがガウスさん。茶褐色の縮れ毛に、パッと見陰気な顔の、長身で腰回りががっしりと肥えたいかにも一物ありそうな人。しかし顔が陰険なのは単に彫が深く陰ができてしまっているだけで、真下から直視すればなんてことない単なるゲルマン面の陽気なお兄さんです。トニーたちとは2こぐらい上ということになっていますが真相は謎。不屈の精神から生えたじゃがいものような人で、メークインはジークリンデ種が一番と信じて疑わず、乗りかかった船は沈むまで面倒を見るのが生きがいで、緊急時には信念を曲げることなくオチまで手伝ってくださるたいへん頼もしいお方、よほどの暇人に違いありません。

そのガウス先輩、普段は同級生のビルさんとチームを組んでいるのですが、そのビル先輩はただいま停戦を利用して里帰り中ということでそのかわりにと、スノーウッドの学生のなかでも―あくまで良い意味で―伝説の域に入りかけているペーター先輩を、呼んでもないのに、連れてきてくださいました。

このペーターさん、これまた名前の響き通りガウスさんと同郷人と思われるのですが、彼を正しく「ペーター」と呼んでいるのは当のガウス後輩とプレイヤーだけ。ジェフもトニーもほかの仲間たちも、初めて出会った時から彼のことは「ピーター」と英語呼び。しかしペーター青年本人は自分がここウィンターズでは「異人」であることを気にしているらしく、かわいい後輩たちから親しみのこもった英語風の呼び名で呼ばれることをむしろ喜んでいるご様子。

さてこの山羊の下にもぐりこんで直接お乳を搾っては飲む少年や、世界で一番愛されているわんぱくうさぎと同じ名前を持つ大先輩は、その無邪気な少年やらうさぎとは異なりおでこの平らなザクセン風の厳めしい顔の構造をしているお方なのですが、日常のおよそ3分の2を笑って過ごしているため頬や口角が吊り上がっていないときの岩石面はほとんど知られておらず、それゆえにその出生すらうんと南のサマーズかどこかの出だろうと勘違いされている陽気な性格、この年齢ですでに目尻と頬の上に笑いジワが形成されているのですからなかなかのものです。

しかし眉間に刻まれた2本の皺が物語るように、根は真剣で真面目一筋、あわせて才能にも恵まれており、スノーウッド校が誇る重鎮として先生方の羨望と妬みをまるまる買い上げた挙句、若くして教授のポストについても差支えないぐらいの逸物でありながら、恐ろしい額の奨学金と引き換えに卒業を差し押さえられ、そのうえ当人も呑気なもんで、ここは居心地が良いらしく、研究費だけおりてくれればそれ以上の高望みをするつもりはないらしい、もはや年齢も学年も不詳の謎の学生さん、この調子で行けば彼は、彼と同じ名前のかの有名な牧羊神(パン)同様、還暦を迎えても永遠の青年のままでしょう。

ガウスさんのそれとは違い、長方形の顔を過不足なく縁取る豊かな髪は濃い栗色でふんわりとウェーブがかかっており、ことに丹念に手入れされた前髪はイタリアンメレンゲのように角立ってくるんとしていました。大柄なガウスさんに輪をかけた大男で、噂によれば身長198センチ。研究室に入ってくるときよく扉の梁に頭をぶつけそうになるので、彼が来たのは誰でもわかるというありさま。見た目はまさしく胸を膨らめて直立したファラオワシミミズクそのもの。それでいてお決まりの如く高い身長に似合わず腰は低い謙虚な人で、下級生たちの面倒見はすこぶるよろしく、そればかりか先の見えない実験で研究室内の二酸化炭素濃度が高まった時にはジョーク2つ3つぶちまけて一気に研究室内の空気を入れ替えて下さる究極の癒しキャラ。

彼は今年の休戦協定が結ばれてすぐ、名誉教授によってそれこそチンボラソの付近に研究発表に連れ出され戻ってきたばかり。お疲れのところもビルさんのピンチヒッターを買って出た彼ですが、おそらくは事が済んだ頃には体のどこかをこわして寝込んでしまうのが関の山と言ったところ。彼はカモの代わりにネギをしょってくるお人よしなのです。

とりあえずこの2人が加われば、ジェフの魂を遠くのお山から引き戻すことができるかもしれません。そもそも考えてみますと、ジェフの魂はどうしてまたぐんまけんやらチンボラソなんぞに飛んで行ってしまったのでしょうか? いやいやもちろん、ぐんまけんやチンボラソではなくてもっと別のところをそれは浮遊しているのかもしれませんが…。

「【ちょっとジェフの魂コホイホイ】でも作ってみるか!」
ガウス先輩が早速意味の分からないことを言い始めます。
「終電に乗り遅れたって始発が来るんだからそう焦んなくたって」
ペーターさんはペーターさんで大丈夫かと思わせるほどに呑気なことをのたまいながら頭かきかき。

…ガウスさんを呼んだのははなから自殺行為に等しかった、この人たちのノリに任せていたらジェフの魂はジェフのメルヘンワールドから帰還しないまま、気が付いたらタス湖の水が!

2人は事の深刻さが分かっちゃないだけだ! トニーは唇をかみます。ジェフのことは僕が一番よく分かっている、このままにしておくと彼が何を始めるか、考えるだけでも恐ろしいんだから…。ジェフが思いつくことと言ったらピーターさんの高尚なジョークと違って単に哄笑ものなジョークなんだもの! ジェフの頭に芽生えるアイディアなんて、悪乗りの達人ガウス先輩が一生かかっても思いつけないような悪戯なんだもの!

本当にジェフは僕を倖せにも不倖せにもしてくれるけれど、その倖せにと不倖せの落差があまりにも激しすぎるのがいけないキノコ! もう少しジェフから魅力だとか美しさってものが欠落してくれていたら、僕はこんなにもジェフの偉大さと醜悪との間でもだえ苦しむことはないのに!

ひとたび心底人を愛してしまうと、相手の短所を認めるのに魂が引き裂かれるほどの苦痛を強いられるものです。おまけにその短所が些末であればあるだけ苦しくてアホらしくなるほど重たい気苦労を…。それだって当事者たちにとっては地球規模の大問題なのに傍から見ればそれはささくれ程度の笑い事なもので、たいしたことなかろうと手を出しせせくろうものなら、ことは忌々しさを増す一方で大量出血となり余計に始末に悪いことこの上なし。

まあ要は、トニーがジェフを心底愛してしまったことと、あまりに魅力的すぎるジェフがその魅力が翳るぐらいに情けなくなるほどの短所まで持ち合わせていることが諸悪の根源なのです。

ともあれ陽気で呑気な先輩2人はトニーたちからさらにことの詳細を聞かされなくてはなりませんでした。ジェフがふさぎこむとサルが飛んだり、美女が出てきたりするということや、最悪の事態を回避するためにジェフの気をそらそうと電化製品の修理を依頼したらまったく相手にされなかったことを。

「ジェフくんのIQは恐らく近頃急激に高まってしまったのだろう。パラボラからムーンビームを生み出す技師のことを確かに聞いたことがあるけれど」ペーターさんは一回そこで息継ぎをします、彼はrの発音をあまり口蓋垂にひっかけず上品に行う癖のある人でした。「それにはよっぽどのIQが必要になる、ここ数日で彼のIQを高めかねない何か特別なことが起こったりはしなかったかい?」
「ジェフ本人が特別だよ、真夜中に突然いなくなるとか」
「そいつはいけない! もしかすると宇宙人に寄生されたのかも!」

なんということだろう! ジェフの魂は太陽系までも凌駕しているということなのだろうか?

「…とするとミクロとマクロの問題だな。つまりはジェフの中にあるミクロコスモスを…」

ピーター先輩のジョークが妙に通じなかったひと約一名…。真剣に考えだしてしまったガウス先輩を黙らせるため、やむなくそのお人よしは責任をとり、普通乙女の高級メルヘン妄想というものは宇宙に通じているが、時にそれは男子のメルヘン妄想にも当てはまる、なんぞとさらに荒唐無稽なボケを上塗りしなくてはなりませんでした。

「宇宙人と言えば…」
急に何かを思い出したようにウォルターが口を開きました。そのぽっちゃりと太った小麦色の髪の、B型っぽい青年は、一見抜けているように思わせて時にとても重要なことを言ってくれるのです。
「このまえジェフがトニーの誕生日に抜け出したことがあったけど、宇宙人と戦うとか言ってなかったかな」
「言ってない!」
トニーが噴火します。自分の誕生日と宇宙人とを天秤にかけて宇宙人のほうがジェフにとってウェイトが大きいと思われては、ピーター先輩の手前相当の大恥! とトニーは直感してしまったのです。

とは言ってもジェフがトニーの誕生日に宇宙人と戦うため脱走した事件は、スノーウッドの公然の秘密にして歴史の一ページとなっているのですが…。

「どのみち」トニーの腹の内をたやすく見破り、ペーターさんはそれ以上の深入りはしないよと手を振りました。「それだけIQが高まったのであれば道具の修理なんかではジェフくんの気持ちはそれないよ、それはまるで雀を大砲で撃ち落としているようなもんだ。僕らはもっと小さな武器、弓と矢を探して彼に打ち込んでみようね」

かくして研究室内の捜索が始まりました。ジェフの気を引くのにちょうどいいサイズの武器はないものだろうか。道具の修理がダメとなると、あとジェフの心をくすぐりそうなものと言えば…一番考えられるのはトニー本人だけれど、現時点ではジェフの眼中からはトニーすらも抜け落ちているようだからどうしようもない。最終秘密兵器すら通用しないなんて!

…いや答えは意外と、ペーター先輩の言う通り小手指のもの、いや小手先のものかもしれない。例えば細長く切った紙をその端っこと端っこを合わせてつまんで机に押し付け「スライム!」とか、紙縒りで鼻の奥をこちょこちょこちょーとか、靴を脱いでその匂いを…とかその手のもっともくだらなくてもっとも誰もがやる前から呆れて真剣に取り組めなさそうな攻撃が意外と功を…

「こいつは一体なんだい♪」

卒然、ペーターさんの唄うような声が研究室内に響き渡りました。先輩が音程をはっきりとつけて鳩のように喉を鳴らしたときは要警戒、それは彼のテンションが「制御不可能」を意味するハイターの域に達する寸前であることの緊急ハイター速報でしかなかったのです。

万人を意味もなく幸せな気分にさせてしまう笑顔の持ち主が見つけ出してきたものはクッキーの空き箱…のなかにびっしりと小さな紙がつまったクッキーの空き箱でした。これにはガウス先輩も閉じた口が開かぬと言ったところ。

「また先代の誰がこんな謎の物体を残しておくのだろうか…」
マットが口をゆがめます。
「これは…やっぱりだれどこゲームだ! 一種の言語遊戯、いいぞ、これならジェフくんの高まりすぎたIQをむなしくくすぐるナンセンス攻撃ができるかもしれない」

そう…一種の言語遊戯。ツボる人にはたまらなく愉快で命の危険すら感じさせる笑いを提供してくれる一方で、ツボらない人には単なる時間の無駄でしかない、だれどこゲーム…!

遊び方はいたってシンプルで、手ごろな大きさに切りそろえた紙切れ6枚にそれぞれ「時・場所・主語・目的語・動詞・理由」…いや「いつ・どこで・だれが・なにを・どうした・なぜか」を書き込んで一文を作り、それを複数組用意してシャッフル、紙を裏返して順にめくり、新しく出来上がった文のミスマッチを楽しむというもの。

紙とペンさえあればいつでもどこでも手軽にできるこのゲームの最大の弱点は、「自動詞が使えない」ということ。その場合には再帰代名詞かあるいは前置詞を補うほかありません。

…まあそれはそれとしまして。言語遊戯に反応するしないに文系も理系も関係はありません、そして確かに、IQが高い人に限って、そう言った単純な言葉の綾で立ち直れないほどのショックを受けることもあったりするもの。現にブツを見つけ出したペーターさんなんて、もはやジェフよりもペーターさんの魂をあるべきところに戻さなくてはと思わせるほどに我を見失っております。

「魂が入れ替わらないといいけど」マイクがいよいよ科学者に似合わずスピリチュアルなことを言い始めます。「もっと始末に悪くなる…」

それよりもトニーたちはこうやってペーターさんの笑いジワが限りなく深く増大していくことにそこはかとない危惧を覚えていました。

「マイケル」
常に冷静で、冷静すぎで煙たがれるほどにまともな性格の、エリックがわざとかしこまって懇願しました。
「ご老公を呼んでおいてくれ、最悪の場合、彼に何とかしてもらおう」
「わかった、部屋にいるといいんだけど」

「ご老公」と呼ばれたのは実はジェフたちよりも若いロバート少年、マイクとよくチームを組んでいるのでエリックはその人脈に期待したのです。

それにしてもどうして最年少にして「ご老公」なんぞとややこしいあだ名がついてしまったのかと言えば、そのロバートくん、ジェフたちより年下でありながらジェフたちより早くこのクラブに所属していたのです。彼は能力を見込まれ飛び級入学を許可されたのだ、なんて噂も行き交うほどで、ペーターさんとはまた違った方向で、年齢と学年が不詳の謎の少年というわけ。

入学と同時にロバートはクラブに入部、そのあとに遅ればせで最高年のペーターさんがウルトラサイエンスクラブに呼ばれ、そしてペーターさんの縁でガウスさんが、ガウスさんの縁でジェフとトニーが、ジェフとトニーの縁でマイクたちが…ぞくぞくとクラブに入部したためにその11人の中で在部歴と年齢の順が乱れてしまったのです。

ジェフたちはあまりクラブ内の年齢差を気にしないタイプでしたから、自分たちより長く在籍しているロバート少年を年下ということで軽んじることはなく、むしろたいそう尊敬していました。

―それにしてもこのロバートくん、これがまた大柄なガウスやペーターさんの対極を行く小男、小男の総身の知恵も知れたもの…なんぞと言っては、彼を高く買う年上の後輩たちがガソリンをまいて火をつけ抗議しそうなほどに聡明叡智の頼れる最年少ときており、ガウスさんの縮れ毛とも、ペーターさんのふんわりウェーブにメレンゲヘアーとも、ついでに言えばジェフの無個性なストレートヘアーとも違って、その秀でたおでこにがっしりとえらの張ったおよそ正方形の顔を縁取るのは濃い茶褐色の巻き毛。

サマーズ人の血でも混じっているのか目鼻立ちはギリシア神話に出てきそうな美少年さながらで、ふんわりとした頬にはウィンターズ人には生み出すことのできない無邪気で朗らかな笑みが絶えず、《オー・ソレ・ミオ》やら《フニクリ・フニクラ》やらを唄わせたら、その母音の、とりわけアーの発音なんぞ、うっとり心奪われるほどのベルカント。そのくせ彼にはサマーズ人にありがちなむき出しの情熱や野放図なお気楽さは微塵もなく、その小男にあるのは98パーセントの真剣さと2パーセントの遊び心。彼はそれらでもって実験も宿題もジョークもそつなくこなしてしまうのです。

きびきびとした足取りで研究室内を歩き回る姿は男子が見ても小柄な王子さまさながら、彼が白馬に跨ろうもんなら世界中の乙女が争い出すことは異論の余地なし。おまけにロバート少年本人は言うに及ばず、彼の持ち物、さらには彼の指紋が付いたプレパラートすらもいじめてはいけない! という気を起させるほどに憎めない性格の持ち主。

背が低いせいか、口ぶりが穏やかなせいか、あるいはまるっとしたまろやかで丁重でありながら根明な響きを帯びたエスプレッソのような声をしているせいか、事に当たる際の98パーセントの真面目さと2パーセントの遊び心の混合バランスが絶妙なためか、それとも単に人当たりがいいのか、誰も彼にケンカを売ろうとはせず、むしろ誰もが彼とチームを組みたいと願うほど。

ロバート少年はウルトラサイエンスクラブ創始以来のお得なポジションをものにしており、さらにはそのことで彼は彼の鼻、ガウス先輩やジェフたちよりも少し低くて鼻翼が胡坐ではなく正坐しているようなすらりとした彼の鼻を、空気に向かって高くツンと持ち上げることさえしない、稲穂のような心の持ち主なのでした。

―事態が最悪になった時にこの茶目っ気あふれる憎めなさの塊が現れれば、さすがのジェフとて張った意地を引っ込め正気に戻らざるを得ないでしょう、なるほどロバート少年は最後の最後にちゃんと場を収めてすべてをめでたしめでたしにしてくれる、水戸の黄門さまのような人だったのです。

「思うのだけど…ガウス先輩もピーターさんもロバートくんも、ここまで人物描写にページと行をさいてもらえる魅力あふれる人格なのに、ぼくらの代はウォルターのたった一文なんて…個性派ではないのかな」

ふいにジェフが我に返ったようにトニーの服の裾を引っ張り、いつぞやのロイドくんのようにプレイヤーの痛いところをついてきます。

「僕らの人物描写はきっと、別の話の中でやってしまって繰り返す気がないんだよ」
…と、かくも真面目に答えるトニー。トニーはトニーでプレイヤーが、自分とジェフとを一体化させることに関して何の感興も示さないのですっかり呆れ返ってしまっているのです。

「それじゃあジェフくんの気も僕らに向いているようだからやってみようか、ジェフくんの頭をくすぐってみよう!」

始めっから彼を呼びつければ一発で話が解決するだろ! と思われてもしょんないぐらいのロバートくん紹介の間に準備を済ませたのか、机の上に紙切れの山を6つ並べたペーター先輩が手もみしました。

「何が書かれているやら全く分からぬ、だれどこゲーム。こいつを僕らひとりひとりめくっていって、めくった人は出来上がった文に何かしらの意味づけをしよう。どんな意味不明な、あるいは異世界のことが書いてあっても、なるべくこの世界のこととして説明するように! 以上、ルール解説終わり!」

―はてさて、先輩の投げたサイコロはどんな数字を示すことやら…。


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