恋人たちの日曜学校
第2幕
第1場
幕。海の家。カイ、グレイ、クレアが椅子に座っている。壁には相変わらずリックが隠れている。
クレア: |
(ふくれっ面をして)あんたたちってホント余裕のない男ね。恋なんてレコード盤みたいなものよ。A面が終わったら、ひっくり返してB面を楽しむもんよ。そのほうがずっとドキドキして楽しいじゃない。
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グレイ: |
(むっとして肩をすくめる)マリーとの出会いも不意打ちだったけど、今回のはもっと不意すぎて、レコードの針もオレの胸を貫通したさ。
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クレア: |
それはいい兆候ね。物事は楽しいほうに解釈した方がずっと気が楽だわ。つまり、今度のほうがずっとあんたの気に合っているのよ。辛い思いなんて恋にはまっぴら、楽しめるところだけをたっぷり堪能するのが得策ってもんじゃない。ま、あとはお2人のお気に召すまま!(退場)
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カイ: |
神父に恋する者はあんな突拍子もないことを言い出すものなのか?
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グレイ: |
彼女の言うことはオレたちの次元を超えているのさ。で、今夜何をする? 手持無沙汰に死んじまうよりは、ましなことをしなくちゃな。…レコード盤か、音楽でも聴けってか? ふむ、…A面が終わったらB面を楽しむもの…か。そしてB面が終わったらまたA面…。どうかな、カイ。物事をB面から見てみるってのは。
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カイ: |
俺は幸い楽天家に生まれついてっから、良い(指でEの字を書きながら)面からしか見れんね。
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グレイ: |
だけど、B面を聴いているのがA面の息抜きだと考えたら。
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カイ: |
おいおい頼むぜ、さっきこの機会を、ポプリだけを愛していることをリックに伝えるきっかけにしろって言ったのは…。
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グレイ: |
だからさ、やってみるんだよ。すごく表面的な息抜きを。ポプリへの愛の深さを見せつけるには、別への愛が浅いことも必要さ。だけど用心しろよ、ただそのフリをするだけ。フリをして、彼女への愛の「軽さ」を楽しむだけなんだからな!
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カイ、グレイ外に出る。リック、こっそりと後を追う。砂浜にポプリとマリー入場。
マリー: |
あの…さっきはキノコの毒のせいで…。
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ポプリ: |
たいそう無遠慮なことを…そのう、申し訳なかった。
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カイ: |
いいよ、もう過ぎたことだし。だけど命はひとつしかないんだ、突然思い余ったことをしてはいけないよ。
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沈黙。
マリー: |
潮風がとても気持ちいいわ。
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カイ: |
ナナさんと言ったね。どうかな、よかったら夜の浜辺を案内しますよ。
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マリー: |
あら、それなら喜んで!
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カイ、マリーに腕を貸す。マリー、ポプリにすぐ戻ってくるとしぐさで伝えると、カイの腕をとる。2人退場。沈黙。
グレイ: |
悲しみを袋に詰め込みたい。
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ポプリ: |
突然なにを言い出しおる! 珍しい錬金術じゃな!
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グレイ: |
悲しみから一体なにが鋳造されると言うんだ、辛く苦い思いをさらに深める秘薬が出来上がればたいしたものだ。だがさっきまであんなにも、大切なあの娘に恋い焦がれる気持ちでいきり立っていた自分が、いつのまにかどこかにいってしまったんだ、オレのここ(胸に手を当て)で警戒の音を鳴らしていた心臓が、いまは不気味に黙り込んでやがる。それが悲しいので袋に詰めて海にでも投げたいのさ。
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ポプリ: |
だとしたら、ほれ、その袋はわしがうけとってしまったぞい。いまやそちはまったくわしのもんじゃ。
(独白)―マリー、はやく戻ってきて!
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ポプリ、グレイの帽子を奪いケラケラ笑って見せる。
グレイ: |
(なすすべもなく)どこからやってきたやら全く見当がつかない。だが、いま、オレの横にいるのは無邪気で不思なゴーイングマイウェイの乙女、オレと同じ鉱物に興味があるという錬金術師。オレの心はなぜか揺らいでしまう。そしてオレは一体なにを失ってしまったのだろうか?(陰険な眼差しを海に向け)無口なオレと無口な彼女。オレたちを支配する妙にしっくりとした沈黙。胸の高鳴りすらも、今やすっかり黙り込んでしまった。ああ、そうとも、オレは悲しみと一緒に、彼女にハートをつかまれたのだ。もう、彼女にくれてやるものも、オレが失って困るものも、一切合財なくなってしまった。髪を刈られたサムソン同然に、オレはもう持てる力をすべて奪われてしまったのだ。
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グレイ、そっと腰を上げ、海の家に戻る。カイ、マリー入場。
カイ: |
俺のできる親切はここまでだ、これ以上は…求めちゃいけないよ。いいかい、俺は君に海を案内した。可愛い貝殻も拾ってあげた。魚の取り方まで教えてあげた。…だけど、見てしまったんだ、君の心の中に、もっともっと獰猛な大魚が口をあけて俺をおいでおいでしているのを。その化け物が俺をぱっくり飲み込んじまう前に、もうどうか、これで終わりとさせてくれ。俺は束の間の蜃気楼、そこにあるように見えて、実際には…ないようなもんなんだ。これにて雲隠れするよ、じゃ!
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カイ、海の家に駆け戻る。マリー、ポプリの横に腰を下ろす。
マリー: |
カイのことなら安心して大丈夫よ。彼、友好的ではあったけれど、それ以上ではなかったの、本当に心底、ポプリのことだけを想っているんだから。
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ポプリ: |
その言葉が嬉しいわ、よかった! でもグレイには用心よ。相当動揺しているようだったわ。あれがお芝居なら彼、とっくに舞台に立っているはず。それに、(グレイの帽子をマリーに渡す)彼、私との愛の証にこれをくれたの。
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マリー: |
まあひどい人! 子馬だと思っていたら、とんでもない、いじわるな小悪魔ちゃんだったのね! 今度彼の片足に蹄鉄を打ちつけてやんなくちゃ! …まあいいわ、すべてが明かされたとき、これはなによりの証拠になる。
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フェードアウト。
第2場
フェードイン。海の家。カイ、グレイがぐったりと椅子に座っている。ポプリがグレイの隣で帽子をいじくっている。クレアが得意そうに男2人を見ている。壁には相変わらずリック。
クレア: |
やれば出来るじゃないの、カイもグレイも! やっと調子が出てきたみたいね。
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グレイ: |
ぶたれたでもないのにこんなにも自分が無力に感じることはないぜ。じぃさんの説教に殴られた方がまだやる気がでる。愛されるってのはまったく、いかなる抵抗力をすべて無能にされるってことなんだろう。
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カイ: |
俺はまったく、どうしたらいいか、もうすっかりわからない。あの美しい娘の心の中には獰猛な魚が泳いでいた。イッカクか、シャチか、それともハリセンボンかもしらん…いままでいろんな街で、いろんな村で、いろんな娘たちと会ってきた。下町娘に山の少女、海の娘は魚のように清らかだ。そして楽しい思いもいっぱいした、それがウソとは言えまい、ああ、まったく、楽しいだけの思いだった。だけど、今回はまったく違うんだ。楽しいうえに、辛く苦しい思い、甘美な苦痛。苦しいはずなのに逃げ出すこともできない思い。逃れたいと思わず、そこに身をゆだねることが苦痛で快感な気持ち、どこのだれがこの強情で楽天的な海の男にこんな感情を植えつけたのか。(黙り込んで言葉をさぐる)辛辣な毒歯に身を傷つけられても、俺はなびくわけにはいかない、俺は一人の娘を愛している。そうとも、心の奥底から愛している…心の底? それはどこにあるんだ、胸に手を当ててみて、そこに本当に心があるのか? あるとて、心に深みなんてあるのか? 誰がそれを見たというのだ? 誰がそれを保証するのだ? それでは誰も見たことのないところから愛は存在するのか? 愛は名無しか? いやいや、それでは人々が口をそろえて、愛と呼び、ラブと呼び、リーベと言い、そして声高らかにアモルと称賛する、それは一体何なんだ!?(両手に顔をうずめてうなだれる)
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クレア: |
(内心ほくそ笑んで)(独白)いよいよ、最後の仕上げに取り掛かるときね。
(砂浜に出る。カーター入場)あと一回、試してみるべきよ。そうしたらカイも分かる、蜜だけでない花の美しさが!
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クレア、カーター退場。
第3場
マリー入場。カイ、砂浜に出る。こっそりリックもあとをつける。
カイ: |
帰ってくるポプリを自ら一番乗りで出迎えよう。いやもはや俺の心はそれすらも待てない、俺も船を出して喜びの島に向かおう、今のこの痛心から逃れるにはそれ以外にあるまい…。
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マリー: |
(桟橋に立って)今までどうにかしてあなたへの想いを伝えようと苦心してきました、しかしもう、私の最後の望みも絶たれようとしています…最後のお願い、あなたの手で私の背を押して。私を海に突き落として。そうしたら、この辛い思いから私はきっと逃れることができる。さあ、ひとつき、あなたのそのたくましい手で!
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カイ: |
よしてくれ、もう駄目だ!
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カイ、その場に崩れる。マリー、そっとカイのバンダナをとる。カイ、身じろぎもしない。そのうちにそろそろと腰を上げ、マリーを優しくかき抱く。
カイ: |
君は俺に大切なことを教えてくれた。俺がいままで頑なに青い羽根に託してきた想いが実は全くの未完成であったこと、それが未完成であるが故に、俺は。―俺は他の人にそれをのぞかれるのを執拗なまでに拒んでたんだ…。愛の本質、それが何なのかは結局よく分かんねぇけど、いままで俺はそれを疑うどころか、それについて真剣に考えたことすらなかった。俺がいままで繰り返してきた贈り物や波風立たぬデートの応酬、それがいかにひとつの型におさまったおりこうさんのやり方でしかないんだってことも、今になってようやく分かった。君がこれだけ体を張って俺に迫ってくれたおかげで、俺は自分が未熟だったってことが分かったし、そう悟ることが、俺の未完成の愛を完成させる最後の試練だったんだ…そう強く、強く、思うよ。
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カイ、マリーの肩に手をまわし、彼女を連れて海の家に入ろうと踵を返す。
カーター: |
(突然、静寂をかき乱すようにすっとんでくる)おおい、おおい! 大変だ!!
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カーターの叫び声に、カイ、マリー、振り返る。海の家からはグレイ、ポプリ、クレアがあわてて飛び出してくる。
第4場 フィナーレ
カーター: |
なんと! 明日は嵐になるらしいからって、喜びの島からポプリたちが一晩早く帰ってきましたぞ!
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カイ: |
なんたる…!
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グレイ: |
絶体絶命の大ピンチ!
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クレア: |
見ず知らずの女の子たちと一緒にいるところをポプリちゃんやマリーちゃんに見られたら!
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カイ
グレイ: |
オレたちのみさおが!
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クレア: |
確かにそれは死んでは生き返るフェニックスのようなものね。
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カイ: |
とりあえず彼女たちを宿屋へ!
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グレイ: |
明日の朝、始発の船でお国元へ帰ってもらおう!
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クレア: |
んじゃ、私が案内するわ!
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クレア、ポプリ、マリー退場。間。クレア入場。
カイ: |
いやな予感に俺の心はざわめき立つ。
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グレイ: |
さっきどこかに行ってしまったオレの胸の警戒音がいままた鳴り始めた。
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リック: |
僕はいまやはっきりと悟った、僕が懸念してきたすべてが僕の思いすごしであったことに、カーターさんの知恵袋にはすっかり脱帽、脱ハチマキ、脱メガネだ!(言いながら順に脳天に手をやり自分は帽子をかぶっていないことに気づき笑う。次いでハチマキをもぎとり砂浜に投げて満足そうにうなずく。さらにメガネも取って放り投げようとし、はたと思いとどまって考え直し、かけなおす)
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カーター: |
こうしてすべてが明かされたとき、老いたるカラスのとんだいたずらも、大成功を収めるというわけですな。ふふふ、名状しがたきこの喜び! 思わず片足で跳ねまわりたいほど!(腕を広げ、片足で跳ねようとする)
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クレア: |
カラスが勝利を確信して羽ばたいている! (カーターの肩に手をまわし)しっかり捕獲しておかなくっちゃ!
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扮装を解いたポプリ、マリー入場。
ポプリ: |
ただいまー、カイ!
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マリー: |
ただいま、グレイ!
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カイ: |
お、おかえり…ポプリ!
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グレイ: |
お、おかえり…マリー!
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ポプリ: |
あれー、なんかあんまり喜んでないみたい! 口ごもっちゃって!
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カーター: |
無理もありませんよ。明日朝一番で、お2人を迎えようと構えていたのが、こんなにも早く帰ってこられては。
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マリー: |
あら、それでは悪いことをしてしまったわ。そうそう、お土産があるの、ランちゃんが荷物を宿屋に運び込んでしまって、取りに行ってくるわ!
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ポプリ、マリー退場。
カイ: |
いやな予感に俺の心はざわめき立つ!
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グレイ: |
どうか、彼女たちが賢者さまやナナさんとかち合わなければ。
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カイ: |
だが…あの子たちには何の罪もない。ただこの町に観光に来ただけで、いまは宿に泊まっているお客さん。宿屋でお客とすれ違ってなにが悪いと。
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クレア: |
おっと、それは浅はかね。あなたたちの帽子とバンダナはいまいづこ?
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カイ
グレイ: |
彼女たちの手中だ!
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カイ: |
神さま、どうか罪深き哀れな小羊にせめてものお慈悲を!
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グレイ: |
聖母さまと同じ名を持つ彼女に合わせる顔もありません!
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カーター: |
老いたるカラスの悦びよ!
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クレア: |
カラスが勝利の喜びに陶酔している!
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リック: |
(真剣な顔つきでカイと面と向かい)おい、カイ! 女の子に張り倒される前に僕の話を聞いてくれないかな。いままでお前のその阿呆面を殴ってやりたい、殴ってやりたいってずーっと思ってきたが…殴る前に気付いてよかったよ。お前のポプリへの愛が、確かに本気だったってこと…上手くは言えないが、お前は僕の思っている以上に頼れる男だった。か弱い妹を全幅の信頼で任せられる男だったって、とうとう分かったよ!
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カイ: |
やっぱりお前の仕業だったのか、今日という今日はさすがに…!
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ポプリ、マリー入場。ポプリは賢者さまのマントを、マリーはナナの着物を羽織っている。
ポプリ: |
お主も悪よのぉ、グレイ!
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マリー: |
帽子とバンダナはお返ししますわ。
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カイ: |
マリー…? 君が一体?
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グレイ: |
ポプリ…? 君がまたどうして?
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カーター: |
さあさあ、賢い恋人たちよ、そろそろ盲目の恋から目を醒ます時ですぞ。
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カイ: |
(仕掛け人がリックではなくカーターであることにようやく気がつき脱力する)カーターさん…天然悪魔の神父さん。一体、これはどのような受難ですか…?
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カーター: |
(ふにふにと笑いながら)おっと、受難とは大げさな。これはすべて私が仕込んだとんだ茶番劇。まずは出演者全員、心よりお詫び申し上げます。(カーター、ポプリ、マリー、リック、クレア、「ごめんなさい」とカイ、グレイ、客席に深々とお辞儀)そして、神さまの御前、一体どういうわけか、洗いざらいすべてを白状いたしましょう。ことの発端は、リックがカイのみさおを疑ったところにあります。そこへちょうどマリーが通りかかった、さあ、カーター、ここぞお前の知恵の使いどき。そこで私は思いついた、カイの本気を確かめるため、カイとグレイのガールフレンドをそれとなく交換して誘惑してはと。お2人には遠く、ふたごの村の少女たちに扮してもらいました、それにしてもお2人の演技の素晴らしいこと! ごらんなさい、マリーの決死の告白によってとうとう、カイ、あなたは昨日まで思ってきたポプリへの想いが実は表面的なものであったことを悟り、そして今やずっと深みからポプリを愛せられるようになりましたでしょう。
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リック: |
さあ、カイ! これで仲直りだ。カーターさんもいることだし、さっさと青い羽根もってくるこった!
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カイ: |
このいたずら妖精め! 覚悟しろ、貴方を…感謝と祝福の十字架に縛り付けてやっからな!
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グレイ: |
知らず知らずのうちに、リックの野郎の不満を解消するための犠牲者になっていたってわけか…しかし、今日一日で学んだことは、鍛冶屋家業で一生かけても学ぶことのできないことだろう。
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ポプリ: |
お兄ちゃん、ありがとう。ポプリもやっと恋するってどんなことかはっきりと分かったわ、これから自信を持って、賢くカイについてゆきます。あっそうだグレイ、あなたの悲しみはマリーに返しておいたわ、へへ、ちょっぴり妬けちゃった。
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クレア: |
カイにポプリちゃんおめでとう! 幸せな家庭を築いてね、子宝に恵まれますように! …さぁって、久しぶりに楽しい一日だったわ、明日から私はまたあの牧場の、つまんない毎日に戻らなくちゃいけないのね。
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カーター: |
おっとお待ちください、私はなにせ十字架にかけられてしまった身、己の罪を償うため、これからはりきって牧場主に仕えましょう。
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マリー: |
(グレイに)この…おバカでいじわるな子馬!(グレイを平手で張り倒し、仲直りする)それにしても、なんと学ぶことの多い授業だったことでしょう。私、今度、このことを戯曲にしようと思いますの、そうしたらきっと、もっともっと多くの恋人たちがカーターさんの講義に学ぶことができましてよ!
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すっかり意気揚々のマリーが筆をおきまして、恋人たちの日曜学校、これにて無事閉講。講師、杜選大神父カーター、生徒は恋人カイとポプリに、グレイとマリー。講師を愛するクレアと、カイを疑うリック。そしてなにより、否が応でも本講を受講してくださいました客席のみなさま方。ひとつの取るに足らないドタバタ喜劇。最後までご精読、ご乱読、ご清聴、ご乱聴、まことにありがとうございました。
(閉講を告げるはずの鐘の音が、2組、いや3組のカップルを祝福するうち…幕)
2011年牧場物語15周年記念Webアンソロ「夏の感謝祭」さまに捧げた作品、数年ぶりの戯曲です。一応当人たちは「カイポプ」「グレマリ」「カタクレ」のつもりなんでしょう…があまりに話が交錯していて、書いたワタクシ自身カップリング構成がどうやっているやら理解できておりません(苦笑)ことの発端は、「いまだかつて誰も狙ったことのなさそうな線で、カイとポプリとリックの話を書きたい」と思い立ったところにありました…しかし先例があっても後悔はいたしません、ハイ…。その結果、モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》のパロディのようなものができあがりました。
そしてこの戯曲、1幕を書いて保存→2幕を書いて→保存したと思い込んでうっかりファイルを閉じてしまい→書きたての2幕が一瞬にして消失→書き直し;というおマヌケな楽屋裏情報あり(苦笑)幻の2幕はもう少しフィナーレのところ、歯切れよく書いた記憶がありまして…なんとも残念なところ。それもパソコンのエラーで消えたわけではないところに救いようのなさがうかがわれます…。