ヒマワリと亡霊

リュカが落ち着くと、クマトラとダスターは町へ買い物に行きました。そうです、明日の買い出しをしなくてはいけません。朝起きた時に、リュカをびっくりさせるためにも!
「プレゼントはどうしよう?」
腕組みして半ば独り言のようにクマトラがいうとダスターも真剣にうなずきます。自分たちが祝ってもらったことのない2人ですから他人の祝い方もイマイチピンときません。まだクマトラはマジプシーの一行から意味のよくわからないお祝いをしてもらった記憶がありましたが(そしてそれは大した助けになりそうにないのですが)、ダスターに至っては人を祝うなんて生まれて初めてのこと。彼は多少なりとも、リュカを祝ってあげようなんて言ってしまったことを後悔していました。

「うんと昔に一回だけやったことがあるお裁縫とやらでリュカにぬいぐるみでも作ってやっか。おっさんはどうする?」
「ぬいぐるみはペアだぞ、坊やの兄貴分も必要だ。だけど俺は困ったなァ。裁縫って肌じゃないし」
だろうな、苦笑しながらクマトラはやれやれとお手上げのポーズ。口には出さずともあからさまに「駄目だねェ、おっさん」となじられ、ダスターはすっかりしょげかえってしまいました。

真夜中、ボニーはとても不思議な気持ちになって飛び起きました。冷たい秋の空気に混じってなにかとても温かくて甘美な風が自分の鼻をくすぐるのです。そしてそれは言葉では表現できない懐かしさをも含んでいるようでした。優しい香りにたまらなくなって、ボニーははねあがって、そして匂いを頼りに走りだしました。自分はどこに向かっているのだろう? 暗闇の中、道なき道をかけながらボニーは狂ったように駆けつづけました。両足が力強く地面をけります、土ぼこりがもうもうと舞います。でもまるで雲の上を駆けているように、ボニーは地面が固くて冷たいということをすっかり忘れていました。匂いはどんどん強くなって、そして最後に思いっきり地面をけったら。ぽーんと体が宙を舞い…オレンジ色の美しい海に感覚を失った茶色の体がすっぽりと呑まれていきました。

リュカがリビングルームから漂う美味しそうな匂いで目を覚ました時、もうお日さまはだいぶ高く昇っていました。
(寝すぎちゃったかな?)そっと体を起して時間を見れば10時近く。(これはいけないや)
ベッドからはね起きて鏡の前に立ちます。優しく髪をとかしてくれたママの姿が見えるような気がします。ぐっと泣きたくなるのをこらえて、くしゃくしゃの髪にブラシを入れて。ささっとお気に入りの赤と黄色のボーダーシャツに袖を通して。ふとカレンダーを見ます。

3年前からとりかえていないカレンダー。今日の日付のところにおおきな赤丸とケーキの絵が描いてあります。見なくたってわかります、3年前の今日。リビングルームから漂う甘い匂いに誘われてとびおきたあの日。お兄ちゃんと競うように身支度を終えて。そしてリビングルームにとびこんだら…。

パンパパン!


「お誕生日、おめでとう、リュカ! それにクラウス!」

クマトラとダスターの声にリュカは茫然と立ちすくみました。そうです、リビングルームにとびこんだら、ママとパパが待ち構えていて。クラッカーを打ちならして「おめでとう!」って言ってくれたんだ。テーブルの上には僕とお兄ちゃんが大好きなふわふわオムレツとケーキが置いてあって、湯気の立つマグカップからはホットチョコの甘い香りがしているんだ。それでママとパパが両手を広げて僕らがとびこんでいるのを待ちかまえていて。それで…それで。

目から涙があふれ出ます。もう駄目だ、自分にはとても耐えられない。思い出は持たないって、もうずっと前に決めたことだったのに。3年前。家族みんなで過ごした楽しいひと時が一瞬にして走馬灯のようによみがえって。思い出の洪水に投げ出されます。必死でもがいて苦しんでそこからはい出ようと思っても、もう小さな体は聞きわけがありません。ぱっと駆けだして、そして目の前にいたクマトラの腕の中にリュカはとびこみました。ママの匂いではないけれど…ママとおんなじぐらい温かい腕でクマトラが自分を抱き返してくれます。パパとは比べ物にならないぐらい細くて華奢なダスターの手が、パパとおんなじぐらい優しく自分の頭をよしよししてくれます。


「おめでとう、リュカ! また大きくなったねェ」
2人が交互に言うのが聞こえます。懐かしいのと嬉しいのでリュカは大切な仲間の腕の中で涙が枯れるまで泣きました。体が異様なまでに火照っていくのは、それはPSIを覚える前兆ではなくて、クマトラとダスターの優しい気持が不必要なまでに存分に自分に注がれているから。今までは旅の仲間でしかないと思ってきた2人が、実は本当に心の底から自分を愛してくれているのだということに気がついたから。そうに違いありません。しゃくりあげながら、リュカはそっと体を起して涙をぬぐい、クマトラの頬に小さくキスしました。そして振り返ってダスターにも。ちょうど3年前にパパとママにしたのと全く同じように…いいえ。

3年前とは違います。リュカは心から2人に感謝しました。今まで2人の気持ちにこれっぽっちも気がつかなくて、その罪滅ぼしの気持ちもありました。クマトラもにっこり笑って応えるようにリュカのきれいな頬に小さく口づけしました。


クマトラの作ったオムレツとケーキをたらふくつめこんで、リュカはさびしい気持なんてすっかり忘れて満面の笑顔を浮かべました。昨日まですっかり元気をなくしていた少年がヒマワリのように笑ってくれて、クマトラもダスターもとても満足でした。さあ、あとはプレゼントを渡せばお誕生会はおしまいです。おずおずとクマトラが青の包み紙をさしだします。
「これ、リュカに。…まいったな、こんなの初めてだからなんか緊張するよ」
「クマやんったら!」いたずらっぽく笑いながらリュカは上機嫌でプレゼントを開きます。「わあ、可愛い!」
袋の中から手のひらサイズの可愛らしい羊のぬいぐるみが出てきました。
「この家の羊をまねてみたんだよ、裁縫なんてできる肌じゃないから…」
「これ、クマやんが作ったの?! すごいや、クマやん! クマやんって意外に意外だね!」
「意外に意外…って、こいつ!」
ぐりぐりっとこぶしで頭をこすられてリュカはちょろっと舌を出しました。そして大切にするね、と羊に頬ずりしています。天真爛漫な金髪少年の喜ぶ姿にクマトラはすっかり呆れつつも愉快な気持ちになっていました。

「あ、それからこれも。クラウスに」

もうひとつ青い包み紙をリュカに渡します。一瞬、リュカは迷ったような顔をしましたが、でもすぐに顔をくしゃくしゃにして喜びました。お兄ちゃんのことも忘れなかったんだね! と目を輝かせています。
「あたりまえじゃないか! お前たち双子なんだろ?」
そういう意味じゃないんだけど、思いながらリュカはそっとクラウスへのプレゼントをポケットの中にしまいました。どこかでひょっこり会ったら渡すんだ! そう胸を張って言って見せる姿はまったく小生意気な弟そのもので、クマトラもダスターもぷっと吹き出してしまいました。

「さあ、次はおっさんの番だよ。何を用意してくれたのかな、ダスター」
笑いのほとぼりも冷めるころ、クマトラが言うとダスターは申し訳なさそうに顔をしかめ、首を振ります。その様子では結局何も用意できなかったようだな、クマトラがにやりとした時でした。

玄関が開いて、茶色の塊がとびこんできました。ボニーです、彼はリュカに飛びつくや否や、リュカの服の裾をかんで「おいでおいで」を始めました。何だろう? 3人は顔を見合わせて、立ちあがりました。ボニーが駆けだします。必死でそのあとを追います。家を飛び出して、柔らかい芝生の上を駆けていきます。どこを走っているのかまったくわかりません。前を行くボニーのあとを追って3人の体は弾んでいました。まるで雲の上を駆けているよう、体がとても軽くて、足元がとても気持ち良くて…。そして最後のひとけりとび上がった瞬間、ふわりと温かく甘くそして懐かしい香りが体を包みました。オレンジ色の海が迫ってきます。ばふっと体が満開のヒマワリ畑に沈みます。

秋だというのに天に向かってすっくと伸びたヒマワリ。誇らしげに胸を張ってお日さまを仰ぐヒマワリ。ふわりふわりと黄金色の花びらが空を舞います。ヒマワリの海に立ち、リュカは天を仰ぎます。


「ママ!」

彼の口から洩れたふた文字。空にうっすらと浮かび上がる大好きなヒナワママの幻影。行かないで! と両手を突き出します。ヒマワリの花びらが舞いあがります。
「リュカ。私の可愛いリュカ! お誕生日おめでとう!」
ママが優しく微笑むのを見て、リュカの顔はまた涙でいっぱいになります。
「リュカは立派だね、もうすっかり大人になっちゃって。ママはリュカを見習いたいぐらい! でもね、一つだけリュカにお願いがあるの。…クマトラもダスターも、2人ともリュカの大切なお友達で、そしてリュカの新しい家族なのよ。だから辛いことがあったり悲しいことがあったら、思いっきり2人に甘えてちょうだいな。ママはね、いつでもお空の上からリュカを見守ってる。だけど、リュカがたった一人で悲しんでる姿だけは見たくないな」

ヒナワの声が胸に沁み込んでいきます。3年前と全く変わらない、優しくて温かいママの声。リュカはすっかり素直な気持ちになりました。
―ごめんね、ママ…―
うんうん、とうなずきながら、ヒナワはリュカに手を振ります。すっと影が薄くなります。それと同時にヒマワリ高原にもう一つの影。

「クラウス兄ちゃん!」

そうです! 生き別れになってしまったお兄ちゃんのクラウスです。クラウスはやつれた顔で弟のほうをふりむきました。死んだような兄の目にリュカは胸をつかれます。

「どうしたの、兄ちゃん? なんでそんな辛い顔をするの? ぼくだよ、泣き虫寝ぼすけのリュカだよ!」

黙ったままのクラウス。訴えるような重いまなざしは明らかにリュカに助けを求めているようでした。冷たい兄の手を握ってリュカは「兄ちゃん、辛いんだね? 怖いんだね? 大丈夫だよ! ぼくはもう弱虫じゃないんだから! きっと助けてあげるよ!」と力を込めます。

「あ、そうだ! これ、兄ちゃんに」

ポケットに手を入れて、クマトラのくれたプレゼントを引っ張り出して、そしてリュカはそれを兄の手に握らせます。

「お誕生日おめでとう、クラウス兄ちゃん!」

不意にクラウスの片目から真珠の滴がこぼれ落ちました。青白くもあどけない頬を伝って、その滴がヒマワリの大海原に吸い込まれたとたん…。


「オレたち、どうしてこんなところにいるんだろうな」
芝生の上に寝っ転がってクマトラの苦笑いが聞こえます。
「分からんな、ボニーを追いかけて走って行ったところまでは覚えているんだけど」
ダスターの脱力したような声にリュカもはっと気がつきました。そこにはすっかり枯れてみるも無残なヒマワリの花が秋風に吹かれてそよいでいました。その下からはきれいなコスモスが競うように身を連ね、きれいな白い石を飾っています。

…ヒナワのお墓です。

「きっとママとクラウス兄ちゃんは僕を祝いに来てくれたんだ!」

くるっと向き直り、リュカは両手を広げます。応えるようにクマトラも、ダスターも手を広げます。まるで本物の親子のように円陣を組んで笑いあう3人の回りを気持ちよさそうに走りまわりながら、ボニーはここに新しい家族ができたんだと声高らかに咆哮するのでした。

MOTHER3処女作。リュカとクラウスの誕生日をクマトラたちが祝う話を書いてみたくて。とりあえずキャラひいきはありません(…がやっぱりオッサンことダスターが好きですv)一方、クマトラの「クマやん」というあだ名はですね;ラジオのサウンドストリートでムーンライダーズの鈴木慶一さんが岡田徹さんを「おかだや〜〜〜ん←しかも長い」って呼んでいたのが最強にツボってしまい、誰かを「やん」で呼んでみたくなって!一番あり得なさそうなクマトラが一番かわいかったのです!かわいかったのです!!


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